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殺人者

望月諒子/著

825円(税込)

発売日:2022/10/28

  • 文庫

神さまは不公平だ――。承認欲求、毒親、嫉妬など、心の闇を描く傑作長編ミステリー!

大阪で相次いだ猟奇殺人。被害者はいずれも男性で、ホテルで血まみれになり死んでいた。フリーのルポライター木部美智子は、警察に先んじて「謎の女」の存在に気づく。綿密な取材を続け、女の自宅へと迫る美智子。だが、そこでは信じられない光景が待ち受けていた。そして、さらなる殺人が発生し……事件の背景に隠された衝撃の真実とは!? 承認欲求、毒親、嫉妬など、心の闇を描く傑作長編。

目次
プロローグ――池のほとり
第一章 事件
第二章 捜査
第三章 容疑者
第四章 新たな犠牲者
第五章 奪われた腕時計
空虚な心がとらえた人間ドラマ 重里徹也

書誌情報

読み仮名 サツジンシャ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 アフロ/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 480ページ
ISBN 978-4-10-103342-6
C-CODE 0193
整理番号 も-47-2
定価 825円

書評

冷徹にして、哀しく、凜々しき殺人者

宇田川拓也

 2021年10月に文庫化された、望月諒子『蟻の棲み家』が版を重ね、好調なセールスを続けている。フリーライターの木部美智子が登場するシリーズの第五弾だが、ここからいきなり読み始めても問題ない独立した作りとなっていて、貧富の格差と親子の関係という社会的かつ普遍的なテーマ性、終盤で待ち受ける威力抜群の大どんでん返しなど、一読すればその理由に頷くこと請け合い。筆者が勤める書店でも発売以来、新潮文庫の新刊・話題作コーナーから外すことのできない平積み必須銘柄となっている。
 こうしたヒットを受け、ちょうど一年後となる2022年10月、シリーズとしては第二弾にあたる『殺人者』が加筆修正を経て、このたび新潮文庫のラインナップに加わることとなった。
 物語は、夜勤明けの原田光男がバスを下りるところから幕が上がる。十代で少年鑑別所に入るなど過去には悪さもしたが、いまは妻とふたりの娘とともにつましく暮らしている。そんな光男に、「森本」と名乗る女性が声を掛けてくる。小学校の養護教諭だという森本は、娘のことで折り入って話があり、学校まで来て欲しいという。ところが乗り込んだ車が止まったのは学校の裏山。森本は森の奥へと続く細い道を行くように光男を促す。すると……。
 それから約二か月後の8月。木部美智子は「週刊フロンティア」編集長の真鍋から、四日前に大阪市西区のホテルで起きた殺人事件について話を振られる。報道では自動車修理工の横山明が血の付いた金属バットが転がる部屋で撲殺されていた――という程度の説明だったが、実際は全裸で便器のタンクに縛り付けられ、時間を掛けて金属バットで何度も殴られたあげく性器を切り取られている、まるで拷問死のような惨状だった。
 さらに昨日、京都で鍼灸院を営む金岡正勝が、やはり大阪のホテルの部屋の浴槽で、全裸で縛られ性器を切り取られた状態で死体となって発見される。どちらも犯行現場と死体の状況、そして女性連れでホテルに入っている共通点があり、しかも被害者ふたりは年齢だけでなく、出身高校も同じだった。現場から消えた女性による連続殺人事件なのか。真鍋は性器が切り取られている点に着目し、ふたりの男に性的暴行を受けた女性による復讐という絵図を口にするが果たして。美智子は取材を進めるため、被害者たちが卒業した高校のある神戸市へと向かう……。
『蟻の棲み家』同様、いったい何が起こっているのかと読み手を翻弄しながらみるみる引き込んでいく手際が、本作でも存分に発揮されている。プロローグで読者は、美智子より先に十五年前のある出来事についての情報を、掌に黒い小石をそっと載せるように与えられる。その小石を握りしめて、のちの展開を追うことになるのだが、必ずしもアドバンテージを得ることにはならない。物語の輪郭が次第に浮き上がってきているのに、それがズバリ正解の形ではないことが握りしめた小石からわかってしまうもどかしさ。けれど正解の形がどのようなものかも明確にはわからないため、さらなるもどかしさを抱えて猛然とページをめくるしかなくなる。
 そうして夢中になって読み進めていくなかでつぎつぎと突きつけられる、ひとが心の奥底に直隠しているコンプレックスや恥部、欺瞞、偽善、身勝手で欲深く残酷な人間の生々しさもまた、本シリーズならではの見てはいけないものに目を凝らすような読みどころといえる。作中で衝撃的な死を迎える人物の理解しがたい行動について、そうした要素を糸口に美智子がひとつの道筋にたどり着く場面は、まさに圧巻。これほどまでに人間の心理に深く分け入り、腑に落ちる答えを示したミステリは、そうあるものではない。と同時に本作は、人間の内面をむやみに知ろうとすること、自分の理解できる範疇に安易に落とし込もうとすることの危うさについてもしっかりと描いている点を見逃してはならない。
 そしてなんといっても白眉は、全容が見えそうでなかなか見えない物語の中心に立つ、簡潔なタイトルにもなっている“殺人者”の人物像だ。怪物のような得体の知れない犯罪者とは一線を画す、限りなく冷徹にして、どこまでも哀しく、どんな正論にも表情を変えることすらない凜々しさ。静寂と午後の日差しのなか、美智子に向けて最後に発した言葉を噛み締めずにはいられなくなるはずだ。
 売り場の一等地で、『蟻の棲み家』とあわせて並べられるにふさわしい傑作である。今回のリニューアルを機に『殺人者』が多くの読者を獲得し、望月諒子の看板シリーズにますます注目が集まることを願ってやまない。もちろん、木部美智子が活躍する新たな物語の誕生にも、同じくらい強い願いを込めて待っていることも書き留めておくとしよう。

(うだがわ・たくや 書店員)
波 2022年11月号より

著者プロフィール

望月諒子

モチヅキ・リョウコ

愛媛県生れ。2001(平成13)年、『神の手』(電子書籍)でデビュー。2011年『大絵画展』で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。主な著書に『呪い人形』『腐葉土』『蟻の棲み家』『野火の夜』『フェルメールの憂鬱 大絵画展』『哄う北斎』『最後の記憶』『壺の町』『ソマリアの海賊』『田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察』『鱈目講師の恋と呪殺。桜子准教授の考察』などがある。

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