もう一杯だけ飲んで帰ろう。
693円(税込)
発売日:2023/11/29
- 文庫
- 電子書籍あり
好きな店で好きな人と好きなものを食べて飲める幸福。夫婦で綴る「外飲み」エッセイ!
居心地最高な西荻窪の焼鳥屋、喧噪を忘れる新宿の蕎麦屋、朝まで開いている中野の鮨屋に、激辛好きも唸る吉祥寺のラオス・タイ料理店。神田で羊を食べ尽くし、永福町でチーズにとろけ、立石ではしご酒を愉しむ。今日もまた、うまい肴と好きな人との時間をアテに、つい頼んでしまうもう一杯。夫婦で綴る、めくるめく“外飲み”エッセイ! 文庫書き下ろし「乗り越えて釜山(プサン)タコ鍋旅」を収録。
第2夜 出汁にひたる西荻窪
第3夜 西荻窪のただしい居酒屋
第4夜 阿佐ヶ谷の日本一トルコ
第5夜 荻窪の顔
第6夜 高円寺の古本酒場
第7夜 落ち合って大阪
第8夜 五反田で愛する魚を
第9夜 阿佐ヶ谷の宇和島
第10夜 もう一リットルの西荻窪
第11夜 香港で蟹静寂
第12夜 ラオス経由吉祥寺
第13夜 西荻窪でジュージュー
第14夜 二度づけ禁止の高田馬場
第15夜 荻窪・カンヅメ・ソウル
第16夜 芝居のあとの下北沢
第17夜 立石で大人の遠足
第18夜 新宿で蕎麦屋呑み
第19夜 気軽にふらり中野鮨
第20夜 吉祥寺の中華街
第21夜 西荻窪の澄んだ鍋
第22夜 走って恵比寿でBBQ
第23夜 阿佐ヶ谷から牡蠣ドラマ
第24夜 ピザの町永福町
第25夜 高田馬場でミャンマースマイル
第26夜 新中野のインド居酒屋
第27夜 西荻窪で広島マジック
第28夜 芝居ファミリーと新宿
第29夜 猫と魚と西荻窪
第30夜 赤羽の一軒家居酒屋
第31夜 神田で羊三昧
第32夜 オールスター三鷹に集合
第33夜 餃子の館
第34夜 青山のしあわせ中華
第35夜 愛を歌おう三鷹の夜
第36夜 インド→阿佐ヶ谷の旅
第37夜 29の会
第38夜 西荻窪でみんなと乾杯
書誌情報
読み仮名 | モウイッパイダケノンデカエロウ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | Getty Images/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | 芸術新潮から生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 304ページ |
ISBN | 978-4-10-105837-5 |
C-CODE | 0195 |
整理番号 | か-38-16 |
ジャンル | クッキング・レシピ |
定価 | 693円 |
電子書籍 価格 | 693円 |
電子書籍 配信開始日 | 2023/11/29 |
書評
また近々飲みましょう。
最初にご一緒したのは、当時の家の近くの焼き鳥屋。先輩バンドマンである丈さんに誘っていただいたときだった。お互いの所属していたバンドで一緒に地方を回ったりしていた頃である。一人で先輩と飲みに行くなんてことも珍しく、行く前はそれなりに緊張していたと思う。
だんだん打ち解けていったというよりも、ほとんど最初の時から、今一緒に飲んでいる時のような手応え、安心があった気がする。角田さんとはそのときが初めましてで、丈さんともおそらくあんなに話したのは初めてだったのだが、それでも変に様子を探り合うでもなく、やたらと後輩あつかいされるでもなく、率直でフラットな向き合い方で、でも暖かく迎えてもらった。
それはとてもうれしい体験だった。そこには絶妙なバランスと、心地よい温度感がある。気取らないけども、粗野にもならず、率直だけども、心をざらつかせるようなことはしない。穏やかな時間を望むけれども、なあなあに物事に向き合うでもない。僕のほっとするポイントにぴたりとはまっていたのだ。
ある頃から一緒に飲む中で、おふたりが飲みにまつわるエッセイを連載しているということは聞いていた。本を開くと、よく知るふたりが、ひたすら色んなところで飲み続けている。中央線で。立石で。トルコで。香港で。美味しそうな料理や、時に異国の景色や、色んな隣人たちの中で。
ふたりそれぞれの目線があって、ワンシーンワンシーンくっきりする。きっとどこにいても相変わらずなんだろうな、と思う。阿佐ヶ谷にて、想い出の鯛めしと再会する丈さんも。ピザのチーズのとろけるさまに、ハイジの世代のファンタジーを見る角田さんも。上座部仏教に思いを巡らせつつ高田馬場でミャンマー料理を食べたり、旅したインドの混沌に思いを馳せながら阿佐ヶ谷で餃子を囲む様子も(料理がとにかく美味しそう)。
読み始めたら、なんだかやっぱり、普段飲んでいるときの空気感と一緒で、いつものごとく自分も一緒に飲んでいるような気分になる。なんとなくとろけた気持ちになり、終わりまでするすると読んでしまった(そんな心地で読んでいると、ほんとうに自分が登場して来たときに、何故だかびくっとする)。一方で、自分がテーブルの向かいで雑に飲んでいる時にもこんなことを思っていたんだな、とか、こんなにも物事をしっかり観察していたのか、と不思議な気分になったりもする。
おふたりがお店だったり人に求めているもの。それはそのまま他者に対する接し方、もてなし方にも重なってくるのだと思う。今回、エッセイの中で再確認したことでもあった。一緒に酔っ払っていても、飲むという行為、その時間をとても大切にしているんだな、と感じる。集まった人まで含めて、みんなほっと一息つけるような。
時に自分のバンドメンバーも混ざりつつ、相変わらず最近も、ちょくちょくご一緒させてもらっている(出不精なのでお誘いいただくことが多い)。バンドの悩ましいことを聞いてもらったりだとか。運気をタロットで占ってもらったりだとか。トト(猫)に脚をガリガリされたりだとか。
角田さんには、気づくと眠気の限界までつき合ってもらっていることも多くて、思い返しては反省する。丈さんも、いつも深い時間までつき合ってくれるのだが、限界を迎えている姿は見たことがないかもしれない(たしかに丈さんは飲んでもなかなか顔に出ない)。僕の身も蓋もない人物評なども面白がって聞いてくれたりするので、調子に乗って喋りすぎることもある。時々、妙なツボで盛り上がったりして、あなたたちはへんなやつよ、と言われる。僕はなんだかわかるなあ、と丈さんが言ってくれたり。
僕らは、お酒を飲むことで日常のリズムを取る。あるいは共有している。ような気がする。
ふたりの飲みの日々が、あの感じが、作品になって残ることがすごくうれしい。題の下の似顔絵、いいですね。また近々飲みましょう。
(ふじわら・ひろし ALベース担当)
波 2017年12月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
角田光代
カクタ・ミツヨ
1967年神奈川県生れ。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、2021年『源氏物語』(全3巻)訳で読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『くまちゃん』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』『タラント』他、エッセイなど多数。
河野丈洋
コウノ・タケヒロ
1978(昭和53)年生れ。2001(平成13)年、GOING UNDER GROUNDのドラマーとしてデビュー。2009年より劇伴音楽の分野で活動を開始、2015年同バンドを脱退。以後TVドラマや舞台、映画、CM音楽などの作曲を行い、2018年、音楽を担当したドラマ『乱反射』が文化庁芸術祭賞優秀賞を受賞。アーティストへの楽曲提供も行っている。