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これはただの夏

燃え殻/著

649円(税込)

発売日:2024/08/28

  • 文庫
  • 電子書籍あり

20万部突破『ボクたちはみんな大人になれなかった』の燃え殻、待望の小説第2弾。

その瞬間、手にしたかったものが、僕の目の前を駆け抜けていったような気がした――。テレビ制作会社に勤める秋吉、知人の結婚式で出会った風俗嬢の優香、育児放棄気味の母親と暮らす十歳の明菜、そして末期癌を患う秋吉の仕事仲間、大関。長い人生の中でのほんの一瞬、四人は絶妙な距離を保ちながら、ひと夏を過ごす。嘘で埋めつくされた日常の中で願いのようにチカリと光る「本当」の物語。

目次
お姫様はお城の中で雨を眺めていた
フライドポテトの食べ方ひとつで、相性なんてすべてわかる
相手のすべてを知って、幸せになった人はいますか?
船底みたいな部屋で人魚と再会した
イントロを聴いただけで、いつかの夏に連れもどされる曲はありますか?
屋上の子どもたち
人が握ってくれたおにぎりを、何年食べてないだろう
どうかあなたが、あなたを愛し過ぎませんように
十一歳の誕生日、あなたは誰と何を食べましたか?
これはただの夏
解説 菊地成孔

書誌情報

読み仮名 コレハタダノナツ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 西村ツチカ/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 yom yomから生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 240ページ
ISBN 978-4-10-100354-2
C-CODE 0193
整理番号 も-45-4
ジャンル 文芸作品
定価 649円
電子書籍 価格 649円
電子書籍 配信開始日 2024/08/28

書評

「もう遅いと思うには、きっとまだ早い」

はっとり(マカロニえんぴつ Vo/Gt)

『ボクたちはみんな大人になれなかった』で鮮烈なデビューを飾った燃え殻さん。小説第二弾となる最新作について、ミュージシャンのはっとりさんに書評を、大橋裕之さんにアナザーストーリー的な漫画を寄稿していただきました。

 燃え殻さんの言葉はやさしい。この場合「優しい」と「易しい」だ。彼はいわゆる本の虫だったわけでなく、むしろ活字が苦手な方だったと何かで話していた。何度も同じ行を読み返してしまったり、途中で音を上げて栞を挟んだきりなんてざらだったと。だからか、と腑に落ちた。胸を打つtwitter投稿の数々が話題となった彼の小説には、140文字のツイートのリズムそのままが絶えず走っている感じがあった。拍子抜けする妙な間奏も難解な展開もない彼の文章は非常にノリやすく、一冊まともに読み切れたことのない同じ側の自分には優しくて、易しかった。もともと落ちこぼれだった先生は教え方が上手い、に近い。できない生徒の気持ちがよく分かる。
 リズムもそうだし、リアルもある。小気味良く“事件”が毎ページで起きてくれるのだけど、小さな嫌な予感が的中して降ってくるのはやはりそれに見合った小さな事件で。それが絶妙にリアルなのだ。人生に、というか生活に大事件はさほど頻繁に起きないし起きてほしくないけど、なんとなく人並みに散々な目には遭っていたい。多くの人間がそういう情けない価値観を小脇に抱えて暮らしている。自ら受け入れたはずのその人並みの不幸の連続に縛られ、あるいは他者に付け込まれてだんだんと身動きが取れなくなっていく主人公の姿がたまらなく愛おしいのだ。だって、自分なんだもん。あの日の、そして今日までのやるせない自分そのもの。そうやって読む人すべてを【自分ごと】にさせてしまうのが燃え殻さんの小説の魅力であると感じる。

『これはただの夏』

 今作を一晩で読んだ。読めてしまった。リズムとリアルに没入していたら明け方だった。

 いつか平沢進氏が「僕の音楽を誰かに無理に勧めるようなことはしないでほしい。人にはそれぞれ出逢うベストなタイミングと手に取る準備があるから」というようなことを口にしていて、以来それを僕は肝に銘じているのだが、この本を読み終えた直後は今すぐ他の誰かにおしえたくなった。「あんたも手遅れになる前に早く」って、急いでおしえたい夏だった。
 知人の結婚披露宴で出会った優香、ある雨の日に出会った小学生の明菜、仕事先の先輩であり長年の悪友である大関、そしてボク。4人の短い夏が本作では描かれる。皆それぞれが問題を抱えながらも引き際や諦めを知って緩やかに平凡を生きているが、じつはボクにも他の3人にも制限時間のある夏だった。彼女たちが暗示しているヘルプに気づきながらもボクはモタつき、どの事情とも深くは交われずにいる。ようやく素直に向き合おうと覚悟したときには、夏は終わっていた。
 この作品からは場面ごとに多様なメッセージが見出せる。胸がひりつくピークも読んだひとによって異なりそうだ(僕の場合は終盤の大関との電話のシーンだった)。いい意味で全体が“散らかって”いて、それが物凄くリアルな夏の湿度を描いている。自分の夏の記憶を辿れば、ノボせたうだる日々の情景がパッチワーク状に繋ぎ合わさって浮かび、そこらじゅうに未だ清算できていない後悔が落ちている。そういえばどの夏にも制限時間があったし、いつも少し間に合わなかった。そうなんだ。夏は迎えるたび、そして越えるごとに何故だか散らかっていく。
 あの夏、素直に会いに行ってただ一緒に泣いてやればよかった。本当はそうしたかったのにできなかった全てのボクは、この小説を読んで【自分ごと】にせずにはいられないだろう。前作『ボクたちはみんな大人になれなかった』は全力で独り占めしたかったのに対し、この小説は、ここに描かれている数日は、今すぐ誰かに伝えたくなる。
「もう遅いと思うには、きっとまだ早い」と。

(はっとり ミュージシャン)

波 2021年8月号より
単行本刊行時掲載

[漫画]ただの夏

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著者プロフィール

燃え殻

モエガラ

1973年生まれ。2017年『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化、またエッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+でドラマ化、『湯布院奇行』が朗読劇化(原作)、『あなたに聴かせたい歌があるんだ』がコミック化とHuluでドラマ化された(原作と脚本)。著書に長篇小説『これはただの夏』、エッセイ集『それでも日々はつづくから』『ブルー ハワイ』ほか。

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