八本目の槍
935円(税込)
発売日:2022/04/26
- 文庫
- 電子書籍あり
直木賞作家が熱い思いをこめて描ききった渾身の傑作! 新しい石田三成像がここにある。
石田三成とは、何者だったのか。加藤清正、片桐且元、福島正則ら盟友「七本槍」だけが知る真の姿とは……。「戦を止める方策」や「泰平の世の武士のあるべき姿」を考え、「女も働く世」を予見し、徳川家に途方もない〈経済戦〉を仕掛けようとした男。誰よりも、新しい世を望み、理と友情を信じ、この国の形を思い続けた熱き武将を、感銘深く描き出す正統派歴史小説。吉川英治文学新人賞受賞。
二本槍 腰抜け助右衛門
三本槍 惚れてこそ甚内
四本槍 助作は夢を見ぬ
五本槍 蟻の中の孫六
六本槍 権平は笑っているか
七本槍 槍を捜す市松
書誌情報
読み仮名 | ハチホンメノヤリ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | 浅野隆広/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 528ページ |
ISBN | 978-4-10-103941-1 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | い-145-1 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 935円 |
電子書籍 価格 | 880円 |
電子書籍 配信開始日 | 2022/04/26 |
書評
“戦国”の新たな主役は、三成だ!
どれだけの速さで進化しているのだ。
今村翔吾の最新刊となる本書を読んで、まず思ったことだ。それほど歴史・時代作家として、格段の進化を遂げているのである。では、何がどう進化しているのか。説明するための前提として、作者の経歴を見てみよう。
今村翔吾は、2017年に刊行した文庫書き下ろし時代小説『火喰鳥』によって、本格的に作家活動を開始。これを「羽州ぼろ鳶組」シリーズに発展させ、大きな人気を獲得する。同じく文庫書き下ろし時代小説の「くらまし屋稼業」シリーズも好評だ。2018年には『童神』で、第十回角川春樹小説賞を受賞(刊行時『童の神』に改題)。権力の理不尽に抗う者たちの軌跡を描いた物語は、作者の主張がむき出しであったが、そこが魅力になっていた。以後、現代を舞台にした青春小説『ひゃっか! 全国高校生花いけバトル』、忍者と子供たちが活躍する時代エンターテインメント『てらこや青義堂 師匠、走る』を刊行。どちらも瑞々しい作品だ。
そこに現れたのが本書である。賤ヶ岳の戦いで活躍した、羽柴秀吉子飼いの七人――いわゆる“賤ヶ岳七本槍”を主人公にした連作短篇集だ。初めての戦国小説であるが、そうとは思えないほど、威風堂々たる内容である。歴史小説用にチューニングした硬質な文章で、織田から豊臣を経て徳川という、激動の時代を生きた七本槍の興趣に富んだ人生が綴られていく。そして各話を通じて、同じく秀吉の子飼いだった石田佐吉(三成)、すなわち八本目の槍の姿が浮かび上がってくる。連作のスタイルを生かした、非常にテクニカルな作品なのである。
もちろん、それぞれの話のレベルも高い。冒頭の「虎之助は何を見る」は、加藤虎之助(清正)が主人公。自分を武将より能吏だと思っている彼は、佐吉と共に豊臣家を支えるつもりでいた。しかし大坂から遠く離れた熊本に領地を与えられる。そこに佐吉の意思があったことを知った虎之助は、裏切られた気持ちになった。やがて朝鮮出兵が始まると、虎之助は武将としての資質も開花させる。そして佐吉の真意を理解することになるのだった。
以下、戦場のトラウマで戦えなくなってしまった糟屋助右衛門(武則)が、関ヶ原の戦いで死に花を咲かせる「腰抜け助右衛門」、運命の女と出会った脇坂甚内(安治)の曲折に富んだ歩みを活写した「惚れてこそ甚内」と、話は進んでいく。史実にフィクションを巧みに織り込み、時には小道具を十全に使いこなしたストーリーは、どれも読みごたえあり。
さらに、少年期の厳しい暮らしから、現実を見つめて生きてきた片桐助作(且元)の、儚き夢を描いた第四話「助作は夢を見ぬ」、加藤孫六(嘉明)の意外な正体に驚く「蟻の中の孫六」で、史実の読み替えが極まる。「虎之助は何を見る」から史実を巧みに弄っていたが、ここまでやるとはビックリ仰天である。積み重ねてきた物語があってこその奇想だが、大胆不敵に歴史を操る、作者の手際が素晴らしいのである。
そして七本槍で唯一、大名になれなかった平野権平(長泰)の意地を輝かせた「権平は笑っているか」を経て、ラストの「槍を捜す市松」に突入。福島市松(正則)の視点で、いままでの物語を統合。徳川家康を相手に、壮大な戦を仕掛けた、石田佐吉が浮かび上がってくるのだ。
では佐吉とは、いかなる人物だったのか。彼の求めるものは天下泰平。いや、それだけなら、他に同じことを考えていた武将は、少なからずいただろう。佐吉の凄いところは、泰平になった国家をどうするかという、グランドデザインが明確にあったことだ。戦いしか能のない武士は減らす。女性の社会進出を実現する。怜悧な天才でありながら、己の信念に従い続けた純情な男の肖像が、鮮やかに表現されるのだ。本格的にデビューしてから、まだ二年なのに、これほど成熟した作品を上梓するとは、ただただ驚嘆するしかない。
本書一冊だけで作者は、本格的な歴史小説の書き手と目されることになるだろう。だが、そこが頂点とは思わない。どこまで作品世界を進化させていくのか、見届けようではないか。今村作品をリアルタイムで読み、その進化を実感するという、贅沢な楽しみを堪能したいのである。
(ほそや・まさみつ 文芸評論家)
波 2019年8月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
今村翔吾
イマムラ・ショウゴ
1984(昭和59)年、京都生れ。2017(平成29)年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。同作で歴史時代作家クラブ賞・文庫書き下ろし新人賞を受賞。2018年「童神」(刊行時『童の神』と改題)で角川春樹小説賞を受賞。2020(令和2)年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞受賞。2021年「羽州ぼろ鳶組」シリーズで吉川英治文庫賞受賞。2022年『塞王の楯』で直木賞受賞。他の著書に「くらまし屋稼業」シリーズ、『ひゃっか! 全国高校生花いけバトル』、『てらこや青義堂師匠、走る』などがある。