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「それってあなたの感想ですよね」―論破の功罪―

物江潤/著

990円(税込)

発売日:2024/10/17

  • 新書
  • 電子書籍あり

若者はなぜひろゆきに魅了されるのか? 挑発的な物言い、過度なエビデンス至上主義――その危うさに迫る。

挑発的な物言い、過剰なエビデンス主義、旧来の規範の軽視――とかく相手を「論破」することを是とし、かつ煽る「ひろゆき氏的な思想」が若者たちを魅了している。しかし、その行き着く先にあるのは、SNSでの誹謗中傷、過激YouTuberに外食テロ、FIREブームなど、現代特有の社会問題の数々である。ニーチェや三島由紀夫ら先人の思想をもとに、この危うい思考スタイルを乗り越える道を示す。

目次

はじめに

序章 Z世代と年賀状

第1章 ひろゆき氏的な思想とはなにか
整形を厭わない女子高生/存在の耐えられない軽さ/努力神話の欺瞞/本音と不謹慎に潜むリスク/全人的教育はもう無理/「開かれた学校」の末路/格差を認める思想/「自分を信じず、努力もしない」受験指導法/入試改革に見る新自由主義経済/「それってあなたの感想ですよね」の落とし穴/ニーチェが予言したひろゆき氏の存在

第2章 規範が消えた世界で起こること
ポスト規範としての「空気」/DMで告白するZ世代/モノサシが違いまんねや/外食テロと脛に疵持つ大人たち/誹謗中傷モンスターを生む仕組み/見たくないけど、見てしまう/「勉強垢」と承認欲求の罠/過激YouTuberが欠く「不謹慎の倫理」/スピリチュアルに癒される/笑えない陰謀論の話/「人の夢に便乗」でもいい/推しとの距離感が大事/推し活と永遠回帰/ やっぱり主人公になりたい人は/「人生は暇つぶし」思想の行きつく先/コンプライアンスが破壊するもの

第3章 感想を復権する
そのデータ、本当に読み解けますか/お気持ち論理学の危険性/ロジカル過ぎてバカにされる小泉構文/理不尽な留年通知のナゾ/賞味期限切れかけの議論モデル/「普遍から普遍」ではなく「仮定から限定」へ/匂わせ炎上に見る「灰色は黒」の感覚/Z世代が昭和に憧れる理由/数学者が重要視するのは「感想」/クールな共生をするZ世代/現代社会を生き抜くためのヒルベルト的発想法

終章 空白の蓄積というレガシー
三島由紀夫への異論/『文化防衛論』の明らかな濁り/三島らしからぬ矛盾/サンタクロースと数学の共通点/ザインとしての天皇、ゾルレンとしての天皇/論理的であるためにこそ「感想」が必要/FIREの先に待ち受ける現実/ニーチェが本当にしたかったこと/推し活で超末人を目指す/「人生は無意味」と嘆く若者たちへ/論理抜きに断言できることを増やせ/「これでいいのだ!」とは言えなかった三島/「あやふやな猥褻な日本国」の強み/一にして多、多にして一

おわりに

参考文献一覧

書誌情報

読み仮名 ソレッテアナタノカンソウデスヨネロンパノコウザイ
シリーズ名 新潮新書
装幀 新潮社装幀室/デザイン
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-611063-4
C-CODE 0230
整理番号 1063
ジャンル 社会学、思想・社会
定価 990円
電子書籍 価格 990円
電子書籍 配信開始日 2024/10/17

インタビュー/対談/エッセイ

「神輿は軽い方がよい」とは言っても

物江潤

 衆院選や自民党総裁選が実施されると「担ぐ神輿は軽い方がよい」という、お決まりの言葉が聞こえてきます。随分と乱暴で失礼な表現ではありますが、これだけ世に広まったということは、それだけ多くの共感を生む言葉なのでしょう。
 さて、それでは「軽さ」とは、そもそも何を意味するのでしょうか。簡単な言葉のようで、案外と意味がハッキリとしないような気がします。
 この言葉を本書では、「~べき」で表現される規範の量によって整理してみました。
 規範が少ない日々は、束縛の少ない毎日に他なりません。人生は軽やかになり、そこには自由が待っています。「~べき」といった規範をほとんど示さない上司(軽い神輿)が部下から歓迎されるように、自由をもたらす「軽さ」を是とする人々は多いことでしょう。
 しかし、何事にも限度というものがあるはず。「軽い神輿」を通り越して「軽すぎる神輿」になってしまうのは考えものです。上司にしても、いつ何時たりとも規範を示さない/示せないとなれば、流石に自由を求める部下だって困惑するでしょう。ちょうどよい具合の「軽さ」や「重さ」があるのは明らかです。
 ところが、そんなバランスなんてお構いなしに、私たち現代人の日々は軽くなる一方です。年賀状を出す「べき」、町内会に参加する「べき」といった規範の数々は、コスパ・タイパの合理的な追求という目的の前では旗色が悪く、どんどんと取り崩され続けています。
「それってあなたの感想ですよね」という言葉は、そんな現代をよく象徴しています。自分にとって不快な規範を非論理的なものとして軽んじる現代人の心象風景を、端的に示した表現だということです。こうした言葉により、あらゆる規範は攻撃を受けているわけです。そしてその先には、「軽すぎる神輿」ならぬ「軽すぎる日々」という名の落とし穴が待ち構えています。
 昨今話題になっている、不労所得のみで経済的自立を果たすFIREもまた、そんな「軽すぎる日々」をもたらす原因の一つです。いざ悠々自適な生活を送ろうとするものの、あまりの人生の軽さに耐えられなくなる人々があちこちで確認できます。あらゆる束縛から解放された軽い日々とは、何も成すことのない虚無に苛まれる日々と紙一重なのでしょう。
 本書では、推し活・ユーチューバーといった分かりやすい具体例から、ニーチェ・三島由紀夫の思想といった少し噛み応えのあるものまで、硬軟バランスよく織り交ぜながら、この危険な思考スタイルを乗り越える道を考えていきます。本書を通じ、ちょうどよい「軽さ」や「重さ」について考えるキッカケをご提供できれば幸いです。

(ものえ・じゅん 作家)

波 2024年11月号より

蘊蓄倉庫

「なんかデータってあるんですか?」とは言うものの

「教育七五三」という造語をご存知でしょうか。小学校までに三割、中学校までに五割、高校までに七割が学校の勉強についていけなくなる、という言説を表した言葉です。普段子どもに「勉強しなさい」と口酸っぱく言っている身としてはつい反論したくなりますが、こと数学に限って言えば明確に否定できる大人はそう多くないのではないでしょうか。若者の間で冒頭のような言葉が流行したり、議論において二言目には「エビデンスは?」と一方が他方に詰め寄る場面を多く見かける昨今。しかし、中学・高校で学べる論理学・確率論・統計学が抜け落ちたまま論理やデータを読み解くのは、実はかなり厳しいはずです。

掲載:2024年10月25日

担当編集者のひとこと

「相手を論破してスッキリ」の危険性

「それってあなたの感想ですよね」
「なんかデータってあるんですか?」

 ひろゆき氏に始まる、心をザワザワさせる挑発的な物言いは若者世代に大うけし、いまや小中学生までもが親や学校の先生にぶつけているといいます。
 過度なエビデンス至上主義と挑発的な物言いで相手を煽り、論破するこの手法は、時に子どもや若者にとって「周囲の大人たちを黙らせることができる武器」として用いられ、好意的に受け止められています。

 実際、2024年夏の東京都知事選では、いわゆる「論破」を得意とする石丸伸二氏が、主に若者世代の支持を集め、事前の予想を大きく上回る二位に躍進しました。この躍進の一因には、厳しい質問や主張で相手を「論破」する様子を切り抜いたショート動画の存在があったことは想像に難くありません。
 しかし、多くの場合「論破」が痛快で魅力的に見えるのは、相手を責め立てているその瞬間だけです。議論の全体像を見れば「論破」している方に問題があることもしばしばでしょう。
 特に年若い子どもたちにとって、安易に冒頭のようなフレーズで相手を煽り、「論破」することに快感を覚えることの弊害は如実にあるはずです。

 著者は「それってあなたの感想ですよね」というフレーズを、現代を象徴する言葉――自分にとって不快な規範を非論理的なものとして軽んじる現代人の心象風景を端的に示している表現であるとし、それに連なる価値観や思考法を「ひろゆき氏的な思想」と呼びます。
 そして、この思想が旧来の規範や権威を破壊した先に待ち構える落とし穴の姿を明らかにし、それを避けるための処方箋を、三島由紀夫やニーチェなど、先人の知恵を借りながら提示していきます。

 なお、本書で論じているのはあくまでも「ひろゆき氏的な思想」であって、ひろゆき氏本人を批判するものではないことにご留意いただけますと幸いです。

2024/10/25

著者プロフィール

物江潤

モノエ・ジュン

1985(昭和60)年、福島県生まれ。早稲田大学理工学部社会環境工学科卒。東北電力、松下政経塾を経て、2024年10月現在は福島市で塾を経営する傍ら社会批評を中心に執筆活動に取り組む。著書に『空気が支配する国』『デマ・陰謀論・カルト』など。

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