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不要不急―苦境と向き合う仏教の智慧―

横田南嶺/著 、細川晋輔/著 、藤田一照/著 、阿純章/著 、ネルケ無方/著 、露の団姫/著 、松島靖朗/著 、白川密成/著 、松本紹圭/著 、南直哉/著

858円(税込)

発売日:2021/07/19

書誌情報

読み仮名 フヨウフキュウクキョウトムキアウブッキョウノチエ
シリーズ名 新潮新書
装幀 新潮社装幀室/デザイン
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 238ページ
ISBN 978-4-10-610915-7
C-CODE 0215
整理番号 915
ジャンル 人文・思想・宗教
定価 858円
電子書籍 価格 858円
電子書籍 配信開始日 2021/07/19

それでも、大切なものは何か――。10人の僧侶が教える、混迷の時代を生き抜くヒント。

コロナ禍で突如我々の行動や存在を縛ることになった「不要不急」の四文字。「何が“要”で“急”なのか」、今も多くの人が頭を悩ませている。この難題に、十人の仏教者が挑む。「不要不急」を切り捨てて何のための人生か? 大切なものを他人に決めさせてもいいのか? 「生死事大」「無常迅速」「自利利他」など、仏教の智慧を駆使して、苦境と向き合うヒントを提示する。混迷の時代を生き抜くために必読の十人十色の不要不急論。

目次
はじめに――十人十色の“不要不急”
一 人生に夜があるように――横田南嶺
「風車風が吹くまで昼寝かな」/「不要不急」の我が人生/「仏法は障子の引きて峰の松」/「有の利を為すは無の用を為す為」/「宗教は夜のようなもの」/「無分別」に触れる
二 「不要不急」という禅問答――細川晋輔
「生老病死」と直面する/二つの柱を奪われる/禅問答の教え/オンライン坐禅会とYouTube法話/「随処作主、立処皆真」/「請う其の本を務めよ」/「生ききる」という生き方/「葉を摘み、枝を尋ぬること莫くんばよし」/死という機会を利用する/人生は生きるに値する/「悪い縁を良い縁に」/「わからない」ものと向き合う
三 お前はお前の主人公か?――藤田一照
この一日をどう過ごすのか?/この自粛は主体的な自粛なのか?/自分自身や他人に騙されてはいないか?/ステイできる自分の「ホーム」はあるのか?
四 要に急がず、不要に立ち止まる――阿純章
“要”と“急”からの解放/ポケットの中の不要不急/「途中にありて家舎を離れず。家舎を離れて途中にあらず」/「我(エゴ)」ベースの現代社会/「自分」という幻想/他力社会へのパラダイムシフト/“矢印”を“円”に変える/私の問題は“私”である
五 どうしてもいけなければ、どうするか――ネルケ無方
「人はパンだけで生きるものではない」/お坊さんの“存在理由”とは/すべての答えが不正解に/「生死事大、無常迅速」/ゲームを下りて一服する/YouTuberデビュー/ドイツでも閉塞感/父がドイツでコロナに感染
六 笑いも仏法も、永久に“不朽”です――露の団姫
落語は不要不急?/「不要不急」は「不謹慎」なのか/「差別」と「区別」/仏教界と世間の温度差/新寺建立は不要不急か/住職か、無職か/笑いも仏法も“不朽”です
七 「必要緊急」の声をすくう――松島靖朗
目を覚ませ/加速する分断/仏事は不要不急なのか/「おてらおやつクラブ」の困窮者支援/「必要緊急」の現場で/お坊さんはエッセンシャルワーカーか?/ともに生きる仏教/「助けて」と言える社会をめざして
八 「不要不急」のマンダラ――白川密成
まともにみえる意見には思わぬ隙がある/多元的な曼荼羅のヒント/道と衣食/「自受法楽」という智慧/空海と密教における自然
九 今こそ長期思考を取り戻す――松本紹圭
仏教的に「不要不急」を紐解くと/後生の一大事/「ウィズ・コロナは、ウィズ・デス(死)」/「社会の一大事」と「私の一大事」/「不要不急」が生む分断と抑圧/「我慢教」という副作用/お寺という空間から離れて/産業僧と対話する企業へのソリューション/企業組織への東洋医学的アプローチ/「日本のお寺は二階建て」論/「The Good Ancestor(よき祖先)」/人生の一大事が遠ざかる「人生百年時代」/「先祖」から「祖先」へ/目に見えない存在
十 「遊戯」の領域――南直哉
「不要不急」に生まれて/「身体的欲望」からのディスタンス/何が「エッセンシャル」なのか?/身体の消去/「不要不急」経済の果て/「無症状感染者」という“他者”/自己・所有・貨幣(資本)/「遊戯」の領域――身体と貨幣の狭間

担当編集者のひとこと

十人十色の“不要不急”

 コロナ禍の日本において、盛んに喧伝されるようになった「不要不急」の四文字。2020年2月、政府が「不要不急の外出を控えるように」と呼び掛けてから、「コロナ禍の日常」を象徴する言葉として、あらゆる場所で耳にするようになりました。
 いわく「不要不急の外出」「不要不急の仕事」「不要不急のイベント」「不要不急の冠婚葬祭」……その四文字を耳にするたびに「何が“不要”で、何が“不急”なのか」に戸惑い、頭を悩ませた人も多くいたことでしょう。もはやその問いは、“行動”や“活動”に対してのみならず、それぞれの“存在”についても深く突き刺さる、そんな状況に至っているのではないでしょうか。
 意味の曖昧なまま突如投げ掛けられたその四文字を軸に、10人の仏教者とこれからの生活や世界の在り方を考えていこうというのが、本書の主旨です。

 広辞苑では、「不要不急」を「どうしても必要というわけでもなく、急いでする必要もないこと」と説明しています。しかし「そうではないもの」とするだけで、はっきりとした基準が示されているわけではありません。
 通勤、買い物、外食といった生活全般、読書や音楽・映画鑑賞、運動行事といった文化活動、通学や塾通い、習い事といった教育関連、そしてお祝いやお参り、弔いといった冠婚葬祭など、その必要性や緊急性はそれぞれの文脈に依存するものであり、それを無視して、何が不要で何が不急なのかを一概に仕分けすることはできません。
 本来ならば、あらゆるジャンルを横断して考えていくべきテーマではありますが、本書の執筆者を仏教者に絞ったのは、禅僧・細川晋輔師の著書『禅の言葉とジブリ』(徳間書店)にある一節がヒントとなったためです。
 細川師は同書において、「2020年3月、世界はコロナ禍に巻き込まれ、暗く思い日々が続いていました。そんな中、『不要不急』という世界を巻き込む感染症の拡大防止のために、ある日突然、突きつけられた言葉。まるで、禅問答のように考えさせられました」「率直に『不要不急』という四文字が、私の中では禅問答のようにすごく重いものとなりました」と述べています。
 臨済宗の僧侶である細川師は、これまでも多くの禅の公案に触れてこられました。その細川師が「不要不急」の四文字をあたかも“公案”としてとらえ、コロナ禍の世界を過ごすヒントとして考えるに至ったと言うのです。実際に細川師は、自坊での坐禅会や江戸時代から続く伝統行事の中止を余儀なくされ、導師をつとめる葬儀についても、今まで通りとはいかなくなったようです。
「不要不急」の四文字は、仏教界にも忍び込み、そこで多くのお坊さんが、その意味するところや、これからのお寺の在り方や葬儀について思案を続けています。
 お参りや読経は、不要不急のものなのか?
 葬儀は、不要不急のものなのか?
 坐禅は、不要不急のものなのか? 
 仏教は? そして宗教は――。

 しかし本書は、仏教界における「不要不急」についてのみ議論したいわけではありません。考えたいのは、特定のジャンルではなく、広く一般社会におけるこれからの生き方や生活についてです。約2500年にわたって蓄積された、仏教の智慧。そこには、「人はいかに生きていくべきか」について、時代を超えて、たくさんのヒントが詰まっているはずです。
 ご登場いただく10人の仏教者は、年齢も宗派もそれぞれバラバラです。「不要不急」というひとつのテーマをめぐっても、議論する内容や角度はさまざま。それに本書は、何か「ひとつの答え」を導き出すのが目的ではありません。
 しかし、「不要不急」という難題を考えるにあたって、仏教が大きなヒントを与えてくれると、それぞれ力のこもった原稿が届いた今、確信しています。そこには、コロナ禍の日常を生きる我々にとって指針となるような言葉や考え方が詰まっています。
 2011年の東日本大震災の際、仏教者がボランティアとして続々と被災地に赴き、死者の弔いなどに尽力したことは記憶に新しく、そのような生と死をめぐる価値観が揺さぶられた時こそ、仏教の出番です。
 はたして、「不要不急」という難題に、仏教はどうこたえるのか。
 お坊さんによる十人十色の「不要不急論」を、お届けいたします。

2021/07/21

著者プロフィール

横田南嶺

ヨコタ・ナンレイ

臨済宗円覚寺派管長。花園大学総長。1964年和歌山県生まれ。大学在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。1991年より円覚寺僧堂で修行し、1999年、円覚寺僧堂師家に就任。2010年、同管長に就任。2017年、花園大学総長に就任。著書に『自分を創る禅の教え』『禅が教える人生の大道』『人生を照らす禅の言葉』『十牛図に学ぶ』(以上、致知出版社)、『仏心のひとしずく』『仏心の中を歩む』(以上、春秋社)などがある。

細川晋輔

ホソカワ・シンスケ

東京都龍雲寺(臨済宗)住職。1979年東京都生まれ。大学卒業後、京都にある臨済宗妙心寺の専門道場にて九年間の修行生活をおくる。2013年より現職。著書に『人生に信念はいらない』(新潮新書)、『迷いが消える禅のひとこと』(サンマーク出版)、『禅の言葉とジブリ』(徳間書店)などがある。

藤田一照

フジタ・イッショウ

禅僧。1954年愛媛県生まれ。東京大学大学院教育学研究科教育心理学専攻博士課程を中途退学し、1983年兵庫県安泰寺(曹洞宗)にて出家得度。1987年よりアメリカのマサチューセッツ州にあるパイオニア・ヴァレー禅堂の住持(住職)として渡米。2005年帰国。2010年〜2018年までサンフランシスコの曹洞宗国際センター所長をつとめる。著書に『現代「只管打坐」講義』(佼成出版社)、『アップデートする仏教』(山下良道との共著、幻冬舎新書)、『禅の教室』(伊藤比呂美との共著、中公新書)、『ブッダが教える愉快な生き方』(NHK出版)などがある。

阿純章

オカ・ジュンショウ

東京都圓融寺(天台宗)住職。圓融寺幼稚園園長。1969年東京都生まれ。早稲田大学文学部東洋哲学専修卒業、同大学大学院文学研究科東洋哲学専攻博士課程退学。大学院在学中、北京大学に中国政府奨学金留学生として留学。その後、中国仏教思想史の研究に従事し、早稲田大学、専修大学等で非常勤講師をつとめる。著書に『「迷子」のすすめ』(春秋社)、『生きる力になる禅語』(臨済宗円覚寺派横田南嶺管長との共著、致知出版社)などがある。

ネルケ無方

ネルケ・ムホウ

禅僧。1968年ドイツ生まれ。高校時代に坐禅と出会い、来日して仏道を志す。1993年、兵庫県の安泰寺(曹洞宗)にて出家得度。京都の名刹や大阪城公園でのホームレス修行生活などを経て、2002年から2020年まで同寺の住職をつとめる。著書に『迷える者の禅修行』『迷いは悟りの第一歩』(以上、新潮新書)、『日本人に「宗教」は要らない』(ベスト新書)、『読むだけ禅修行』(朝日新聞出版)などがある。

露の団姫

ツユノ・マルコ

落語家兼尼僧。1986年静岡県生まれ。2005年、高校卒業を機に露の団四郎へ入門。大阪の繁昌亭はじめ寄席、テレビ、ラジオなどで活躍。2011年、第六回・繁昌亭輝き賞を最年少で受賞。同年、天台宗で出家。2017年、第五十四回・なにわ藝術祭落語部門新人賞受賞。著書に『プロの尼さん』(新潮新書)、『法華経が好き!』『女らしくなく、男らしくなく、自分らしく生きる』(以上、春秋社)などがある。

松島靖朗

マツシマ・セイロウ

奈良県安養寺(浄土宗)住職。1975年奈良県生まれ。大学卒業後、企業にてインターネット関連事業、会社経営に従事。2010年、浄土宗総本山知恩院にて修行を終え僧侶となる。2014年、全国のお寺の「おそなえもの」を「おさがり」として「おすそわけ」する「おてらおやつクラブ」をスタート。その代表理事をつとめる。その活動が認められ、浄土宗平和賞、中外日報涙骨賞、グッドデザイン大賞などを受賞。

白川密成

シラカワ・ミッセイ

愛媛県栄福寺(真言宗)住職。1977年愛媛県生まれ。高校を卒業後、高野山大学文学部密教学科に入学。2001年より現職。「ほぼ日刊イトイ新聞」で、「坊さん。」を二百三十一回にわたって連載。2010年に刊行したデビュー作『ボクは坊さん。』(ミシマ社)は、2015年に映画化。他の著書に『坊さん、父になる。』『坊さん、ぼーっとする。』(以上、ミシマ社)、『空海さんに聞いてみよう。』(徳間文庫カレッジ)などがある。

松本紹圭

マツモト・ショウケイ

僧侶。神谷町光明寺。1979年北海道生まれ。武蔵野大学客員准教授。2010年、ロータリー財団国際親善奨学生としてインド商科大学院(ISB)でMBA取得。2012年、住職向けのお寺経営塾「未来の住職塾」を開講し、塾長を務める。著書『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)は世界十七ヶ国語にて翻訳出版。ポッドキャスト『テンプルモーニングラジオ』は平日毎朝配信中。

南直哉

ミナミ・ジキサイ

青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職(ともに曹洞宗)。1958年長野県生まれ。1984年、出家得度。曹洞宗永平寺で約二十年修行生活をおくり、2005年より恐山へ。2018年、『超越と実存』(新潮社)で小林秀雄賞受賞。著書に『日常生活のなかの禅』(講談社選書メチエ)、『老師と少年』(新潮文庫)、『恐山 死者のいる場所』(新潮新書)、『死ぬ練習』(宝島社)などがある。

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