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小林秀雄全集 第八巻

小林秀雄/著

8,800円(税込)

発売日:2001/09/10

  • 書籍

「コメディ・リテレール 小林秀雄を囲んで」渇望久しい鮮烈座談併録!

音楽の達人が、音楽に食い殺されていく――。その凄絶な劇をダイナミックに捉えた「モオツァルト」、渇望久しい痛快座談の復刻「コメディ・リテレール」、さらに坂口安吾との対談「伝統と反逆」、湯川秀樹との対談「人間の進歩について」、「骨董」「光悦と宗達」「現代文学の診断」など、昭和21~23年、44~46歳の21篇。

書誌情報

読み仮名 コバヤシヒデオゼンシュウ08
シリーズ名 全集・著作集
全集双書名 小林秀雄全集
発行形態 書籍
判型 菊判
頁数 424ページ
ISBN 978-4-10-643528-7
C-CODE 0395
ジャンル 全集・選書
定価 8,800円

書評

波 2001年4月号より 情報革命の只中で思う――小林秀雄の今日的意味  小林秀雄全集刊行記念

井尻千男

 今から五、六年前のこと、旧通産省主宰の研究会で、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった青年実業家・孫正義氏をゲストスピーカーに迎えて議論したことがある。まだIT革命という言葉はなかったが、情報革命ということが喧伝されていた。

 孫氏はそのとき情熱をこめて、いかに速く、いかに大量に情報を処理するかということを技術的可能性を含めてとうとうと語った。瞬時に大量に双方向にといった言葉がぽんぽんと出てくる。その話を聞いていると、あたかも「時空の桎梏」という言葉が死語になったのか、と思えてくる。もっといえば、人間が「身体性の悲しみ」から解放されたのかと錯覚するほどのものだった。

 三十分ほど氏の話を聞いたあとはディスカッションだ。そこで私は「技術的可能性としてそうなりうることは想像できますが」と前置きしたうえで、「ある哲学者が読み急ぐな、書き急ぐな、といっている。少なくとも言語に関するかぎり、人間の持ち時間が一日二十四時間であるかぎり、その能力に限界があるかぎり、人間は必ずやその技術的可能性に背くときがくるのではないか。その臨界点がいつどのようにして起るか、私の関心はその一点にある」というようなことをしゃべった。

 当時私は日本経済新聞社の文化部編集委員をしていたからその研究会に誘われたようなものだが、情報革命の掛け声には冷淡だった。

 孫氏はメモをとりながら「その哲学者というのは誰ですか」という。私は一瞬ためらった。そういうことは多くの哲学者がいっているように思えたからだ。

「小林秀雄です。文芸批評家の小林秀雄です。彼はあらゆるところでそういってます。読み急ぐな、書き急ぐなと。本質的な何かが現れてくるのを待つこと、その時間が大切だという意味です」。

 それから今日に到るまで、私はそのとき話した思いを深めるばかりである。

 世はIT革命に舞い上がっている。しかし情報が高速に大量に回転すればするほど、人々がその空しさに気づく度合いが深まる。その情報言語に満たされない不満と不安が、たとえば小林秀雄という情報言語の対極にある言語表現者を求めるようになる。すでにして隠れキリシタンのように小林秀雄の密かなる教徒がふえつつあるのではないか。しかし彼らはかつての文学的読者とはちがう。もう少し切実な実存的モチベーションから小林秀雄に近づいていくだろう。

 現代の英雄ビル・ゲイツもしばしば時間と空間の制約から人間を解放したかの如くにいっている。そう高らかに宣言するのだが、私の見るところ、彼は人間が密かに「時間と空間の桎梏」を求めている生きものかもしれないということに想い到っていない。ましてや、限定された「身体性の悲しみ」がときに喜びに変りうるものだということに想い及んでいない。だから私はビル・ゲイツの信奉者がある日突然、その解放神学に疑念を抱くということが起りうると思っている。そのことがそこそこの規模で起ったら、それこそが情報革命の臨界点だ。

 鎌倉の八幡宮の裏山の頂にある小林秀雄の旧邸を訪ねた日の感動を思い出す。普賢象桜が満開の四月中旬のこと、眼下の八幡さんの樹々の彼方に春霞に煙る海が見える。天下の絶景といえるが、この場所とこの時を得るために小林秀雄が払った労苦を偲ばないわけにはいかない。その急坂を登る身体的負荷に堪えかねて、晩年にはこの山頂の家を去っている。

 私が感動するのは、小林秀雄という人間が「時空の桎梏」と「身体性の悲しみ」というものを徹底的に味わい尽くしていると思えるからだ。それは明らかに情報革命のいう解放神学の対極に位置する世界観であり人生観である。そして、その文章が人々に感動を与えるのは、視覚、聴覚その他の身体性を重視する実存感覚ゆたかな文体によってである。

 世にいうヴァーチャルリアリティーが拡大すればするほどに、小林秀雄が切実に求められるようになるというのが私の確信だ。その文章によって知情意のリアリティーを回復するというような読まれ方をするだろう。そして、なおいえば、愛し方を含めて生き方そのものを学ぶことになるだろう。

 生誕百年を記念してこんど刊行される『小林秀雄全集』(全十四巻、別巻二)は発表年月順に編集されているという。真善美と知情意の渾然一体たる成熟を求心的に実践して逝った著者にふさわしい構成だ。その道程を私も共に歩んでみたい。

(いじり・かずお 評論家)

▼小林秀雄全集は四月刊行開始

著者プロフィール

小林秀雄

コバヤシ・ヒデオ

(1902-1983)東京生れ。東京帝大仏文科卒。1929(昭和4)年、「様々なる意匠」が「改造」誌の懸賞評論二席入選。以後、「アシルと亀の子」はじめ、独創的な批評活動に入り、『私小説論』『ドストエフスキイの生活』等を刊行。戦中は「無常という事」以下、古典に関する随想を手がけ、終戦の翌年「モオツァルト」を発表。1967年、文化勲章受章。連載11年に及ぶ晩年の大作『本居宣長』(1977年刊)で日本文学大賞受賞。2002(平成14)年から2005年にかけて、新字体新かなづかい、脚注付きの全集『小林秀雄全作品』(全28集、別巻4 )が刊行された。

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