『できることをしよう。―ぼくらが震災後に考えたこと―』書評
    「できること」は、いろいろある
    池上 彰

  •  東日本大震災が発生した後、「自分にいったい何ができるのだろうか」と自問自答した人は多かったのではないでしょうか。
     「自分には何もできない」と考えただけで気分が落ち込んでしまった人も随分いたと聞きました。
     そんな人への“救いの書”が、これです。大震災の後、個人として何ができるのか悩んだ人が、「そうか、この手があったのか」などと考えるきっかけを与えてくれるからです。
     「被災者のために」と、深刻に考えることはありません。書名の通り、それぞれの人が、それぞれの立場で、場所で、「できることをしよう」ということなのです。
     大震災のあまりに大きな被害と被害地域の広がりを考えれば、個人にできることなどないと思ってしまうのは、仕方のないことです。「被災者のためにできることがない」と考えると罪悪感に駆られてしまう。真面目な人ほど陥りがちなパターンです。
     「せめて義援金を」と行動した人もいたことでしょう。それが、空前の義援金の額となりました。
     もちろん、それは素晴らしい行動です。でも、「金だけ出せば、それでいいのか」と自分を責めてしまう。まるで湾岸戦争の後、「日本は海外での紛争解決に金だけ出せば済むと思っているのではないか。自らも人を出して貢献したらどうだ」と責められた当時の状況を思い出してしまいます。
     では、大震災の後、個人としての日本人には何ができるのか。「ふつうの誰かさん」たちの行動を、この書で読んでみましょう。
     まず冒頭のヤマトホールディングス社長へのインタビューに驚かされます。インタビューを読み始めて、慌てて本の表紙の写真を見返しました。津波でがれきの原と化した町を走るクロネコヤマトの「クール宅急便」のトラックです。震災から十三日後、「救援物資輸送協力隊」チームのトラックだったのです。
     こうした組織だった行動ができたのも、震災の直後、ヤマト運輸の社員たちが、各地で自発的に役所に掛け合い、救援物資の配送を始めていたからです。
     「現場判断で会社の車を使い、上司の判断も得ず、勝手にことを運ぶ」
     社員のこうした行動を知った会社は、社員の気持ちをサポートするために、会社を挙げて協力隊の結成に動いたのです。
     「上司の判断も得ず」という点では、震災直後のNHK広報局の職員も同じことをしました。NHKテレビのニュースが勝手にインターネットの動画サイトで配信されていることを知り、この事実をNHKのツイッターを使って、「活用してほしい」と多くの人に呼びかけたのです。
     動画サイトへの勝手な配信は、著作権を考えれば、NHKとしては認めたくないこと。それを、一介の職員が勝手に広めたのですから。それも、「停電でテレビが見られない被災者に情報を届けたい」との一念からでした。このとき、ツイッターで職員はこうつぶやきました。「これは私の独断ですので、あとで責任は取るつもりです」と。
     これを知ったNHKの上司は、だったらNHKとして正式に動画サイトに配信しようと決断。テレビ放送が動画サイトでも見られるという、平時なら考えられない“掟破り”に踏みきるのです。
     大震災直後の政治や官僚組織の混乱ぶりを思い起こすにつれ、現場は強いのだと知ると救いがあります。これが、この本の読後感を気持ちのいいものにしています。
     被災者のために個々の人間がひとりでできることは限られます。それならプロジェクトを組織すればいい。早稲田大学大学院専任講師の西條剛央さんは、そんなプロジェクトを次々に立ち上げます。
     被災地には、パソコンを使ったことのない人たちが大勢います。そこで、西條さんのプロジェクトのスタッフが、被災者に直接電話して必要な物資を聞き出し、それをインターネットにアップする。この仕組みで、「余っている物資」を「足りない場所」に届けるマッチングを実現させます。
     あるいは、支援金で購入したガイガーカウンターを被災地に貸し出したり、一般家庭に余っている家電を全国から集めて被災地に送ったり。
     この本の著者である糸井重里さんと「ほぼ日刊イトイ新聞」のスタッフは、こうした情報も含め、安心情報を次々に発信しました。「ふつうの誰かさん」が実行していること、「ふつうの誰かさん」でもできるアイデアの数々も知らせました。
     地震大国・日本のこと、近い将来、再び大きな災害に見舞われることがあるでしょう。そのときに何ができるか。この書を読んで、そのときに備える。次の災厄を少しでも軽いものにするためには、平時からどんな準備をすればいいのか。そんなことを考えさせてくれる書です。

  • (いけがみ・あきら ジャーナリスト)

  • 池上彰
    イケガミ・アキラ

    1950(昭和25)年長野県松本市生れ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、NHKに記者として入局。東京報道局社会部、その後ドキュメンタリー番組制作にも携わる。1989(平成元)年からニュースキャスターとなり、1994年4月から11年間にわたり「週刊こどもニュース」のお父さん役として大活躍。わかりやすく、丁寧な解説に、子どもだけでなく大人まで幅広く人気を得た。2005年3月に退職し独立。著書に『そうだったのか! 現代史』『伝える力』『記者になりたい!』『池上彰の新聞勉強術』など多数。



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