伊藤比呂美
あのセックスはほんとに楽しかった。いくとかいかないとかいうのが問題ではない。夫がわたしに触れるひとつひとつが、いやでなく、脂汗もかかず、受け入れられたということだ。夫を、積極的になめまわし、なでまわしもした。あんなことしたり、こんなことしたりもした。そんなににこにこしながらするセックスはひさしぶりだった。「セックスがいいと生きてるのが楽しい」とわたしは言った。「そうかね」と夫がうれしそうに答えた。それが車の中の今朝いちばんの会話だった。 「ほらね、入れた瞬間のことを考えると今でも鳥肌が」とわたしはなおも言って、夫はにこにこした。その頬に血が、ついていて、それをわたしは指でふいて口に入れた。 こんなことはひさしぶりだった。こんなことがあるのだとわかっただけでもうれしいと思った。 かたつむりが殻のことを考えるように、夫のことを愛している。 でも実際に愛しているなどと言ったことはない。 「愛してるよ」 と夫に言われたかどうだったか。考えると、言われたような気がする。わたしは言わなかった。それに似たことばなら言いちらしたのを覚えている。それは結婚の前後である。 学生のころにずるずると住みはじめて、切れていた電球をふと思いついて買いに行くように籍を入れたから、たいした感動もなかった。その前後にならそんなことを言いあっていた。愛している、ほど直截じゃないがとても近いことばで。 夫のいない生活なんて考えられない。 夫とずっといっしょにやっていくのである。 「それを総合すると愛してるっていうのよ」といつか友達に言われたが、だからかたつむりのようにとか、おまえ百までわしゃ九十九までとか、いろんな言い方でもって、わたしは夫を愛していると断言するのだが、断言しながらもわたしには何もかもが「嘘っぱち」、嘘とまでは言わないが、現実味のともなわないことのようで、ふしぎに思えるのだ。 でも鳥肌ならたしかに立っていた。そしてそれは夫とのふかい結合のしるしだった。とてもよかった。夫を愛していてよかった。わたしがそんなことを考えているうちにも夫は運転をつづける。風景は過ぎ去る。あちこちに桜が咲きほこる。後部座席ではベビー用カーシートに二歳になる娘のたまらがすわっている。 その計画は、夫がずっと練っていたのである。練るそばから、わたしに語って聞かせた。わたしは、たまらのたどたどしい語りを熱心に聞くように、それを聞いた。朝に晩に、否応なしに注入されていった。荒唐無稽に思えたのははじめのうちだけで、そのうちになじんでしまった。それを聞かないでは一日がはじまった気がしないし、終わった気もしない。生きているという気もしないのである。じつをいえば、わたしはそれを、人がひとり生きていくために必要な夢と思っていた。持ちつづけてないと生きていく気力が消えていってしまうような。 夢でなくても、いいわけと思ってもいい。何でもいい。 先週の月曜日だった。夜の十時半に夫が塾から帰ってきて、そうぞうしく自転車を軒下に入れるのが聞こえたから、お父さんだ、とたまらと迎えに出た。 夜の十時半に、たまらは寝ているときもあるし、起きてるときもある。保育園でじゅうぶん寝てくるからなかなか眠くならない。 最後のクラスは九時半に終わる。そのあと夫は、子どもの相手をしたり明日の用意をしたりして、十時半には帰る。 玄関先で夫は、待っててくれたのーと声を裏返してたまらを抱き取り、その裏返った声のまま、「おかあさん」とわたしを呼んだから、幼児の息子に呼ばれたような錯覚があった。夫は声を改めて言った。 「決行してもいいかい」 |