まえがき


 よく「目ざといタチだね」と言われます。
 人であれモノであれ、ほかの人より気づいたり見つけたりするのが早いのです。外出先や旅先で、思いもよらない友人知人にバッタリ会ったりする偶然が異常に多いのも、結局は、私が無意識のうちにあたりをキョロキョロ見まわしているせいかもしれません。
 くわえて「観察癖」とでも言うのでしょうか、私には、子供のころから、人物であれ事物であれ「じーっと見る癖」がありました。そんな子供でしたから、来客は言うに及ばず、見ず知らずの人でも、その顔や仕草に我を忘れて見入ってしまうので、よく母親から「ホラ、ホラ、そんなにじっと見たら、失礼でしょ? その悪い癖はやめなさい!」と、たしなめられました。しかし「三つ子の魂」はそう簡単に抜けるものではありません。大学に入りたての頃、映画を観に出掛けた新宿で、地下道にたむろしてシンナー遊びをしていた不良少年たちの様子に気をとられ、じーっと観察していて「てめぇ、眼(ガン)をつけたな!」とからまれ、同行していた友人共々ちょっとした暴力沙汰に巻き込まれたことがありました。このときは友人から「あの連中をあんなにしげしげ見てたら、からまれるのはあたり前じゃないか。お前と歩いていて、いざこざの巻き添えになるのは、もうゴメンだよ!」と、きつくなじられました。
 このように「目ざといタチ」と「観察癖」が人物に向けられると、いろいろ面倒を引き起こしますが、人物以外ならそうしたトラブルはまず起こりません。ひとこと付け加えますと、ここで言う人物以外とは、主に建築物や構造物のことで、私の場合、建築家という職業上の興味から、ごく自然にそういうところに眼がいくわけです。人物を観察する時、場所柄、老若男女、国籍、職業を問いませんが、建築の場合も同様で、古今を問わず、洋の東西を問わず、大小を問わず、貴賤を問いません。歴史的な名建築であれ、路傍の粗末な小屋であれ、時には映画や絵画の中の建物であれ、私の眼を惹きつけ、興味をそそるものなら、わけへだてなく好奇の「じっと見」の眼差しを注いでしまうというわけです。
 そして、ある時期からそのように心惹かれて見入った建築や、一目見ただけで忘れられなくなった建物が、自分の胸の裡にしっかり住み着くようになっていました。と、ここまで書いたら、もうお察しいただけることでしょう。
 そう、それが私の「意中の建築」です。
 この本は、私の気持ちをくすぐり、瞼に焼き付いている「意中の建築」を訪ね歩き、その印象や魅力について思いつくままに綴ったものです。もとより研究書のたぐいではないので、精緻な分析や深い考察などはありません。読みようによっては、写真とイラストをちりばめた一種の絵本のようでもあるので、気の向くまま、どの章から読み始めていただいても結構です。
 この本を、心の中にとっておきの宝物を持ち、それを大切にしている人たち、つまり「意中の……」という言葉に共感してくれる読者に捧げたいと思います。