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糸井重里特別インタビュー抄録
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『できることをしよう。―ぼくらが震災後に考えたこと―』書評
ちからコブはつくれなくても
宮下奈都
泣いてもしかたがないことはわかっていた。それがわかっていて、泣いた。二〇一一年三月十一日。涙は勝手にあふれ出た。
私にできることは何もない。震災から何日もただ呆然と過ごした後、頭の中でザ・ブルーハーツの『シャララ』という歌の一節が流れるようになった。
ちからコブもつくれない あなたのちからでは
プロレスラーも倒せない 世界平和 守れない
そう、私はちからコブさえつくれない。世界平和どころか、誰ひとり守れない。瓦礫の下で助けを求める人のもとへ駆けつけることもできない。大切な人を亡くして悲しみにくれる人の肩を抱くのも私ではない。
新聞で、瓦礫の中を走るクール宅急便のトラックの写真を見たのはいつだったろう。それからまもなく、クロネコヤマトが荷物一個につき10円を寄付するという広告を出した。それを見て、我に返った。なんにもできない、なんにもできることなんかない、と思い込もうとしていた自分が張り飛ばされたような感じがした。
これを待っていた、と思った。これ、というのは誰かが被災地復興のための具体的な方法を出してくれたらいくらでも乗ります、ありがとう、ということだ。ただ、その「誰か」が誰なのか、「具体的な方法」とは何なのか、私には見当もつかなかった。
うちに荷物を配達してくれたクロネコヤマトの若い配達員さんに、「ヤマト運輸ってすごい会社ですね」といったら、「広告見てくれたんですか! 私も、あれを見て、ほんとうにいい会社で働けたと思いました」と弾むような声で返してくれた。「私にはなんの取り柄もないけど、ひとつ運べばひとつぶんの寄付金が出るんです。こんなに誇らしいことってないです」とまでいって彼女は胸を張った。やっぱり、みんな待っていたんだと思った。被災地の助けになることを誰かが始めてくれるのを。そしてそれを応援したり、そこに乗っかったりできることを。
『できることをしよう。』には、その「誰か」が動き出すまでの話がいくつも集められている。クロネコヤマトの話もある。被災したヤマトの社員たちが自発的に救援物資の配送を始める。それを会社がサポートする形で救援物資輸送協力隊をつくる。震災からわずか十二日後のことだ。
大学院の先生が始めた「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の話。そして、被災地から立ち上がろうとする個人商店の話や、福島の高校野球の話。災害や支援活動のプロが活躍した話では決してない。未曽有の事態に怯むことなく(あるいは怯みながらも)立ち上がった素晴らしき普通の人たちの話だ。
この本をつくった「ほぼ日」の糸井重里さんは、震災後、「光の射す方向を向こう」と思ったのだそうだ。「前を向いて、希望の方向に進もう」と。「明るい方を向いている人を探すことが、ぼくたちの仕事だ」。
読んでいて、あのとき何もできないと思っていた私は、ほんとうに何もできない人間だったとあらためて思った。それは事実だ。懺悔するつもりはない。ただ、悲しみと痛みと混乱の中で、光の方へ動き出した人たちがいることを忘れてはいけない。その人たちこそが光だ、と思う。
人間はいつでも理不尽に死ねるのだと思い知らされたあの日、津波の映像を見ながら、私は自分の子供たちに語る言葉を持たなかった。涙を流すしかない母親の不甲斐ない姿を、三人の小学生たちはどう感じていただろう。
彼らにこの本を読んでほしいと思った。母には教えることのできなかったことがしっかりと書かれているから。勇気を出そう。何もできない人間だということを認めた上で、それでもできることをしよう。光にはなれなくても光の方を向こう。
でも、そう話す前に、長男が自分から手に取って熱心に読み始めていた。光の射す方へ踏み出すその一歩の力を、感じて、信じて、自ら見つけ出せるよう育ってくれたらと願わずにはいられない。
遅ればせながら私も光を探そうと思う。ちからコブはつくれなくても、生きていこう、子供たちを育てよう、小説を書こう。遠まわりでもきっとそれが私の一歩だ。
(みやした・なつ 作家)
宮下奈都
ミヤシタ・ナツ
1967(昭和42)年福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒。2004(平成16)年、「静かな雨」が文學界新人賞佳作に入選。2007年に発表された長編『スコーレNo.4』が話題となる。瑞々しい感性と綿密な心理描写で、最も注目される新鋭のひとり。著書に『よろこびの歌』『太陽のパスタ、豆のスープ』『田舎の紳士服店のモデルの妻』『メロディ・フェア』『誰かが足りない』などがある。
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