お知らせ
《没後130年》記念出版
ファン・ゴッホの手紙 I・II
Vincent van Gogh
The Essential Letters I・II
2020年10月20日発売
【ファン・ゴッホ美術館公式編集】
近代美術史上、もっとも重要な位置を占めつづける芸術家、ファン・ゴッホの独自の思想に触れたいと望むすべての読者のために、最新研究の成果が詰め込まれた21世紀の決定版書簡選集。
- 現存する903通の手紙の中から、ファン・ゴッホの芸術観や制作意図を知るために必要不可欠な265通をファン・ゴッホ美術館の専門スタッフが精選。
- 日本におけるファン・ゴッホ研究の第一人者、大阪大学の圀府寺司教授による、約20年ぶりの新訳。
- 手紙に添えられたスケッチ約100点をオールカラーで収録。
- A5判 I巻544頁 II巻576頁
- 美麗な函入り2巻セット 定価 18,000円(税別)
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702 アルル 一八八八年十月十七日 水曜日
ポール・ゴーギャン宛[仏語]
ゴーギャンへ
お手紙ありがとう。また、二十日にはもう来られるとの約束、本当にありがとう。たしかにあなたが言うような事情があれば、鉄道での旅も気持ちいいものにはならなかったでしょうし、つらい思いなどせずに旅行できるようになるまで予定を延ばしていたのもうなずけます。でもそれはさておき、この旅行の途中、あなたがいろんな地方、そのさまざまな自然のすばらしい秋景色を見てこられると思うとうらやましいように思います。
前の冬、僕がパリからアルルに来る旅の途中に感じた心の高まりは、今もしっかりと記憶に刻まれています。「もう日本に着いたか」と、どれほど待ちわびていたことでしょう! まるで子供みたいですが。
ところで先日書いたように、妙に眼に疲れを感じていました。それで二日半休んで、また仕事を始めました。でも、まだ戸外に出る自信はないので、ずっと装飾のために僕の寝室を描いた三〇号の絵をやっていました。ご存知、白木のベッドのある寝室で、この何もない室内を描くのは、それはもうとても楽しいものでした。
スーラ風のシンプルさ。
平坦な色調ながら粗い筆づかいで厚塗りしてあります。壁は淡いライラック色、床は混色して褪せた感じの赤、椅子とベッドはクローム・イエロー、枕とシーツはとても淡い黄緑、ベッドカバーは血のような赤、洗面卓はオレンジ、洗面器は青、窓は緑。ご覧のようにとても多様な色調を使って、僕は絶対的な休息を表現したいと思いました。そして黒い枠の鏡の中にわずかに白があるだけ(こうして絵の中にさらに四つめの補色の組合せを放り込んだ)。
まあ他の絵も合わせて見てもらった上で話ができればと思います。なにしろほとんど夢遊病者みたいに描いていて、自分がどんなものを描いているのか分からなくなることもよくあるので。
寒くなり始めています。特にミストラルの吹く日は寒い。
冬でも明るくできるように、アトリエにガス灯を付けてもらいました。
もしあなたがミストラルの吹く日に来たら、たぶんアルルに幻滅するのではないかと思いますが、すこし待って下さい……ここの詩情を感じられるまでにはすこし時間がかかるのです。
この家はまだそれほど居心地良くないと思われるかもしれませんが、少しずつ良くしていけばいいでしょう。出費が多くてそんなに一気にはできませんので。ともかく、ひとたびここに来てもらえれば、僕同様あなたもミストラルの合間に秋の効果を猛烈に描きたくなることでしょう。そして、なぜ好天の日が多い今のうちにこちらに来るよう僕が勧めたかも分かってもらえることでしょう。ではまた。
あなたのフィンセント
『ファン・ゴッホの手紙 I・II』
ファン・ゴッホ美術館/編、圀府寺司/訳