唐松在良/グルーシェニカ
唐松威蕃
生方莉奈
ウワサスキー夫人
番頭呉剛力
不知火弁護人
唐松兵頭/盟神探湯検事
舞台装置は、巨大な構造物の枠組みのみでできている、スケルトンである。
舞台奥に、横方向の坂道が二本、エッシャーの宇宙の如く、ループのようになっている。
開演前、舞台上には、役者の脱ぎ捨てられた服、靴、舞台装置として使われるポールなどが、無造作に床に散乱している。
グループサウンズ、ザ・カーナビーツ『好きさ好きさ好きさ』が、大音量でかかる。
その中、芝居に登場するほぼすべての役者が現れて、それぞれの定位置につく。そこは法廷。自分の服を着て靴を履く。そして裁判に関わっていく。
生牡蠣裁判長 これより審理に入ります。被告、入廷してください。
刑務官に連行され、入廷してくる花火師唐松族十四代目、唐松富太郎。手錠を外される。
唐松富太郎 唐松富太郎。
生牡蠣裁判長 職業は?
唐松富太郎 元花火師。
生牡蠣裁判長 元ですか?
唐松富太郎 今は花火を上げちゃいけないんだ、火薬まで取り上げられて。何か仕事をもらえませんか? あ、裁判長でいいや。
生牡蠣裁判長 被告は、はい、いいえで答えて。わかりましたか?
唐松富太郎 いいえ。生牡蠣裁判長 証人たち、入廷をしてください。
証人たちが入廷してくる。
生牡蠣裁判長 本日は予定していた証人のうち、ロシア領事官ウワサスキー令夫人が大事なお引越しのために、また墨田麝香氏は昨日、急死し、ここに警察からの死亡証明書もあります。故に二名出廷しておりません。
傍聴席、「お引越し」に二割、「急死」に八割のざわめき。
唐松富太郎 畜生が死んじまったか畜生!
生牡蠣裁判長 被告、静粛に! 畜生は、自殺などしませんよ。
突然、自殺した首吊りのロープがふり落ち、ぶらぶらと空中にぶら下がる。
傍聴席、「自殺」という言葉にさらにざわめき。
生牡蠣裁判長 皆静粛に、では盟神探湯検事、まず被告の罪状を読み上げてください。
盟神探湯検事 被告唐松富太郎は、実の父、唐松族十三代目花火師、唐松兵頭を殺害しました。よって尊属殺人罪に問われるのであります。
盟神探湯検事、唐松富太郎の手を取り、花火の大筒を持たせ、その大筒で検事自身の頭を殴らせ、自ら倒れこみ、殺害された唐松兵頭の死体として、検事席に横たわる。
唐松富太郎 飲みすぎと女好きの罪は認めます。しかし、あの男の死に関しては無実だ。あの夜、俺はあの女のためなら、永久に誠実な人間になろうとさえ思っていた。
生牡蠣裁判長 あの女とは?唐松富太郎 グルーシェニカ。
生牡蠣裁判長 どういう女性です?
唐松富太郎 あの男が俺から盗み取ろうとした女です。
生牡蠣裁判長 あの男とは?唐松富太郎 親父です、ほらそこにいる。
生牡蠣裁判長 え?
検事席に横たわる盟神探湯検事が指さされて、父親唐松兵頭に変わる。
裁判所の二本の柱に、ガムテープが一本張られることで、回想場面となる。
唐松兵頭 なんでだ! なんで女房が何日も帰ってこねえんだ!
番頭呉剛力 逃げられたってことですよ。唐松兵頭 何故?
番頭呉剛力 旦那様がひどい男だからです。
唐松兵頭 俺の? どこが?
番頭呉剛力ら (一斉に、お互いのセリフが聞こえないくらいバラバラに欠点をあげつらう。『自己中だし』『金遣いは粗いし』『根っからの女好きだし』『酒乱だし』『奥様の財産目当てだし』『財産欲しさだし』『どんだけ財産?』『愛してなかったし』など論った挙句、最後だけ言葉が揃う)ってまあ、旦那は生きるに値しない男ですよ。
唐松兵頭 みんなが俺を殺したがってる。番頭呉剛力 電話です。
唐松兵頭 だれから?
番頭呉剛力 奥様が見つかったそうです。
唐松兵頭 どこで?
番頭呉剛力 旧軽井沢です。
唐松兵頭 やな感じだ。
番頭呉剛力 若い男と駆け落ちしているところを見つけられたそうです。
唐松兵頭 よし、今から旧軽へ行く。女中大麻 (別の電話で)またお電話です。
唐松兵頭 そんなものに出てられるか。
女中大麻 奥様がなくなられたそうです。
唐松兵頭 なんだこの急展開は。
番頭呉剛力 警察発表では、死因は餓死。
唐松兵頭 餓死? 旧軽で餓死したのか?
番頭呉剛力 よほど食べ物がなかったんでしょう、最後はガスホースを口に咥えて死んでいたそうです。
唐松兵頭 それは餓死じゃないね。ガスィ自殺だね。
番頭呉剛力 警察も混乱してたんでしょう。唐松兵頭 うわあ~。
女中大麻 あの旦那様が泣いてる。
唐松兵頭 笑っているんだ。これで妻の財産を使いたい放題、そして俺はやりたい放題、閑話休題、俺の人生、大目に見て頂戴!
(続きは本誌でお楽しみください。)