立ち読み:新潮 2018年11月号

いかれころ/三国美千子

1

 土曜日が来ると母は必ず自転車の後ろに私を乗せて出かけた。
 戸口の小さな緑色の留金をくるんとひねり南京錠をかけると、物置の茶色い扉のすきまに鍵を置いて険しい眉でつかつかと自転車のところまでやって来た。
 とうのたった小松菜の花がむっと黄色く匂っていた。隣家の塀際にぼやぼやしたピンク色の八重桜が咲いている。その奥には細い桜が申しわけ程度に花びらを開いている。その間を紋白蝶が飛んでいた。
 母は春の庭には目もくれず、門のかんぬきを私を乗せたまま器用に外す。補助いすの持ち手をつかんで私は見上げる。門の前の井村の田んぼの畔の横に大きな桜の樹がある。黒ずんだ樹肌のせいでおじいさん桜と母は呼んでいた。初夏になると毛虫だらけね、と胸まである真ん中分けの長い髪の間で眉をしかめた。その白い花のこんもりしたレースの隙間から青い空がちらちらして、うーんとのけぞって見ると綺麗だった。
 御陵のお堀の近くにある新しい分家町が桜ヶ丘と呼ばれているのは、このおじいさん桜に由来するのだろうとうっすら私は思う。急いでいるのか門は元通りに閉められ、がっくんと揺れると砂利道を自転車は進んでいく。
 トラックがしょっちゅう出入りしている運送会社の横の急な坂道を、自転車は耳障りなブレーキの音を立てながらすべり下りる。光る髪を揺らして母は左右を確かめる。大和川から垂直に枝分かれした石川に沿うように、直角にカーブした線路は吉野の山まで続いている。近鉄電車の駅を背に西を向いて外環状線を渡ろうというのだ。
「なこちゃん。ほーじの交差点は坂道になってるよってん、車は止まりたくても急に止まられへんの。前で立ってたら轢かれんなんで」
 同じことを母は何回も言った。
 大人たちがほーじと呼び習わす歩道橋のかかった交差点の一角に本家の納屋と月極め駐車場があり、そのフェンスの向こうの大根の花に群がる蝶に見とれていた私ははっとする。
 歩道橋の下の四車線の道は上林の方を向いて下り坂になっていた。また事故があったのか、ぐんにゃりとガードレールがゆがんでいる。きらきら光るすりつぶされたみたいな輝きが黒い地面に残酷ににじんでいた。そこで小学生の男の子が死んだのだ。
 歩道橋の階段の下には真新しいお地蔵さんがえんじ色の帽子をかぶっている。男の子の両親が供養に建てたものだ。
「わかった」という間もなく、自転車はごとごと弾みながら信号を渡る。
 村上堂薬局の横が旧い河内の三本松村の巡礼道だった。東に以前松だらけの山だった住宅地を背負い、六つの村と町が一つに束ねられ南河内市を名乗るようになっても、一足飛びに村が新しくなるわけではなかった。外環状線沿いの田畠が小さなお家の密集地帯に様変わりしても巡礼道に住んでいる人は昔のままだ。
 薬局の閑散とした店先にさしかかると急に薄暗くなる。古くからある道だから暗いのかもしれないと、もも組さんで四歳の私は思っていた。
「こーんーにーちーわっ」
 杉崎の本家は通りの北の端だった。それより北にまだいくつかの新しい家が並んでいたとしても、北杉崎といえば村の北端と決まっていた。
 障子が貼られた重々しい大戸の取手は丸くくりぬかれている。その黒い穴には手が届かない。母が開けると、中から出てくるひやっとした空気に頬が震えた。天井の高い黒い空間に負けじと大声を出す子供を先に立たせて母は通庭の奥まで入って行き、台所の模様硝子の戸を開ける。
「おっそいの。何時やと思うてるねん」
 祖父の末松は茶碗から顔を上げ苛立ちをあらわした。
わし、電話したのにだんれもおらへん」
「ちょうど出たとこやったんかしら」
 口喧嘩が始まる。
 部屋の中は四月だというのに関東煮かんとだきのたけだけしい匂いが溢れている。
 通庭は井戸のある庭まで突き抜けており、靴で入る方式だった。長い食卓が乗った舞台のような框のはじっこに座ると、大学を停学中の叔父が靴を脱がせて子供用の椅子に私のタイツの足をすぽんと入れてくれる。
 叔父の幸明は二十二歳。肩につく髪を切らないのは末松への抵抗だ。
「おっちゃんが取ったろ。玉子やろ、それからいも、一個食べれる?」
「いらへん」
「なんや。なこちゃんあかんたれやな。おだししみててうまいんやで」
「くじらのにおいするからいや」
「ほな、何食べるねん」
「お茶漬け」
「しやないな」
 しやながりながらも、幸明は腕につけている銀の輪をしゃらしゃら鳴らし、膳棚から歌舞伎模様の細長いあられが入ったお茶漬けのもとを取ってきてくれる。うぐいす色のお塩がご飯の上でじんわり溶けて子供心に珍しくおいしかったが、母に頼んでも添加物だらけだからだめと買ってもらえないのだ。
 本家の食べ物は分家と違って色が黒く、味も臭いも濃かった。早朝から一日力をふりしぼらなければならない百姓屋の常で、汗と共に抜け落ちた塩分を、末松はそういう食べ物で補っているのだ。鍋にはコロと呼ばれるくじらの脂身の黒い皮が浮かんでいる。やかんからつがれるほうじ茶も真っ黒けだ。
「久美ちゃん。車で来たんか。歩いて来たんか」
 黒いネットをかぶったちんまりした老婆が、筋の通った声を上げる。曾祖母のシズヲばあさんは明治三十四年生まれだ。
「自転車や」
 久美子は鍋から専用の赤色のお箸で関東煮を見繕いながら澄まして言う。
「歩いておいでてゆうてるやないの」
「急いでたんやもん」
「自転車みたいなもん、お腹大きい人がまたがったらあかんがな。しっかり歩いて身体動かさんことには、お産がきつうなるんやで」
「はあい」
「横着しなさんな」
 シズヲはまるで娘に対するように久美子に口うるさい。妹が産まれるこの年の九月にシズヲは心臓発作で亡くなるのだけれど、この頃は元気そのものだ。
 叱られている久美子に末松はふんと特徴的な小鼻をふくらませる。
「隆志さん、どないしたんで」
 ズボンのバンドを締め直しながら末松が娘婿のことを持ち出すと、私は椅子の上に打ち付けられたようになる。
「帰ってきはれへんとこみると、どっか行ってはるんとちゃう」
「へっ。どっかて、どこで。旦那の行先もお前、よう知らんのか」
 末松は嘲笑う。
 額から流れる長い髪を耳にかけて久美子は箸を動かす。横から見ると、鼻筋と鋭く切れこんだ鼻孔が末松そっくりだ。
 土曜日に隆志が家でお昼を食べたことは一度も無い。勤め先の中学は半ドンで終わっているはずなのに、日が暮れなければ父の顔は見られなかった。
 居所を母は知っているのだと私は大人たちを見ていて思った。
「よお、よお。なこちゃんのパパどこ行かはったんやろうな。お仕事かいな」
 裏の外台所から戻ってきた祖母の美鶴が、私の気を引き立てようとした。美鶴と末松は昭和五年生まれの午年だ。夫としょっちゅう口喧嘩になるのは同級生のせいだと美鶴はうそぶく。
 末松の丸い目がギラリと祖母を睨みつけた。
「お前は黙ってえ」
「へえ。えらいすんまへん」
 美鶴は懲りずに舌を出す。
「養子いうんは気楽なもんや。下宿人と一緒や」
 末松は決めつける。

(続きは本誌でお楽しみください。)