石原慎太郎
はい、検事さん私が彼らを撃ちました、間違いありません。 殺意はあった、と思います、いえ、ありました。なければ四号弾を選ぶことはなかったでしょう。 とにかく彼らが憎かったのです。いや彼らだけではなく、何かもっとほかの、自分でもよくわからない何かもっと大きなものが憎くてたまらなかった。その意味じゃ彼らも犠牲者なのかも知れませんが。 しかし森本を殺したのは間違いなく彼らです。三人を含めたあのグループの奴らです。今まで何度か奴らはあの辺りでおやじ狩りをして遊んでいました。他のホームレスがそれで逃げ出したのに森本だけが我慢して残っていたのを狙い射ちにしたんです。前から花火を投げこんだり空気銃を射ちこんだりしていたようですが、とうとう小屋ごと火をつけやがった。 体中に火がついて川まで走って消そうとして彼はあの石垣から落ちて死にました。あの辺りは夜は誰も通らぬところですから、奴らとしたらしたい放題でした。 森本からもそう聞かされていたのでうちの会社の器材置き場の横にでも小屋を建てて移れといっていたのですが、ここの方がいっそ気楽でいいと聞きいれずにいました。彼としても二人の昔からの仲からしての沽券もあったんでしょう。警察に届けもしたといっていましたが、この頃の警察が彼みたいな者を本気でかまってくれることはなかった、せいぜいあそこから立ち退いた方がいいと説得したくらいでしょう。
考えてみると彼とは思いがけぬ形で何度も出会ったものです。
彼との二度目の巡り合いは戦争が終わって世の中が少し落ち着いてきた頃、誰がいい出してか東京であった予科練の同期の会合ででした。会場は神田のどこかの建物でしたが、私は少し時間に遅れて駅を降り会場に向かって歩いていたら建物の反対側から歩いてくる彼が見えました。すぐに彼だとわかった。森本には予科練の器械体操演習で足を骨折して少しびっこを引く癖がありましたが、そんな歩き方だけではなしに、なんというのか戦友同志の縁が作った勘というんでしょうか、遠くから眺めてもすぐに彼とわかりました。 |