ホーム > 書籍詳細:誰が「道徳」を殺すのか―徹底検証「特別の教科 道徳」―

「いじめ」はなくせる? 「愛国心」は養える? 世界の道徳教育は? 誤解から盲点、問題点まで教育評論家が総ざらい。

誰が「道徳」を殺すのか―徹底検証「特別の教科 道徳」―

森口朗/著

821円(税込)

本の仕様

発売日:2018/09/14

読み仮名 ダレガドウトクヲコロスノカテッテイケンショウトクベツノキョウカドウトク
シリーズ名 新潮新書
装幀 新潮社装幀室/デザイン
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 222ページ
ISBN 978-4-10-610783-2
C-CODE 0237
整理番号 783
ジャンル 教育学
定価 821円
電子書籍 価格 821円
電子書籍 配信開始日 2018/09/21

戦後七十数年を経て、道徳は「特別の教科」として教科化された。その狙いは? 新しい教科書の中身は? 先進各国が教えるモラルは? 道徳教育こそ国民性を表すと考える著者が、修身にはじまる歴史を辿りながら、日教組の影響、様々な提言が封じられてきた経緯、教科書の盲点等、幅広い視野から問題点を炙り出していく。道徳は一部の政治家や官僚、教師に任せるべきものではない。国民が逃げずに向き合うべき課題なのだ。

著者プロフィール

森口朗 モリグチ・アキラ

1960(昭和35)年大阪府生まれ。教育評論家。中央大学法学部卒業。佛教大学修士課程(通信)教育学研究科修了。東京都職員として勤務中の1995〜2005年、都内公立学校に出向。2016年早期退職。著書に『戦後教育で失われたもの』『いじめの構造』『日教組』など。

目次

はじめに――ダメな老人、まともな若者
今どきの若者は、という大誤解 皇子山中学校事件 まだ足りない内容がある
第1章 道徳、教科化までの道
特別の教科 道徳/人物主義と徳目主義/GHQによる停止/「修身科」を葬った張本人は/元文部省次官の疑問提起/「二刀流」となった現場は/文部大臣の修身復活論/朝日新聞の優等生的中立性/日経は「内外上下共通の希望」/「道徳の時間」の誕生/文部省vs日教祖/5つの意義/「期待される人間像」論争/大江健三郎の反対論文/「正しい愛国心をもつこと」/宗教的情操をめぐる二重構造/愛国心を否定していた文部省/「心のノート」の登場/東大教授による批判まとめ/民主党政権による廃止、そして復活へ/二つの問題点
第2章 道徳は何を教え、何を教えないのか
「特別の教科」の目標/「主体的な判断の下に行動」/4つの道徳内容/「教育勅語」12項と比較すると/「特別の教科 道徳」に足りないもの その1(政治的妥協による排除または変質)/足りないもの その2(近代人の視点)/足りないもの その3(現代的課題の視点)/道徳に完全はない
第3章 道徳教育で「いじめ」はなくなるか
反対派の2つの誤り/「いじめ」件数のデタラメ/本当に必要な調査とは/「いじめ報告テロ」の可能性/正論に弱すぎる学校現場/「いじめ」急増と最悪のシナリオ/教科化がいじめに繋がる?/「多様性」を取り違えるな/足の遅い子を「オミソ」に/皇子山中で最も不道徳だったのは/学校現場に任せないこと/規律がいじめを誘発するか/「いじめは本能である」/いじめはなぜ許されないか/なぜ「平和」を主張する人ほど暴力的なのか/制裁機能を無くした学校/増える傍観者、減り続ける仲裁者/「空気」より上位にあるもの
第4章 各国の道徳教育はどうなっているか
道徳教育をしないフィンランド/マイノリティのモラル育成/宗教と道徳規範/フランスのライシテ(宗教排除)/授業は討論が中心/ライシテを揺るがすイスラム教/「宗教事実教育」/日仏教育の類似点/多様性に寛容なイギリス/「市民学習」の4つの狙い/憲法が定めたドイツの道徳教育/「公民教育」を行うアメリカ/道徳は国民性そのもの
第5章 逃げない道徳教育が必要だ
1-人権と信仰から逃げない
「人権」が存在しない?/歪んだ人権教育を正す/人権とは信仰である/ホッブズの自然権、ロックの自然権/アメリカ独立宣言に学ぶこと/生き残っていくために/光村副読本の挑戦
2-格差社会から逃げない
タブーだった「能力別クラス」/「知育」「徳育」「体育」/「他人に迷惑をかけない」は最低限度/格差社会を幸せに生きる術/「相対的貧困」というまやかし
3-モラルジレンマから逃げない
沙汰やみとなった「モラルジレンマ」問題/「ハインツの道徳的葛藤」/ジレンマなど大昔からある/平重盛のジレンマ/こんな授業だってできる
4-皇室問題から逃げない
モラルジレンマに陥った教師達/国旗国歌より大きな皇室問題/国への態度こそモラル
あとがき――未来を見すえた道徳教育を

インタビュー/対談/エッセイ

いまこそ「道徳」を大人が語ろう

森口朗

 今年の春から小学校の道徳が大きく変わりました。これまでは、学校の教師や校長が「道徳の時間」と称しながら、何をやっても自由だったのです。正式科目の国語や算数と異なり、特別活動などと同じ「領域」に位置付けられていたのです。
 これが戦後はじめて、授業の一つになりました。名前は「特別の教科 道徳」と逆に難しくなりますが、来年には中学でも始まることになります。
 さて、これによって道徳は変わるのでしょうか。それは、これまで教えられていた「道徳」によって違います。これまでも副読本という名の「教科書っぽい」本が沢山ありました。それを使って授業をしていた先生は「教科書っぽい」本が「教科書」に変わるだけで、大きな変化とは思わないでしょう。でも、日本には「教科書っぽい」本を一切使用しない先生もいます。
 そういう人たちが「特別の教科 道徳」でどのように動くつもりか。これまで通りの授業を行うのか、またそれを学校や自治体が受け入れるか否か――。こういった教育現場の問題とは別に、世界からやって来る人たち、とりわけ小中学生の子どもとその保護者にとっては、道徳は祖国で教えられるものと全然違うと感じるはずです。
 というのは、道徳は宗教と不可分な関係が大きいだけでなく、どの宗教を評価するかも国によって異なるからです。例えば、ヨーロッパのある国では、学校での某宗教教育を公的なものと認めていますが、別の国では宗教そのものを敵視している、それが現実なのです。
 では、日本はどうでしょう。宗教はメジャーだろうがマイナーだろうが、全て道徳教育から外されるのが基本です。ヨーロッパやアメリカのように、宗教が学校教育と不可分なところからすると、随分、日本は変に見えるかもしれません。
 ただ、その中でフランスだけは違います。圧倒的にカソリックが多いにも拘らず、学校教育では宗教排除というスタンスを明確にしているのです。
 だからと言って日本とフランスが似ているとは言えず、むしろ実態としては真逆な面のあることもお伝えしておきましょう。フランスにおいて、21世紀に問題になっているのはキリスト教ではなくイスラム教です。学校でその教義を教えないだけでなく、生徒がイスラム教徒らしい姿をすることさえ否定しています。対して、日本の学校では、各人が宗教に則った姿をするのは自由です。道徳の中身について言えば、エリートかノンエリートかを問わず、これから世界中の人と付き合っていかなければならない子どもたちには「信仰」の存在とそれに敬意を払うことの重要性を教えておくべきではないか、というのが私の意見です。
「道徳」の周りには様々な意見がありますが、肯定する人も否定する人も見方が小さくなりがちです。本書では、各国事情から歴史的経緯まで、様々な視点を提示できればと思っています。

(もりぐち・あきら 教育評論家)
波 2018年10月号より

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