
伊藤忠 商人の心得
946円(税込)
発売日:2025/03/17
- 新書
- 電子書籍あり
商売の運は、腰の低い人のところにやってくる。就職人気ナンバーワン! 最強商社のDNAを経営者の言葉で読み解く。
かつて総合商社万年4位だった伊藤忠は、2021年には純利益、株価、時価総額の3つの指標で業界トップになった。いまや大学生の就職人気ランキングでも上位の常連である。この躍進の背景には、創業者・伊藤忠兵衛から当代の岡藤正広CEOまで、脈々と受け継がれてきた「近江商人のDNA」がある。「商人は水」「三方よし」「人格者を重用するな」など、最強企業のユニークな「商人道」を経営者の言葉から解剖する。
はじめに
第1章 稼ぐ言葉
「か・け・ふ」の生みの親/つらい時でも真面目に仕事する/商人は水/客から説教されたら「しめた」と思え/用事がなくてもお客さんに会いに行け/営業は情熱ではない/営業はアート。科学ではない/シャンプーを売るならまず風呂場を掃除しろ/スランプの時は先を見ない/「少年よ大志を抱け」は余計なお世話/どん底で磨かれたレジリエンス/強いもんとケンカせえ/紳士服地の「本当のお客さん」は女性だった/「自分以外の誰かのために」がいちばん力が出る/仕事ではイニシアチブを握る/すそ野を広げれば頂上は高くなる/相手の言わない本音も汲み取る/契約は99パーセント決まってからが勝負/提携から買収へ/ブランドはファッションだけにあらず/常に「原則」に立ち返れ/ブランドマーケティングで垣根を取っ払う/手土産に無関心なやつは仕事ができない/説得と浪花節とちょっとした手土産/胡蝶蘭と祝電は悪手/会社に届いたものを自宅に持って帰る人間は出世しない/商売の運は腰の低い人にやってくる/ベートーヴェンをぶっ飛ばせ/財閥系と勝負できるのは商人魂があるから/現場にぶち込めば商人として磨かれる/化学品の「受け渡し」は綱渡り/情報は声をかけにくい人が持っている/商人は小心者でいい/酒は人を酔わさず。人が人を酔わす/入社2年目で単身シベリアに/会社と個人をつなぐ期待と信頼の相互作用/バフェット曰く「オカフジさんは Good Storyteller」
第2章 近江商人の言葉
三方よし/自分だけを起点にして商売を考えない/「三方よし」が伊藤忠の企業理念になった理由/客先の在庫も自分の責任/持ち下り――総合商社の仕事のプロトタイプ/利益三分主義/ひとりの息子を育てるよりも百人の子どもを育てたい/利益は危地にあり/「だるまびき」と技術移転/熱心な浄土真宗信者/水運の利用/人格者を重用するな/優等生のアイデアは保守的で退屈/百人のうち九十九人に誉めらるるは善き者にあらず
第3章 口に出さない言葉
外部環境を言い訳にしない/難しい言葉でしゃべらない、難解な文章は書かない/「何か新しいことをやれ」とは言わない/過度な謙虚は美徳にならない/社員のやる気を引き出したいなら給料を上げよ/残業を追放/取引先への過度な優しさは自分の会社を潰す/契約を結んだ後でも、リスクを感じたら撤退する/悪いニュースを隠してはいけない/組織はあっという間に弱くなる/相場は商人がやらなくてもいいこと/最初から頂点を目指すな
第4章 働き方の言葉
自分の今の仕事を疑う/村の祭り酒/商売では「負け方」が大事/負けを極小化するための「か・け・ふ」/最上の守りは変身しながら攻めること/できる人間には難しい課題をやらせる/難事は自ら行う/名言は実践しなければ意味がない/信用をなくすのは簡単、取り戻すのは難しい/「か・け・ふ」の「削る」/相手が儲かれば条件は変わる/「か・け・ふ」の「防ぐ」/商談はまずイエスから入れ/穏やかな人が良いものを作る/朝型勤務と110運動/米とようかんを背負ってジャングルへ/子どもは何人いようが大学院まで出す/いい賞品はブービーメーカーに
書誌情報
読み仮名 | イトウチュウショウニンノココロエ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
装幀 | 新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 192ページ |
ISBN | 978-4-10-611082-5 |
C-CODE | 0234 |
整理番号 | 1082 |
ジャンル | ビジネス・経済、実践経営・リーダーシップ、ビジネス実用、会社経営 |
定価 | 946円 |
電子書籍 価格 | 946円 |
電子書籍 配信開始日 | 2025/03/17 |
インタビュー/対談/エッセイ
商社マンというより、商人
長い間、伊藤忠は総合商社の業界では万年4位と呼ばれていた。三菱商事、三井物産、住友商事という財閥系の3社が上位を譲らず、伊藤忠は丸紅と4位を争っていた。伊藤忠はどれだけ頑張っても財閥系商社には勝てないと思われていたし、同社の社員も「それはそれで仕方ない」とあきらめ、自信を失っていたところがある。だが、社員の意識を変え、伊藤忠をトップ商社にしたのが2010年に社長に就任し、現在は会長となった岡藤正広だ。岡藤が社長に就任して11年後の2021年3月期の決算で、伊藤忠は財閥系商社を抜き、純利益、株価、時価総額の3つで業界トップになった。本稿執筆時点でも時価総額では伊藤忠は三菱商事を上回り業界トップである。
岡藤がやった経営とはひとことで言えば、社員が働きやすい環境を作ったことだ。それも就任後、一気にやったのではなく、社員の様子を見て、少しずつ変えていった。
まず、従業員の給料を増やした。そして社内会議と社内の書類を減らした。フレックスタイムをやめて朝型勤務にし、無料の朝食を提供した。残業は廃止していった。社員が会食する時は一次会までとし、午後10時には終了することを申し合わせた。これを「110運動」と呼ぶ。110運動は業務命令ではない。あくまで「運動」だ。強制ではないけれど、伊藤忠の社員は誰もが守っている。今や、同社の社員で遅くまで飲んでいる人間はいない。朝の7時頃にはほとんどの社員が出社している。外部の人間が前夜に連絡したことには早朝のメールで返事が来る。
そして、岡藤は「商社マンというより、商人としてふるまえ」と言う。ひとことでわかる言葉で社員に営業やビジネスパーソンとしての心得を教えたのである。たとえば……。
「商人は水」。水は器に随う。商人もお客さんの意向に従い、お客さんが欲しいものを持っていく。
「スランプの時は先を見ない」。悩みがある時は先を見ない。今、向き合っている仕事に集中する。
「会社に届いたものを自宅に持って帰る人間は出世しない」。岡藤と幹部は会社に届いた贈り物は拠出する。社内の抽選で当たった社員が持ち帰る。
「商売の運は腰の低い人にやってくる」。誰に対しても上から目線で話をしたりはしない。
『伊藤忠 商人の心得』にある言葉は創業者、伊藤忠兵衛を始めとする歴代経営陣のそれも入っている。いずれも読むと元気になり、また「よし、これでやってみよう」という気持ちになる。一度、なくした自信を取り戻すことができる。思えば岡藤がやったことは社員の自信を取り戻したことだった。「失われた20年」以降も、長期にわたって、元気がない日本人にとって『伊藤忠 商人の心得』は自信を取り戻すための手がかりになるものだ。
(のじ・つねよし ノンフィクション作家)
蘊蓄倉庫
「人格者を重用しない」
伊藤忠に受け継がれる「商人の心得」の一つに、「人格者を重用しない」があります。これは、創業者・伊藤忠兵衛の後を継いだ二代目の伊藤忠兵衛が、尊敬する井上準之助(元大蔵大臣、日銀総裁)から送られた言葉とされています。
井上は二代目忠兵衛にこう言ったそうです。
「君のような古い家では老番頭のなかには『命をかけて』などという人もいるはずだ。それはまことに迷惑な話だ。一方的な見方で物事を処理してはいけない。俺が君に言いたいのは、人格者ばかり使ってはいけないということだ」
ここで井上の言う「人格者」は「高潔な人」というニュアンスではなく、大きな組織にいる「忠義一辺倒」のような人物を指しているようです。忠義は厚いが頭は固い。そういう人間がビジネスで革新的な提案をするとは限らない。井上はそう伝えたかったようです。
現在の岡藤CEOも、NHK番組での栗山英樹氏との対談で、井上の言葉を引きながら「会議でも、だいたい優等生的な人が言うのはあんまり役に立たないんですよ。やんちゃくれの人が言うほうが、ヒントになる場合がある。優等生的な人ばっかりでは会社は伸びないですよ」と発言しています。
掲載:2025年3月25日
担当編集者のひとこと
朝型勤務
伊藤忠と言えば、現在ではナンバーワン商社の座を三菱商事と争い、就職人気企業ランキングでもトップの常連になっていますが、かつては「業界4位」が定位置でした。
その伊藤忠が近年、ここまでの成長を遂げたのには、歴代の経営者が創業以来同社に伝わる「商人の言葉」を胸に、そのアップデートに努めてきたことがあります。「三方よし」「商人は水」「商売は損得だけじゃない」……。同社の社員はみな「同じ言葉」を語ります。ちなみに伊藤忠の企業理念は「三方よし」です。
本書の中には、思わず膝を打ちたくなるような施策がいくつも紹介されていますが、中でも印象的な例をひとつ挙げると、同社の「朝型勤務」があります。
伊藤忠では残業が原則禁止ですが、時間外業務をこなす場合には朝にやることが推奨されています。朝型勤務には通常の1・5倍の時間給が適用されるので、2時間働けば3時間分の給料になります。加えて、午前8時前に出社すると、地下にあるスペースに伊藤忠の子会社であるファミリーマートが用意したおにぎり、サンドウィッチ、飲み物などを無料で3個まで取ることができます。
こうした施策にはもちろん経費がかかるわけですが、トータルの経費はずっと下がり、かつ業績も上がったそうです。確かにダラダラ残業がなくなって、タクシーの利用も減り、夜間の光熱費も浮くとなれば、ファミマのおにぎりを出しても十分におつりがくるでしょう。会社にとってはいいことずくめです。ちなみに岡藤正広会長CEOは午前5時半出社、昼はファミマの弁当を15分で食べ、3時にはいったん帰宅して5時から会食に向かい、8時には帰宅するという生活を続けているそうです。
本書は、企業取材に強いノンフィクションライターの野地氏が、伊藤忠に長期間密着して、現経営陣と長時間の対話を重ねた記録に基づいています。岡藤CEOは2025年1月の日経新聞「私の履歴書」に登場して大きな話題を呼びましたが、本書では「私の履歴書」に書かれた以上にくわしく岡藤氏の軌跡も描いています。
いま最も注目される成長企業の秘密、ぜひ本書でご確認ください。
2025/03/25
著者プロフィール
野地秩嘉
ノジ・ツネヨシ
1957年東京都生まれ。ノンフィクション作家。著書に『サービスの達人たち』『サービスの天才たち』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』『高倉健インタヴューズ』『ユーザーファースト 穐田誉輝とくふうカンパニー──食べログ、クックパッドを育てた男』など多数。