新潮社

 まずはオビのイラストをご覧ください。これは、精神科医である著者が医療少年院に勤めていた時、「ホールケーキを三等分する」という課題に対して在院中の少年が出した答えの一例です。知的能力や認知機能は推して知るべし。彼らは殺人や強姦致傷などの凶悪な犯罪を起こした少年たちですが、単純に「反省」を求めても無駄なのです。
 では、どうすればいいのか。本書では、彼らを取り巻く問題の構造、そして認知機能や知的能力に問題を抱えた子どもたちを早期に発見し、支援するための方法を述べています。

『ケーキの切れない非行少年たち』試し読み

著者プロフィール

宮口幸治

宮口幸治

ミヤグチ・コウジ

立命館大学大学院人間科学研究科教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務の後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務。2016年より現職。一般社団法人日本COG-TR学会代表理事。医学博士、臨床心理士。

鈴木マサカズ

鈴木マサカズ

スズキ・マサカズ

愛知県出身。京都精華大学芸術学部卒。スピリッツ増刊21(小学館)にてデビュー。著書に『無頼侍』(エンターブレイン)、『ダンダリン一◯一』(原作:田島隆/講談社)、『マトリズム』(日本文芸社)など。2024年4月現在、『「子供を殺してください」という親たち』(原作:押川剛)、『ケーキの切れない非行少年たち』(原作:宮口幸治)、『それでも、親を愛する子供たち』(原作:押川剛、作画:うえのともや)、「教育虐待 ―子供を壊す『教育熱心』な親たち」(原作:石井光太、作画:ワダユウキ)を連載中。

第6回
「さいとう・たかを賞」
受賞の言葉

原作/宮口 幸治

「色んな才能を持ち寄った方がいいものができる」
さいとう・たかを先生のお言葉の重みを感じています。新書版『ケーキの切れない非行少年たち』のコミック化の話があったとき、すぐに何人かの少年たちの顔が浮かんできたものの、本当に自分に書けるのか不安でしたが杞憂でした。私の拙いシナリオを鈴木マサカズ先生は、想像以上の二次元世界に広げてくれました。少年院という舞台は鈴木先生にしか描けなかったと思います。でもそれだけでは足りません。私と鈴木先生との間で様々なアイデアや調整、書店周りなどの営業をこなされた編集部の岩坂朋昭様の作品への思い入れがあって、このような名誉ある賞につながったのです。これからも当賞の信念を継承し精進していければと思います。



漫画担当/鈴木マサカズ

 担当岩坂氏と某県某所の少年院に取材に行き、宮口先生とはじめてお会いしたのは2020年の1月23日のことでした。そのおよそ一週間後に耳慣れない名前の新型ウイルスの第一報。連載開始は同年6月。つまりこの作品はコロナウイルスとほぼ同時に始まっているわけですが、そんな前代未聞の苦しい状況のなか、数多くの方に協力いただき、どうにかこうにか、ここまでやってこれました。我ながら、奇跡のバランスで成り立っている「共作」と自負しております。とくに作画スタッフと家族にはいつも支えてもらっています。本当にありがとう。これからも粛々と描き続けていきたいです。

著者インタビュー

「ケーキの切れない非行少年たち」を、どうすればいいのか?(1)

非行少年たちはなぜケーキを3等分にできないのか “認知機能”に問題を抱えた子どもたちの実態

 殺人や強盗、性犯罪などの凶悪な罪を犯していながら、「ホールケーキを3等分する」といった簡単なことすらできないほど、認知機能に問題を抱えた非行少年たち──。そんな非行少年たちの驚くべき実態を明かした『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)がいま、ベストセラーとなっている(現在、12刷25万部)。

 本書のキーワードの一つは「認知のゆがみ」。本文中では、極めて歪んだ形でものごとを認識している人たちの様子を、著者が勤務した医療少年院のケースなどから詳述している。反響は大きく、「“不良少年”の真実の姿が分かった」「あおり運転やいじめなど、世間を賑わす社会問題の背後にある原因も見えた」などの声が、続々と寄せられている。

 その大きな反響を呼んだ本の著者はいま、何を考えているのか。精神科医で、医療少年院での勤務経験もある著者、宮口幸治氏(現・立命館大学産業社会学部教授)に、出版後の反響やこれからの課題について、担当編集者が聞いた。

──ご著書が思わぬベストセラーとなりました。ご自身では、ここまで反響を呼んだ理由はどこにあると考えておられますか?

宮口 やはり、オビのイラストの衝撃が大きかったんじゃないですかね。あとは新潮社さんのブランド力もあります(笑)。私自身はずっと同じ事を言ってきましたし、関係者向けの本は出していましたが、そんなに注目されなかったですから。
 私は2009年から医療少年院で6年間、その後女子少年院に1年間勤めました。そこで、「なんでこんな簡単なことすら出来ないのだろう」と考えさせられるような子たちにたくさん出会いました。彼らは罪を犯して入院してくるわけですが、実際には学校でも家庭でも問題に気付かれず、しんどい生活を続けているケースがほとんどです。その中で、自信をなくしたり、いじめにあったりして、非行に繋がってしまう。こうした実態はこれまで、ほとんど知られていませんでしたから、本書に描かれた「非行少年」の等身大の姿に読者が驚いた、という面もあったかも知れません。

──『ケーキの切れない非行少年たち』の中で、山本譲司さんが記した『獄窓記』(新潮文庫)について言及していらっしゃいますね。秘書給与の流用事件で服役した元国会議員が見たのは、「社会から落ちこぼれてしまった障害者たちの福祉施設」と化している刑務所の実態だった。それの「少年版」が少年院である、と。

宮口 まさにその通りです。『獄窓記』の中に描かれた受刑者たちの姿は、私が見ていた少年院の子たちの未来の姿に重なりました。
 私のいた医療少年院でも、「ホールケーキを3等分できない」だけでなく、高校生なのに九九ができない、日本地図がわからない、といった子どもたちもいました。計算問題だと2桁くらいになると怪しくなり、分数の足し算引き算になるとほとんどの子ができません。驚くべきは、それが殺人や強盗、強姦などの凶悪犯罪を起こした少年である、ということです。彼らは「反省以前」の存在なのです。

──本書の中では、彼らの多くが「境界知能」であることも指摘されています。この「境界知能」の問題とは、どんなものなのでしょうか。

宮口 現在、知的障害とされるのは、「IQ(知能指数)70未満」とされていますが、1950年代の一時期、これが「85未満」とされていた時期があります。ただ、IQ85未満の人は人口の16%くらいいて、「あまりにも多すぎる」ということで、現在のように「IQ70未満を知的障害とする」ということになりました。このIQ70未満の人はだいたい人口の2%くらいなのですが、IQ70~84に相当する残り14%の人は変わらず存在します。彼らが「境界知能」と呼ばれる人々です。
 現在の定義では、彼らは「知的障害」ではない。したがって、支援が必要な人々だとは見なされない。しかし、現代の社会生活を営むには、IQ100はないとしんどいとされていますから、実際の社会生活ではさまざまな困難に直面します。にもかかわらず、放っておかれるわけです。なので、『ケーキの切れない非行少年たち』の中では、境界知能の人々を「忘れられた人々」と表現しました。

──少年院の子たちも、その「忘れられた人々」であると。

宮口 彼らは子どもでまだ保護者がいますから、「忘れられた人々」というより、「気付かれない子どもたち」と言った方が適切かも知れません。
 少年院に入ってくる子たちは、だいたい小学校2年生くらいから勉強についていけなくなり、学校でいじめにあったり、家庭で虐待を受けたりしています。学校や家庭では「厄介な子」として扱われるだけで、障害に気付かれることはほとんどない。中学生くらいになって犯罪に手を染め、被害者を作り、逮捕され、少年鑑別所に入って、そこで初めて「彼には障害があったのだ」と気付かれるわけです。
 境界知能が人口の14%いるとすれば、35人学級で約5人が相当します。しんどい思いをしている「気付かれない子どもたち」は、学校の中にもたくさんいる。だからこそ、少年院だけでなく普通の学校での支援が必要なんです。

──そうした「気付かれない子どもたち」「反省以前の子どもたち」には、何をすればいいのですか。

宮口 彼らは基本的な認知機能に問題があることが多いので、まずは認知機能の向上を図らなくてはなりません。認知機能とは、見る、聞く、想像するといった、基本的な社会生活を営むのに必要な能力です。基本的な認知機能に問題があると、勉強ができないだけでなく、話の聞き間違いから誤解を受けたり、空気が読めずにいじめにあったり、ということが生じがちなのです。
 ですから、この認知機能の改善が一丁目一番地です。認知機能の問題を放置したままで勉強させたり反省させたりしたところで、支援が空回りするだけです。

──その認知機能を向上させるトレーニングとして、ご自身で考案されたのが「コグトレ」ですね。

宮口 医療少年院に勤務している時、世界中で出ている認知に関する書籍を調べました。適当なものがあれば翻訳して使えばいいとも思っていましたが、適当なものがなかったので、自分で考案することにしました。それが「コグトレ」です。
 コグトレは、認知機能を構成する5つの要素(記憶、言語理解、注意、知覚、推論・判断)に対応する、「覚える」「数える」「写す」「見つける」「想像する」の5つのトレーニングからなっています。教材はワークシートを利用し、紙と鉛筆があればできます。トレーニングの教材は書店でも売っています(宮口幸治著『コグトレ──みる・きく・想像するための認知機能トレーニング』(三輪書店)など)。
 コグトレは、いくつかの少年院でも採用されていて、一定の効果は出てくるようになりました。また、一部の学校とも連携し、導入してもらっています。授業時間は使えないので、朝の会や帰りの会の5分間で実施してもらっています。

──学校でのコグトレ実践の様子は、宮口さんが「取材される側」として登場している『発達障害と少年犯罪』(田淵俊彦NNNドキュメント取材班著)の中でも詳しく描かれていますが、コグトレを実践なさる先生方に、「この点に注意した方がいい」と伝えていることなどはありますか。

宮口 先生方にいちばん気をつけてほしいとお伝えしているのは、問題を抱えていそうな子を早めに見つけてあげることです。コグトレを一種のスクリーニングとして活用し、そういう子を見つけたら、重点的に見てもらうようにお願いしています。研修会などに来られた先生方には、そう伝えています。
 いま、来年の年初からコグトレの教室を始める予定で、準備中です。

──それは、セミナーなどではなく、特定の場所をつくるのですか?

宮口 はい。地域の子どもたちを集めて、そこでコグトレをしてもらいます。1回90分で週1回、4カ月でワンサイクルです。ひとつの会社(株式会社かなえるリンク)が事業としてやることになっていて、私は監修ということになっています。場所は大阪です。
 果たして、認知機能の弱さを強化するという目的に特化した教室にどれくらい需要があるのか分かりませんが、需要があるなら東京やその他の場所にもサテライトを作れれば、と思っています。
 コグトレが学校や矯正施設で広く実践されるようになれば、状況は劇的に変わると思います。もちろん、そうなるように努力は続けますが、一方でそれだけでは解決しない難問も沢山あります。

ブックバン 2019年10月30日 掲載



「ケーキの切れない非行少年たち」を、どうすればいいのか?(2)

性犯罪者は受け入れ拒否! 非行少年たちの社会復帰には何が必要か 児童精神科医が語る問題点

──前回インタビューの最後で、「難問」がたくさんあると語られています。その「難問」とは例えばどんなものですか。

宮口 医療少年院にいた時の最大の問題は、少年院を出た後の「社会の受け入れ」をどうするか、でした。基本は保護者が引き取ることなのですが、保護者が引き取りを拒否したり虐待しているケースも多いので、その場合は保護観察所と一緒に引取先を探すわけです。これが難しい。
 しかも、私のいた医療少年院の場合、猥褻事犯や放火犯などが多かったので、そういう子はさらに引き取りが難しくなります。受け入れた子が、地域でまた猥褻事件を起こしたり、放火したりしたら、その施設が潰れてしまいますから。

──暴力や窃盗ならともかく、猥褻や放火は勘弁してくれ、と。

宮口 実際、猥褻事件や放火事件を起こした子とか、精神障害で薬を飲んでいるような子は、普通の人にはなかなか理解されないと思います。普通の少年院に比べても、医療少年院にいたような、知的や発達の障害をもっている子は引き受け手が少ないんですね。職員がいろんな施設を「受け入れてください」と頭を下げて回っていますが、なかなか受け入れて貰えない。
 また、家族がいる場合でも、猥褻事犯は受け入れられない場合がある。例えば自分の妹に対して性犯罪を起こしてしまうような場合もありますから、そうなったら家族であっても家に戻すわけにはいかなくなる。

──本当に受け入れられる場所がない子はどうするのですか。

宮口 その場合は、ずっと少年院にいます。通常、少年院の在院は1年弱(11カ月程度)ですが、受け入れ先がなくて3年間も在院していた子もいました。しかも、少年院に2年も3年もいたら、精神状態が悪化してしまいます。うつ病になってしまったり、統合失調症を発症してしまう。そういう子が何人か出ています。
 それでも、少年院にいつまでもいるわけにはいかない。大人になったからといって、彼らを徒手空拳でほっぽり出すわけには行きませんから、何とか探すわけです。

──性犯罪の問題は、社会の側も扱いかねているような印象がありますね。

宮口 性の問題は私自身もライフワークのようなところがありますが、いろんな課題があります。
 例えばいま、学校で性教育がされています。しかし、教えているのは基本的に「メカニズム」で、「どんなことが性の問題行動になるのか」という視点はありません。薬物は「ダメ、絶対」と教えていますが、性犯罪を「ダメ、絶対」とは教えない。でも、薬物事件をおこした芸能人よりも性犯罪をおこした芸能人の方が復帰は難しいでしょう。つまり、性犯罪の方が社会的影響が大きいんです。
 なので今、小学校でも使える教科書的なワークブックを作っています。性犯罪の発生しやすい状況や場所を理解させたり、コミュニケーションの不全から犯罪と思われてしまうような状況が発生するのを防ぐ。そういったスキルを身につけるためのワークブックです。11月に発刊予定です。よく、性犯罪の加害者が「同意があったと思っていた」と言いますが、本人にそのつもりがなくてもアウトになる状況はあるのだ、ということなどを学んでもらいます。

──学校教育では、他にどんな課題があるとお考えですか。

宮口 人口の14%を占める「境界知能」の子どもたちが「気付かれない」状況は、早急に是正しなければなりません。そのためには、学校の中で、認知機能面以外にも学校教育で扱わない分野を充実化させていく必要があります。
 現在の学校は学習面、それも「教科教育」に集中しすぎていて、社会面のスキルを身につけさせる機会が乏しい。道徳教育の代わりに、社会性の強化を図るようなプログラムをやってもらえたら、という思いはありますね。先生が道徳を説くのではなく、具体的な場面を想定してその中での振る舞い方を考えさせるようなグループワークをさせたら、ずいぶんと変わると思います。
 また、身体教育の面では、スポーツは教えられていますが、不器用さを克服したり、身体の使い方のおかしさを改善するような取り組みはほとんどありません。医療少年院には、水道の蛇口を回しすぎて蛇口を破壊してしまったり、本人はじゃれ合っただけのつもりで相手に大けがをさせてしまったなど、身体の使い方のおかしな子がたくさんいました。力加減が分からないのです。身体的不器用さは目立ちますし、物理的に問題を起こすことにも繋がるので、進学や就労の妨げにもなります。ここも学校教育によって大きな改善が期待できるところです。
 学校教育は学習指導要領という縛りがありますが、それが実際に学校で直面している問題とマッチしていない部分が出ているわけです。じつは、そういう状況があるのは少年院も一緒で……。

──どういうことですか?

宮口 従来、少年院での教育は、現場の責任者の裁量でいろんなことが出来ていたのですが、2015年に少年院法が変わってから、それが難しくなりました。少年院法改正後は、矯正局が管内の矯正施設に一律で「この教材をやりなさい」と押しつけてくるスタイルに変わったのですが、これがあまり実態と合っていないんです。
 教材を作る人の中には、多少は現場を分かっている人もいるとは思うのですが、必要なのはもう少し専門的な知見です。例えば、認知機能の弱さを矯正するようなトレーニングなんて一切入っていないし、性犯罪のプログラムも欧米のものをそのまま持ってきたようなもの。現場の受刑者を見ながら「これが必要だ」ということで作られたわけではないんです。

──宮口さんが考案した認知機能トレーニング「コグトレ」が一般化していけば、だいぶ変わるように思いますが。

宮口 前回もちょっと話しましたが、矯正施設の中には採用してくれているところもあります。しかし、特定の矯正管区内で標準化されたプログラムになっているか、というと、そこまでは行っていません。

──ここまでお話を伺ってくると、性犯罪者や放火犯のような人たちは、究極の「社会が受け入れにくい人たち」という印象を受けるのですが、精神科医として、彼らをどうすればいいとお考えですか? 

宮口 う~ん。軽々には言えませんし、ある意味で高望みでもあるのですが、「仕事じゃない形で」彼らに関わってくれる人が増えるのが理想ではあるんですよね。家族とか、恋人とか。
 ちょっと余談になりますが、病院の精神科に勤務していた頃、家族から性的虐待を受けていたり、性風俗の社会にどっぷりと浸かっていたり、薬物中毒になっているような女の子をたくさん見てきました。そんな彼女たちでも、「いい男」に出会うと劇的に変わるんですよ。10代から暴れ続け、精神病院に入り、刑務所に入りかけたような子でも、主婦になって普通に子育てするようになったりしますから。
 思春期外来に来るのは女の子がほとんどなんですが、彼女たちは「いい男」ができたらたいてい落ち着きます。お金でもないし、仕事でもない。いかに「いい男」を見つけるか。つまり女性として魅力的になるかの方が大事であったりします。これも広い意味での「社会性」ということになりますが、ちょっと身も蓋もない話かも知れません(笑)。

──言われてみればなるほどという気がしますが、逆に性犯罪を犯した少年が「いい女」を見つけるのは、かなりハードルが高そうです。

宮口 そうですね。実際にそういう女の子と出会って立ち直る子もいますが、ハードルは相当に高い。
 実は、精神医療の現場では、「もっと他のやり方の方が効果あるかもしれない」と思わされるような身も蓋もないことって、けっこうあるんですよ。

――例えば?

宮口 病院の外来であるうつ病の患者さんに処方したら「こんなん、毎回10万くれたら治るわ」と言われたことがあります。毎回、薬をもらうより、外来にくるたびに10万円もらえたら病気は治るという意味のようです。なるほど、と妙に納得してしまいました。経済的な理由でうつになる人も多いので、そういう人たちにはその理由を取り除いてあげれば治ってしまうように感じました。どのみち診療費や薬剤費で結構なお金がかかっているわけですから、現金を給付するのでも同じでしょう。
 キレイゴトを言っているだけでは済まない、むき出しの真実を見据えて、いろいろと変えなければいけないところがあるように思います。

──宮口さんご自身は、今後どのような活動をしていきたいと思っていますか。

宮口 現在でもいろんな活動をしています。大学での授業、コグトレの研修、月1回の少年院での診察、学校コンサルテーションや教育相談。それに加えて講演や執筆です。これまでに得た知見を、少しでも多く社会に還元していきたい。前職の少年院では「やりきった」ので、今後はもっと自由に発信していきたいと思っていたところで、立命館大学に転身できたのはよいタイミングでした。

──その立命館大学、実は我々とは不思議なご縁があります。

宮口 私が2016年に立命館大学産業社会学部に移ったのは、前年(2015年)にここの教授だった岡本茂樹さんがお亡くなりになったからでした。岡本茂樹さんは、『反省させると犯罪者になります』『凶悪犯罪者こそ更生します』『いい子に育てると犯罪者になります』という3冊の新潮新書を書いています。その岡本さんの後任として私が入ったわけです。その話は、立命館に赴任してから知りました。
『ケーキの切れない非行少年たち』の中では、岡本さんの『反省させると犯罪者になります』にも言及しました。「反省させようにも、反省以前の子がいるよ」という、やや異論的な文脈での言及でしたが、矯正教育の分野で岡本先生が果たした功績は大きいと思っています。ご遺族であるお母様が立命館に寄付をされ、それをもとに岡本茂樹奨学金という制度もでき、私も初回に関わらせて頂きました。岡本先生の本と同じ新潮新書というレーベルから本を出させて貰ったのも、何かのご縁かも知れません。

ブックバン 2019年10月31日 掲載

編集者コラム

犯罪と障害
 最高裁7月1日付の決定で検察側の上告を棄却し、無期懲役とした二審判決が確定した、2014年の「神戸市女児殺害事件」の犯人は、知的障害を認定する「療育手帳」を保有していました。この犯人は、遺体を捨てたビニール袋に自分の名前が書かれた診察券を一緒に入れていて、「どうしてそんなことをするのか分からない」と当時言われましたが、知的障害の人は後先を考えて行動することが苦手なのです。「どうしてそんなことをするのか分からない」犯罪の背景には、往々にして何らかの障害が関係していることが多いのです。

掲載:2019年7月25日

困っている子どもたちを救うには
 まずは、オビのイラストをご覧ください。これは、精神科医である著者が医療少年院に勤めていた時、「ケーキを三等分する」という課題に対して在院中の少年が出した答えの例です。医療少年院に在院している少年ですから、だいたい10代の中盤から後半くらいの年齢の少年ですが、彼らには、ホールケーキを120度で切って三等分する、という発想が身についていないのです。
 それだけでも問題ですが、さらに驚くべきは、これを描いた少年たちが、殺人や強姦致傷などの凶悪な犯罪を起こしている、という事実です。

 通常、犯罪を繰り返すような少年たちには、更生の過程において、「認知のゆがみ」をただすための認知行動療法が施されます。かつては著者も、それを試みていました。しかし、はかばかしい結果が得られませんでした。なぜかと言えば、こうした少年たちは、そもそもの認知機能に問題があったからです。

 では「認知機能に問題がある子ども」とはどういう子か。それは、発達障害や知的障害をもつ子どもたちですが、実際に非行の現場で困っている子ども達の多くが、その当事者なのです。

 現在、知的障害はおよそIQ70未満の人をさす、ということになっていて、人口の2%程度とされています。しかし、1950年代には、知的障害はIQ85未満とされていました。「それではあまりに多すぎる」ということで今の基準になったわけですが、もしIQ70~84の人を「軽度知的障害」と考えれば、この層はなんと人口の14%程度はいる、という計算になります。つまり、小学校の35人クラスで考えれば、5人くらいはその範疇の生徒がいる可能性がある、ということになります。

 現在、この範疇の子ども達は「知的には問題ない」ということになってしまい、「ちょっと勉強が遅れている子」「ちょっと社会性に問題がある子」という程度で放置されてしまいがちです。しかし、この層の子ども達の多くが、問題に気づかれないまま放置されることで、社会のセイフティネットから落ちこぼれてしまっている、というのが著者の見立てです。これは、日本社会にとって、とてつもない損失になっているのではないか、と。

 そこで著者は、矯正施設だけでなく学校施設でも使えるような、認知機能の向上プログラム「コグトレ」を開発しました。これによって、発達障害や「軽度知的障害」の子どもの認知機能を向上させ、問題の発生を軽減させるわけです(その実践の様子については、昨年の5月に出版された『発達障害と少年犯罪』(田淵俊彦NNNドキュメント取材班著)に詳しく描写されています)。

 本書では、医療少年院に勤務していた精神科医の目から見た「非行少年」の姿、そして彼らを取り巻く問題の構造、彼らの効果的な支援方法が、一気通貫で語られています。矯正関係者だけでなく、広く教育関係者にも資する本であるのは、立命館大学産業社会学部教授として著者の前任にあたる故・岡本茂樹先生の著『反省させると犯罪者になります』『いい子に育てると犯罪者になります』とも共通しています。

 ご興味をもたれた方は、ぜひご一読ください。

掲載:2019年7月25日

スポーツが苦手な子の問題
 スポーツを通じて連帯感、一体感、助け合い、リスペクトなど健全な精神を養っていくべき、との意見はよく聞かれますが、これが「スポーツが苦手な子」にも当てはまるかと言えば、微妙です。
 著者の宮口さんは中学時代にバスケ部に所属していたそうですが、ほぼ「3軍」に属していて、練習試合にすら参加させて貰えなかったそうです。中三の最後の大会では同級生のチームに勝利が続くことを心から祝えず、負けて引退が決まった瞬間、ホッとしたそうです。中学の部活は、今でも夢に出てくるほどのトラウマ的な体験だそうです。
 宮口さんは「今でもスポーツだけで健全な精神が養われるなどとは感じません。私よりさらにスポーツが苦手な子どもや嫌いな子たちは、もっと辛い体験をしているはずです」「スポーツにおいても、苦手な子や嫌いな子は“頑張っていない”ように見えるでしょうが、頑張っていないのではなく頑張れないのです」と記しています。

掲載:2021年4月23日

「頑張る人を応援します!」は危うい
「頑張る人を応援します!」。世間では、そんなメッセージがしばしば流されますが、世の中には「どうしても頑張れない人たち」が存在します。

 そもそも能力的に「頑張る」ということが理解できない人たち。貧困や虐待などが理由で生活そのものがサバイバルであり、勉強や仕事などに頑張る余裕のない人たち。そうした人たちを「頑張らないから」という理由で切り捨ててしまったらどうなるでしょうか? 社会はますます殺伐としたものになっていくでしょう。

 真実を言えば、「頑張れない人」「怠けているように見える人」「関わると面倒くさい人」こそ、応援や支援をしなければなりません。しかし、それは人の自然な感情に反する面もあり(「頑張る人を応援する」方が自然です)、容易なことではありません。本書では、「頑張れない人たち」の真の姿を認識し、彼らを正しく支援していくための方策を詳述しています。

 本書は、2020年に新書部門のベストセラー第一位になった『ケーキの切れない非行少年たち』の続編とも言うべき内容です。「どうしても頑張れない人たち」の一部は、「ケーキの切れない非行少年たち」が大人になった姿でもあります。両作品を続けてお読みいただければ、さらに理解が深まるかと思います。

掲載:2021年4月23日

性非行少年たちはだいたい大人しい
 本書の第4章では、幼女に性非行をはたらいた14歳の少年のケースを扱っています。性非行は、少年院入院者(男子)全体の6・2%を占めますが、年少少年(14、15歳)に限ると16%と割合が高くなり、窃盗、傷害・暴行に次ぐ三番目に多い非行理由になっています。イジメに遭っていた子も多く、そのストレス発散が幼女へのいたずらという形をとっているケースが多くあります。  通常、少年院では、同じ非行学習メンバー以外には、誰がどんな非行をしたのか分からないようにしています。しかし、性非行をした少年たちは、窃盗系や暴力系の少年たちに比べると概して大人しい少年たちが多いので、生活態度を見ているとだいたい分かってしまうそうです。

掲載:2022年9月22日

犯罪者の世界も二極化している
 本書は、2019年の7月に刊行され、現時点で累計79万部(電子版を除く書籍版のみ)のベストセラーとなっている『ケーキの切れない非行少年たち』の世界を、著者自ら小説化したものです。

 舞台は要鹿乃原(いるかのばら)少年院という架空の少年院。医局からそこに派遣されて5年になる児童精神科医、六麦克彦の目を通して、現実に起きていることを匿名化して紹介しています。第1章では少年院出院後に殺人事件を犯した元少年、第2章では妊娠8か月で女子少年院に入院した15歳の少女、第3章では自宅の放火により隣家の女性を焼死させてしまった14歳の少年、第4章では幼女に対する強制わいせつ事件を起こした14歳の少年、の姿が描き出されていきます。

 著者によると、少年犯罪の世界においてすら二極化が進んでいるそうです。刑法犯の数は減っていますが、再犯率は上がっているからです。恵まれた犯罪者と恵まれない犯罪者がおり、恵まれない犯罪者は年々追い詰められていく傾向にある、とも言えます。本書で描き出されているのはこの「恵まれない犯罪者」たちの姿です。

 テーマの性質上、厳しい話、一筋縄ではいかない話が多いですが、彼らが更生していくためのノウハウやきっかけも、物語の形でたくさん語られています。中でも、第3章に収録された放火事件の被害者遺族のエピソードは感動的で、この話を聞いて加害者少年が変わっていく様子は胸に迫るものがあります。私は何度ゲラを読んでも、この箇所に来ると涙が滲んでくるのを抑えられませんでした。

 ぜひご一読頂ければ幸いです。

掲載:2022年9月22日

シリーズ紹介

児童精神科医である筆者は、多くの非行少年たちと出会う中で、「反省以前の子ども」が沢山いるという事実に気づく。少年院には、認知力が弱く、「ケーキを等分に切る」ことすら出来ない非行少年が大勢いたが、問題の根深さは普通の学校でも同じなのだ。人口の十数%いるとされる「境界知能」の人々に焦点を当て、困っている彼らを学校・社会生活で困らないように導く超実践的なメソッドを公開する。

836円(税込)

「頑張る人を応援します」。世間ではそんなメッセージがよく流されるが、実は「どうしても頑張れない人たち」が一定数存在していることは、あまり知られていない。彼らはサボっているわけではない。頑張り方がわからず、苦しんでいるのだ。大ベストセラー『ケーキの切れない非行少年たち』に続き、困っている人たちを適切な支援につなげるための知識とメソッドを、児童精神科医が説く。

836円(税込)

精神科医の六麦克彦は、医局から派遣された要鹿乃原少年院に勤務して5年になる。彼がそこで目にしたのは、少年院に堕ちてきた加害者ながら、あらゆる意味で恵まれず、本来ならば保護されてしかるべき「被害者」と言わざるを得ない少年たちの姿だった――。累計100万部を超えたベストセラー新書の世界を著者自ら小説化、物語でしか伝えられない不都合な真実を描きだす。

1,056円(税込)

コミカライズ

SNSでシェア