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特別企画 2001年女流歌会始

またたき
斎藤 史

「ゆふぐれはさびしくて」と亡母が言ひたるは両眼見えてゐる頃なりき
兵俑のいちにんがふとまたたきぬ 八千体 五千年の直立のなか
彼のまたたきの一つにさへも及ばざる時間を生きて 存在おぼろ
昭和の事件も視終へましたと彼の世にて申上げたき人ひとりある
床踏めば足裏つめたき夜しぐれ 昨夜鳴きてゐし虫も絶えたり

花の寺
富小路禎子

西行の得度の寺のしだれ桜花季のみにあらぬなまめき
葉の落ちししだれ桜の細き枝遠き茜を透かせてそよぐ
堂の闇に厨子の内のみを灯すしばし国宝仏は出演に似る
初めより彩色もなき国宝仏たんたんと又世紀超ゆるか
花の寺より下る急坂奈落坂秘めし悪意のまづまろび落つ
急坂の尽きし窪地に彩乱れ宇宙の花のコスモス強し
雨に打たれ茎からみ伏すコスモスの秩序なき花美しからず

青人草
山中智恵子

世紀二○○○年の大歳の夜をただよひて醉生夢死の――われいまだ生く
石の夢水の夢にも生れなむか伊勢の闇には齋宮がゐる
今日も明日も昨日を思ふわがこころ虚空を舞ふは水の翼か
荒野へ出でよと信長言ひき かかるとき虹かきならす風の音すも
本能寺に信長とともに滅びしは兩性具有の少年の夢
朝影にわが身はなりぬレスボスの水仙の花にまた逅はめやも
荒魂の淡海縣の物語廢帝ののち生れたりしか

猫つれて
馬場あき子

猫つれて毛糸玉つれて女らの昼でんしやゆく小春初老
合せる美学にみんな夢中でセーターも靴も言論も自由とみえて
凍み痛き歯の根を噛みて目ざめたり生は貪るべしと思へど
楽天もけつこう苦労したあとに「琵琶行」書きぬしみじみと秋
地べたに座ればこの女病むと思はれて不自由なりされどしてみたきなり
体操す。相撲の四股よし、熊歩きよし、でんぐりがへしはやめたはうよし
夕餉作りの好きな夫と住みなれて居ない夜はだがもつと伸びやか

凍天
道浦母都子

ジェット機が空の駅にて停車する そんなはずなし眠りより覚む
帯広は「オ・ペレペレ・ケプ」かじかみし声にて呼べば雪雲笑う
滑走路には枕木あらずヤチ坊主あらわれそうな草生うばかり
幼稚園のちさき木椅子に座りたりこの肌ざわり母の膝とおなじ
昼よりいきなり夜となるまち新世紀日本が孕む奈落のような
行路死は蜜の味かも「もういい」とこの世の時間手放せるなら
救われてわれは生きたし凍原に異性のような落葉松が見ゆ

(※オ・ペレペレ・ケプは川が別れる場所との意味)