被害者の国 本谷有希子
1 「なんで分かった?」 作業再開を知らせる威圧的なベルがスピーカーからけたたましく鳴り響いている。ブラック無糖のコーヒー缶をくず入れに投げ捨て休憩室を出た君島は、帯電防止リストバンドを両手首に装着した後、ようやくそう口を開いた。 「なんでってまあ、よくある偶然なんだけど」 相変わらず汚濁した水たまりのような目をした男だ。コンベアの所定の配置についた俺は、凶器としても充分通用しそうな尖ったピンセットを作業台から取り上げ教えてやった。 「昨日の夜ネットでいろんなサイト見てたら、たまたまあんたによく似た小学生の写真を発見しちゃってさ」 それだけで君島はすべてを察したらしかった。だが、俺はさらに丁寧な説明を付け加える。 「知らないか? 『中一同級生殺害事件の少年Aを地獄の果てまで晒し出せ』ってサイトなんだけど」 君島は無言のまま、作業着と同じモスグリーンの帽子を目深に被った。ツバの下にのぞく青白い顔にもやはり変化はない。 「俺、もし少年Aに会えたら絶対聞いてやろうと思ってたことが一個あったんだよね」 液晶上の卒業アルバムの写真を思い出しながら、俺は目の前の男に改めて視線を戻した。人を寄せつけない空気を放つ、切れ長の一重瞼。凡庸さを主張する丸まった低い鼻。口角の下がった厚めの唇。少なくとも女にモテるタイプには見えない。その印象を増長させるように鬱陶しいほど伸ばされた前髪の間には、眉の上にやや大きめのほくろがあった。それほど目立つわけじゃないが、そのほくろこそが、先週から始めたバイト先にいた桜井と名乗る男と、あの「少年A」を結びつける最大の同一点だった。無難なデザインの眼鏡はフェイクと考えて間違いない。少年Aの視力は両目とも2.0のはずだ。 ……さっきは警戒されないよう「たまたま」という言い回しを使ったものの、少年犯罪に関するサイトをくまなくチェックするのが、フリーター歴三年目に突入した俺の唯一の趣味だった。 マニアの目をごまかせると思うな。 「ないよ。理由なんて」 気持ちを見透かしたかのようなタイミングでそう声がし、俺は思わず隣の君島に顔を向けた。 「人殺すのにそんなもの必要なのか?」 続きは本誌にてお楽しみ下さい。
|