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またたき 斎藤 史
「ゆふぐれはさびしくて」と亡母が言ひたるは両眼見えてゐる頃なりき 兵俑のいちにんがふとまたたきぬ 八千体 五千年の直立のなか 彼のまたたきの一つにさへも及ばざる時間を生きて 存在おぼろ 昭和の事件も視終へましたと彼の世にて申上げたき人ひとりある 床踏めば足裏つめたき夜しぐれ 昨夜鳴きてゐし虫も絶えたり |
花の寺 富小路禎子
西行の得度の寺のしだれ桜花季のみにあらぬなまめき 葉の落ちししだれ桜の細き枝遠き茜を透かせてそよぐ 堂の闇に厨子の内のみを灯すしばし国宝仏は出演に似る 初めより彩色もなき国宝仏たんたんと又世紀超ゆるか 花の寺より下る急坂奈落坂秘めし悪意のまづまろび落つ 急坂の尽きし窪地に彩乱れ宇宙の花のコスモス強し 雨に打たれ茎からみ伏すコスモスの秩序なき花美しからず |
青人草 山中智恵子
世紀二○○○年の大歳の夜をただよひて醉生夢死の――われいまだ生く 石の夢水の夢にも生れなむか伊勢の闇には齋宮がゐる 今日も明日も昨日を思ふわがこころ虚空を舞ふは水の翼か 荒野へ出でよと信長言ひき かかるとき虹かきならす風の音すも 本能寺に信長とともに滅びしは兩性具有の少年の夢 朝影にわが身はなりぬレスボスの水仙の花にまた逅はめやも 荒魂の淡海縣の物語廢帝ののち生れたりしか |