立ち読み:新潮 2017年3月号

足跡姫 時代錯誤冬幽霊ときあやまってふゆのゆうれい[長篇戯曲]/野田秀樹

三、四代目出雲阿国
淋しがり屋サルワカ
死体/売れない幽霊小説家
戯けもの
踊り子ヤワハダ
万歳三唱太夫
伊達の十役人
腑分けもの

第一幕

観客が劇場に入ると、ひなびた芝居小屋が見える。
芝居小屋の舞台には盆があり、花道もある。
舞台上には、一枚の大きな桜の木が描かれた紙が敷かれている。

やがて、が入る。
その大きな紙がするするするっと立ち上がって、大きな桜の木の絵が、舞台背景の幕となる。
再び、柝が入る。
暗転。

「能」の謡曲「田村」が流れる。
荒々しい面をかぶった『無限』が現れる。
『無限』は、刀を手に、桜の下で大暴れをする。
そこに、直面ひためん(素顔)の女が現れる。名前は『0ゼロ』。能の謡曲は、「地球の反対側」の音楽に乗り替わっていく。
『0』は、足を踏み鳴らし艶やかに踊りながら、『無限』の暴れる心を鎮めていく。
『無限』が去る。
そのことを、寿ことほぐように、桜の木の下に、たくさんの『0』=女がつどい現れて、足を踏み鳴らしながら踊る。踊る。踊る。あたかも無限に踊り続けるかのごとく。女たちの群舞は、いよいよ激しさを増す。
そして、次々と着ているものを脱ぎ捨てて、薄絹一枚で踊り始める。
いつしか、ディオニッソスの狂女らと見紛みまごうばかりに。
その絶頂。
突如、花道の奥で甲高い笛の音、そして声。

 しらば~く! しらば~く!

舞台上の踊子たち、大慌てで裏へ引っ込む。
代わって『別の女性の一群』が現れる。
その間、花道の揚幕あげまくの奥で、揉め事が起こっている声が聞こえてくる。

声を止める声 しらばくとは、またご無体なり。

揚幕上がる音。
声の主、伊達の十役人(一役人目、真立屹立まだてきつりつ助兵衛すけべえ)が、花道より入って来る。
芝居小屋の下足番三人も、追って入ってくる。

伊達の十役人・真立屹立まだてきつりつ助兵衛すけべえ なあに、しらばくしらばく、しらばくれてんじゃねえよ! って話さ。
下足番半分の一 身共みどもらが、何をしらばくれてることがございましょう?
真立屹立の助兵衛 とうの昔に、女カブキ御法度ごはっとが出たのを知っておろう。その御法度をないがしろにし、今なお、踊り狂うカブク女らの、ここにありと聞く。風営法違反だ。男の花道から出て行け、女ども!!

『別の女性の一群』の中からの声。

 しらばく~、しらばく~!! われらは無実。
真立屹立の助兵衛 誰だ、私のお株を奪い、しらばっくれている女は。

女たち、姿を見せると皆男。

声の主、サルワカ われらこそ、女に扮したやさ男、ガタガタ震える女形、複数形で女形がた~。
真立屹立の助兵衛 ガタガタ、ガタガタぬかすな! この女のまがい物めらが!
サルワカ ありがたき幸せ。
真立屹立の助兵衛 何?
サルワカ 紛い物め!! は、役者にとっての褒め言葉。騙してなんぼ、騙されてマンボ!! う~っ!! と。
真立屹立の助兵衛 (一緒にのせられ)う~っ!! と。
サルワカ まして、ここでカブイているわれらは男、何の罪科つみとががございましょう。
真立屹立の助兵衛 ふん、芝居小屋など、どうせ卑しい罪人の巣窟だろ。まっとうな町人ならば、八百屋、魚屋、豆腐屋、蕎麦屋必ず屋号をもっているはずだ。
サルワカ 俺だって屋号くらい持ってらあ。
真立屹立の助兵衛 なんだ河原乞食、おめえの屋号はさ。
サルワカ 淋しがり屋だ。
大向こうからの声 淋しがり屋!
真立屹立の助兵衛 嫌な商売だ。八百屋ならば人参を、魚屋ならば蛸を売る。おい、淋しがり屋、てめえは何を売るんだ?
サルワカ 淋しがり屋は喧嘩を売るんだ!
真立屹立の助兵衛 喧嘩を売って、顰蹙ひんしゅくを買うってわけか。

(続きは本誌でお楽しみください。)