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成瀬は信じた道をいく

宮島未奈/著

693円(税込)

発売日:2026/06/24

  • 文庫
  • 電子書籍あり

2024年本屋大賞受賞作続編! 天下無敵の主人公がますますパワーアップした最高の青春小説!

我が道を突き進む成瀬あかりの人生は、今日も誰かと交差する。お笑いコンビ「ゼゼカラ」ファンの小学生、娘の大学受験を見守る父、バイト先に現れたクレーマー、観光大使になるべくして生まれた女子大生。個性豊かな面々が新たな成瀬あかり史に名を刻むなか、幼馴染の島崎が故郷に帰ると、成瀬が書き置きを残して失踪しており……。最高の主人公が再び登場する2024年本屋大賞受賞作続編!

  • 舞台化
    成瀬は天下を取りにいく(2026年7月公演)
目次

ときめきっ子タイム
成瀬慶彦の憂鬱
やめたいクレーマー
コンビーフはうまい
探さないでください

大津ときめき紀行 びわ湖さんぽ

解説 駒場 孝(ミルクボーイ)

書誌情報

読み仮名 ナルセハシンジタミチヲイク
シリーズ名 新潮文庫
装幀 ざしきわらし/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 288ページ
ISBN 978-4-10-106142-9
C-CODE 0193
整理番号 み-73-2
ジャンル 文芸作品
定価 693円
電子書籍 価格 693円
電子書籍 配信開始日 2026/06/24

書評

今なら成瀬がついてくる!

林雄司

 読み終えるのがもったいない本だった。読みたい、でも読むと終わってしまうという葛藤を感じながら一日で読んでしまった。
 この小説の魅力はなんといっても主人公である成瀬あかりの圧倒的な存在感だろう。
 うまいこと喩えたいのだが、あまりにこれまでに読んだことがない物語なのでいい喩えが見つからない。
 強いて言えば、大津に天まで届く巨大な柱が現れて、周囲の人が戸惑う物語ではないかと思う。ほら、全くうまく喩えられていない。
 マンションのチラシの完成予想図のような光り輝く柱ではなく、もっとゴリゴリに堅そうな鋼の柱だ。
 成瀬あかりは常にかっこいい。最初の作品「ときめきっ子タイム」では「いかにもわたしが成瀬あかりだ」と言って登場する。そんな元寇に対峙した鎌倉時代の武士のような女子高生いるかね。
 でも、成瀬がとる行動は常にストレートなのでそんないざ鎌倉みたいな口調にも違和感はない。
 郷土愛、防犯、人助け……どの行動もストレートでまっとうである。だけど、事前にへんな資料で勉強してしまった宇宙人のようにパワフルでおかしい。
 そしてこの本のもうひとつの魅力は、成瀬あかりを取り巻く人たちの弱さだ。
 成瀬ファンの小学生、父親、主婦……、どれもくよくよしている。鋼のような成瀬とは真逆の柔らかい存在だ。
 特に「ときめきっ子タイム」の北川みらいの心情は、忘れかけていた小学生の頃の不安な気持ちが描かれていて胸がざわざわした。
 仲がいい人を目の前にしたときの仲間はずれになったかのような錯覚、転校して友人がいなくなったのに世界が続く不安、知らない人に電話をかけることへの緊張感。作者の宮島さんはよくこんな感情を覚えていたと思う。ありがとうございます!
 そして父親も弱い。成瀬慶彦というロッテの元エースと広島の元スター選手をくっつけた名前にニヤリとしたが、村上龍が小説『走れ!タカハシ』で描いたような高橋慶彦らしさはまったくない。
 その弱い人たちが町に現れた鋼鉄の柱に恐る恐る触れていく。その堅さや唐突さに驚いたりしつつも、無視するわけにはいかない。前作でテレビに映り込んでいたころは直径の細い棒だったが、どんどん大きな存在になっていよいよ琵琶湖を覆い尽くそうとしている。そんなスピルバーグの映画なかったっけ。そう思って検索したが、なかった。でも本作品は日常に現れた違和感スペクタクルだと思う。
 とても読みやすい小説をむしろ分かりにくく説明しているような気もする。
 だが、成瀬を見習ってためらわずに続ける。
 その鋼と柔らかいものがぶつかったときの笑いがとても愛おしいのだ。一発ギャグのような単独の笑いではなく、関係性の笑いだ。
 誰もふざけていないのにコントになってしまうことがあるだろう。大人だったら法事や会社の会議で経験があるはずだ。イベントを開催したとき、ホワイトボードを貸してくれと担当者に頼んだら、伝言ゲームで間違って伝わってベニヤの板が届けられたりとか。「頼まれた板です!」とハンサムな若者がボロボロの板を笑顔で持ってきたときのストップモーションのような感覚。
 本作に詰まっているのはこういう真空状態だ。「なんだったんだ、あれは?」と長く思い出し笑いができる宝石が詰まっている。
 いちばん変な声が出たのは成瀬がくじの結果をコントロールしているという発言をするシーンだ。ついに人知を超えた能力を発揮し始めた。
 そんなことあるかよと思いつつも成瀬だったらできるかもしれない……と納得してしまう。そう考えている時点で、僕は読者ではなくきっちり物語に参加してしまっている。
 そう、本作品を読むと成瀬だったらできるかもしれない、こう言うだろうと考えていることに気づく。読後に心のなかに成瀬あかりが住み着くのがなんといってもこの作品の最大の特典だと思う。
 スマホゲームのCM風にいえば「いまなら成瀬がついてくる!」なんだけど、この喩えはまた安っぽくてうまくないですね。でも成瀬なら「そういうものか」と言ってくれると思う。

(はやし・ゆうじ デイリーポータルZウェブマスター)

波 2024年2月号より
単行本刊行時掲載

インタビュー/対談/エッセイ

小説に〈正解〉はあるのか

小川哲、宮島未奈

発売30分でチケット完売、時代を席巻する二人の作家の初対談!

今となっては後悔してる

宮島 今日は本屋大賞10位コンビですね!(※『君が手にするはずだった黄金について』は2024年本屋大賞第10位、『成瀬は信じた道をいく』は2025年同賞の第10位となった)

小川 でも『成瀬は信じた道をいく』(以下『成信』)は10位でも、その前に『成瀬は天下を取りにいく』(以下『成天』)で1位を受賞されているので、一緒にするのは申し訳ないです。ただ、本屋大賞の1位は別格ですが、2位から10位は売れ行きとしてはあまり変わらないと思うので、10位って結構おいしいんですよね(笑)。

宮島 最初から危ういことをおっしゃいますね。

小川 宮島さんは、1位と10位という、本屋大賞のいちばんおいしいところを両方受賞しているわけです。

宮島 初めて言われました。

小川 上から目線のようで恐れ多いのですが、『成信』を読んで、宮島さんが小説家としてどんどんでかくなっているのを感じました。もちろんデビュー作の『成天』もすごく面白いんですけど、シリーズものって、だんだん書くのが難しくなってきますよね。こういう形式の短編はもう書いたな、とか、この雰囲気のものはもういいかな、とか、選択肢が狭まってくる。

宮島 どんな人物がいたら主人公の成瀬が最大限に生きるかと考えながら書くのですが、新しいキャラクターを生み出すのが次第に大変になっていきましたね。

小川 これは僕の持論ですが、同じような話を書いてもいいんですよ。書く側はどうしても気になりますが、読者の方はそこまで覚えていません。でも宮島さんは短編ごとに全然違うキャラクターを通して成瀬という人間を描き出すというチャレンジングなことをしている。

宮島 私としては『成天』一冊で完結する想定だったんです。成瀬の幼馴染・島崎が大津を離れて、最もドラマチックな結末にしたつもりでした。でもシリーズ化するとなると、島崎がいないのは痛手です。後悔してます。

小川 漫画編集者に聞いたことがありますが、「(週刊少年)ジャンプ」の連載って、最近は『鬼滅の刃』のように人気絶頂のうちに連載を終えて、単行本も二十数巻くらいで短めに完結するケースも出てきましたが、本来の正統的な終わり方は、展開が尽きて、人気も落ちて、ダイジェストみたいな最終回を迎えるという、「燃え尽き型」だそうです。成瀬シリーズのそんな終わり方も見てみたかった気がしますが、『成信』に続く『成瀬は都を駆け抜ける』(以下『成駆』)で三部作を絶妙なバランスで完結させた形ですよね。

宮島 私は燃え尽きたのですが、シリーズとしては綺麗に見えていたら嬉しいですね。

噓を紡ぎ出す職業

宮島 小川さんの『君が手にするはずだった黄金について』(以下『黄金』)は、小川哲という小説家が主人公ですよね。「ご本人なのかな」とどうしても思うじゃないですか。フィクションとノンフィクションのあわいを漂うようにして読むのがすごく楽しかったです。

小川 連作短編集で、断続的に「小説新潮」に掲載されたものと書き下ろしを収録しているのですが、いちばん最初に書いたのは二編目の「三月十日」なんです。そのときは主人公は「僕」で、名前は書いていませんでした。他の短編で名前を明らかにする必要が生じて、じゃあ「小川哲」にしようと。宮島さんがおっしゃるように、いろんな読み方をしてもらえるかなと。

宮島 本当の話ですか、ってめちゃくちゃ訊かれません?

小川 訊かれますね。厳密に検証していけば作中の小川と僕のあいだには矛盾があるのですが、僕だと思って読んでもらっても、それはそれでいいかなと思います。

宮島 会社で働くのがどうしてもいやで小説家になった、というのは実際の小川さんと共通していますか? 私もそうなので、共感して……。

小川 そうですね。アルバイトとかしていても、職場に嫌な奴がいると耐えがたいじゃないですか。四十年そいつと一緒に働くとか無理ですよね。今日聴きに来てくださった皆さんはきっと嫌な奴に耐えて働いているのに、こんなこと言ってすみません(笑)。

宮島 『黄金』で特に好きなのが、三編目の「小説家の鏡」です。友人の妻が心酔している占い師に、「小川哲」が乗り込んでいく話。「占いなんてインチキじゃん」と切り捨ててしまえばそこで終わってしまうところをそうはせず、対峙して徹底的に対話を繰り広げるところがすごい。

小川 「小川哲」は占いをインチキだと思っているんですが、小説家として「噓」を紡ぎ出す自分と通じるところがあるのではないか、と感じ始めます。自分が忌み嫌っている対象に、実は自分と通じるところがあるのではないかと、執筆当時よく考えていたんですよね。

ハッピーエンドを保証する

宮島 ご自身の創作について書かれた『言語化するための小説思考』を読んで思ったのですが、小川さんは小説に正解があると考えていますか? 私はわりとその傾向があって、執筆していて迷ったときに、展開Aと展開Bだったらどちらが得点が高いかという尺度で決めることが多いんです。

小川 この言葉についてどれくらい説明するか、とかは読む人の属性や認知にもよるので絶対的な正解はないでしょうけど、自分の小説を読んでくれている読者の方だったらこのくらいだろう、とある程度明確に感じることはありますね。宮島さんの言う「正解」はもっと強いものですか?

宮島 たしかに、正解/不正解というよりは、得点の高い/低いかもしれません。私の場合、結局「ベタ」がいちばんだなという実感があります。新しいことをやるよりも、ベタで安心して読んでもらいたい、という。

小川 読者の方が、その作品を読んで安心したいのか、知らない場所に連れて行ってもらいたいのか、どちらの需要が多いかといえば、やっぱり「安心」のほうかもしれませんね。わけのわからないものを読みたいという人もいるでしょうし、自分もそう思うときがあるんですけど。

宮島 小川さんも最近ハッピーエンドを心掛けていると先ほど控え室でおっしゃっていて。

小川 「リンカーン・ライム」シリーズなどで知られるジェフリー・ディーヴァーが『クリスマス・プレゼント』という短編集のまえがきで、「ぼくは厳格な作法を固守している。(中略)結末では、(中略)かならず善が勝利する」と書いていたんです。読者は時間とお金と感情を多大に費やして読んでくれたのに、苦々しいラストを提示するのは申し訳ない、と。ただし長編では、という断り付きではあるのですが。短編ではその縛りを外して好きに書いているそうです。僕としては結構衝撃的で……。ディーヴァーの長編を読んでいて、主人公がどんなピンチに陥っても「でも結局助かるんだろ」とハラハラ感が半減してしまうのではないかと心配になったのですが、あえて保証することの大切さも感じました。

宮島 私も、今後暗い話を書くこともあるかもしれませんが、成瀬シリーズをこれだけ多くの方に読んでいただいている以上、少なくとも今は明るい話を書いていきたいんですよね。

小川 福本伸行さんの麻雀漫画『アカギ』は、もともと『天 天和通りの快男児』に登場する天才雀士・赤木しげるの若き日を描くスピンオフとして発表されたのですが、『天』を凌駕するほどの人気作品になりました。『アカギ』では赤木が自分の血液や片腕を賭けて麻雀するのですが、『天』には50代になった赤木が登場しています。だから青年の赤木が死ぬはずはない。死なないという安心感のなかで、でもこんな絶体絶命のピンチを一体どうやって切り抜けるんだろう、という最大限のハラハラ感を味わわせてくれるんですよね。一人の天才がドーナツの空洞のように中心にいて、その周りを描いてゆく。この構造は成瀬にも通じるところがありますよね。

宮島 そのお話で思い出したのですが、『成駆』で成瀬が入院する場面があって、「成瀬が死んでしまうのかと思った」という読者のお声をいただいたんですよ。そういう読み方もあるんだ!とびっくりしたのですが、完結編となると、そういうことが起きたっておかしくないわけですよね。

こんなふうには生きられない

小川 僕、宮島さんの小説ってかなり特殊だと思ってるんですよ。

宮島 どんなところがですか?

小川 めっちゃ最短距離なんです。場面が展開するときって、その作家の特徴が如実に出ると思うのですが、宮島さんはあれこれ説明せずに、いきなり場面が変わるんです。例えば、登場人物たちが「学食に行こう」と話したら、次のシーンではもう彼らは学食で食事しながら話してる。学食の描写や道すがらの会話はないんです。

宮島 言われてみれば、まったく意識していなかったです。書きながら「もう話が終わっちゃったなあ」っていつも思ってたんですよ。その理由がいまわかりました。

小川 成瀬も最短距離のキャラクターじゃないですか。無駄なことは一切言わないし、目的に一直線でしょう。小説の在り方とキャラクターのそれが完璧に嚙み合っているんですよね。無駄がないという点は宮島さんと成瀬の共通点でもあるのかな。

宮島 自分では、成瀬とは全然似ていないと思っているんですよ。「こんなふうには生きられないな」という視点で出発して書いているので。

小川 逆に、自分と通じるものがあるなというキャラクターはいますか?

宮島 「やめたいクレーマー」(『成信』)に登場するクレーマー主婦・呉間言実はちょっと自分に似ていますね。

小川 クレーム入れるんですか?

宮島 言実と同じく「お客様の声」を書いたことはあります。細かいことが気になってしまうタイプですね。

小川 細かいことが気になるのは小説家の性分ではありますよね。成瀬はまっすぐな人ですけど、実は意外と斜めな部分もありますよね。例えば、ネット上の悪意に対する解像度とかすごく高い。高校生までスマホも持ってなかったのに、「ぼきののか」(『成駆』)の配信がどうやったら盛り上がるかについて、天才的に勘がよかったり(笑)。

宮島未奈

宮島 たしかに。普段YouTubeを見ていないはずなのに。

小川 「まっすぐ」にもいろんな種類があって、僕はむしろ島崎のほうがまっすぐだと感じます。成瀬は、眩しくて憧れの存在であると同時に、自分のなかにもどこか成瀬的な部分を見出しながら読んでいますね。そういう人が実は多いんじゃないかな。

宮島 たしかに、「成瀬に似てるって言われます」という読者さんは結構いますね。

小川 成瀬が素晴らしいのは、クレーマーの呉間や、とんでもない噓をついているののかのことも、決して否定しないんですよね。これはすごく難しいバランスで、よくない言動を否定しないことで、成瀬の見え方もおかしくなる危険がある。ののかのしたことと成瀬の反応が、読者に嫌悪感を抱かせないギリギリのラインを守っていて、それが見事だなと思いましたね。

九百字で必ず展開を作る

小川 宮島さんは、これからこういう作家になっていきたい、こういう作品を書きたい、というような展望はあるんですか?

宮島 いやあ……小説を書くのは大変だなあと日々感じているので、逆にモチベーションを保つにはどうしたらいいか、伺いたいです。

小川 僕の場合は作品ごとに新しい課題を自分に課しています。出来なかったことが出来るようになると小説を書くのがどんどん楽しくなってくるんですよ。書けるものが広がるので。

宮島 それはいいですね。9月に刊行される『オルロージュ』の課題は何だったんですか?

小川 初めての新聞連載だったので、毎回必ず何らかの展開を作ることを目標にしました。新聞連載の一回の分量って九百字くらいなんですよ。その日新聞を読んだ方に「何も起こらなかったな」と思わせたら申し訳ないと思って、毎日物語が動き続ける小説にしようと。若者たちがベンチャーを起業する話にしたのも、事態が目まぐるしく展開し続けるのではないかと思って。

宮島 一足先に読ませていただいたのですが、すごく面白かったです。

小川 宮島さんも9月に新刊『ギャルにひかれて寺マルシェ』を刊行されます。ギャルのお坊さんが寺マルシェを盛り上げていく話で、成瀬とは全然違うキャラクターなんですけど、成瀬シリーズが好きな方は絶対に好きだと思う。

宮島 成瀬シリーズについていろんな読み方に触れてきましたけど、今日はこれまでには言われたことのないような分析の数々で……。小川さんの言語化能力はやっぱりすごいですよね。人前で話すお仕事もたくさんされてるじゃないですか。疲れませんか?

小川哲

小川 事前に原稿を用意しなければいけない単独の講演会とかはお断りしてるんですけど、準備せずにただ行けばいい仕事はお受けすることが多いですね。人前で話す仕事のときに大事なのは、反省しないことです。あとから振り返って「あんなこと言わなきゃよかった」とか思わない。

宮島 なるほど。

小川 小説家なので、喋りが巧くなっても意味がないんですよ。小説を評価していただくからこそ、喋る場にも呼ばれるわけなので。M-1で言えばネタが大事なんです。フリートークはおまけのようなものでしょう。ネタ=小説で勝負すればいいんです。そう思えば喋りで失敗しても気にならないです。

宮島 すごく気が楽になります。

小川 いちばん怖いのは、小説を書くのが嫌になることですね。この先も楽しんで書いていきたい。宮島さんも楽しんで書き続けてほしいです。

宮島 ありがとうございます。頑張って書き続けて、またお話しできたら嬉しいです。

(2026年8月8日 紀伊國屋書店新宿本店にて)

(おがわ・さとし)
(みやじま・みな)

波 2026年10月号より

特集「新潮文庫の100冊」の50年

この街で暮らし、この街を書く

宮島未奈、一木けい

R-18文学賞の最終候補常連、受賞作の主人公は中学生、大人になって暮らした場所を舞台に描く──。共通点の多いお二人ですが……。

恋がぜんぜん進まない!

宮島 去年R-18文学賞の贈呈式の二次会でLINEを交換しましたね。

一木 そのときに「宮島です」「一木です」とやり取りをして、今日に至ります(笑)。このたび文庫化された『成瀬は信じた道をいく』(以下、『成信』)、とても楽しく読みました。一作目の『成瀬は天下を取りにいく』(以下、『成天』)同様、滋賀県大津市が舞台でありつつ、そこから飛び出していく気配もあり、住んでいる街で善きことをしたくなる作品だと思いました。

宮島 嬉しいです。成瀬の大津愛は琵琶湖より大きいので。

一木 私は『成天』の「レッツゴーミシガン」に登場する西浦くんが大好きです。競技かるたの大会で成瀬と出会う広島の高校生。この二人、恋の進み方がゆっくりでかわいいです。

宮島 なかなか関係が進展しないですよね。

一木 私の小説だと、すぐ恋が始まってしまう(笑)。

宮島 私、一木さんの作品を全部読んでいるほど大好きなんですが、読むたびに、恋愛って実はすぐ近くにあるのかもと思わせてくれる小説が沢山あります。それに、一木さんの描く男性はミステリアスだったり、色気があったり、恋愛が似合う人が多いですよね。西浦はその対極にいるタイプかも。

一木 西浦くんや成瀬のお父さんの慶彦さんも、宮島さんの描く男性は鷹揚というか、良い意味で呑気ですよね。

宮島 『成天』を書き始めたとき、登場人物全員が、破天荒な成瀬のことを受け入れる、そういう物語にしようと決めたんです。正直、現実では万人から受け入れられるなんて無理じゃないですか。それでも、この作品は成瀬の全てが肯定される物語にしたかったんです。

一木 そこがすごく素敵ですよね。成瀬の行動は、常人には理解できないところもありますが、周りの人が受け入れているから、読者も自然と受け入れられるんだと思います。『成天』で西浦くんのことが大好きになったので、『成信』も期待して読んだら……。

宮島 出てこないんですよね(笑)。

一木 三部作の完結編の『成瀬は都を駆け抜ける』(以下、『成駆』)でふたたび登場するまで待ち遠しかったです。でも『成信』も濃いキャラクターが沢山登場しています。

宮島 北川みらいとか篠原かれんとか呉間言実とか。

一木 「ときめきっ子タイム」に登場するみらいちゃんは、とにかく可愛かったです。成瀬が幼馴染の島崎と組んだお笑いコンビ・ゼゼカラのファンで、小学校の課題として二人のことを熱心に調べるんですよね。ほのぼのとした話だと思って読んでいたのですが、終盤にドキッとさせられるシーンがあって……。あの場面は最初から決めて書きましたか?

宮島 いえ、書きながら考えました。だいたいの流れというか、プロットのようなものはあるんですが、細かいことは決めずに書き始めます。

一木 じゃあ、成瀬がびわ湖大津観光大使になる「コンビーフはうまい」で、観光大使同期のかれんさんがマニアックな質問をされるシーンも書きながら考えたんですか?

宮島 そうですね。

一木 あの場面、ピンチを乗り切る盛り上がりと、かれんさんが本当の自分を出せたことへの喜びがこみ上げてきて、泣きそうになりました。

宮島 最初、かれんはもっとイタい子として書いていたんです。内容も全然違いました。編集者の意見をもらいながら、あんなことさせてみよう、こんなことさせてみようと改稿をして今の姿になりました。

一木 すごく愛しい子ですよね。あと、成瀬のアルバイト先のスーパーに現れるクレーマーの主婦、呉間言実さんも好きでしたね。夫の祐生さんにも、宮島さんの描く男性の良さが出ていたと思います。

宮島 優しいですよね。

一木 書き置きを残して失踪した成瀬を探すために、みらいちゃんや島崎と一緒に呉間夫妻が、スーパーのイートインスペースで作戦会議をするじゃないですか。あの場面を読みながら、祐生さんの座り方が目に浮かんだんです。

宮島 え、どう座っていたんですか?

一木 絶対に脚を閉じていて、お行儀よくみんなの話を前のめりで聞いていると思いました。

宮島 あ、分かります。祐生さんは電車でもきっと脚を広げないですよね

いつか受賞するはず

一木 R-18文学賞には何回応募しましたか?

宮島 四回ですね。

一木 私もです。

宮島 一木さんが四回目で受賞されたと知ったとき、一木さんですらそんなにトライされたんだから、私は十回以上応募しないといけないだろうな、と思いました。落選したときは落ち込みました?

一木 さすがに最初の一回は落ち込みましたが、その次からは平気でした。

宮島 え、そうなんですか?

一木 いつか受賞するかなと思っていたので……。三回目に最終選考に残った作品が、女の人の体液を飲みたがる男の人の話だったんです。四回目に、中学時代の恋愛を忘れられない女性を描いた「西国疾走少女」で受賞して、友人から「三回目で受賞しなくて、本当に良かったね」と言われました(笑)。

宮島未奈

宮島 受賞作の作風は、大切ですよね。私も成瀬で受賞できて良かったと思っています。

一木 成瀬を書く前までは、性的なことも書いていましたか?

宮島 実は書いていました。今でも濡れ場とか、すごく書きたいんです。

一木 書いてくださいよ!

宮島 いや、今は書けないです……。成瀬は小学生も読んでくれていますから、いきなり男女の話を書いたら、読者さんが驚いちゃうかなと。でも、いつか絶対書きたいと思っています。

一木 えらいなぁ。

宮島 一木さんの小説には、気持ちがずーんと重くなるようなことも描かれていますよね。物語に引っ張られて落ち込むこともありますが、それでも読むのをやめられない。

一木 私は自分自身のヒーリングのために書いているところもあります。過去と向き合って、治療するような。

宮島 小説に書くと、過去の辛さは解消されますか?

一木 解消されますよ。デビュー作の『1ミリの後悔もない、はずがない』では、父親のことをあまり書けませんでした。その後、別の作品を書いているときに、当時の担当者から「一木さんはお父さんのことを書かないと前に進めないと思います」と言われて、全てを書いたのが『全部ゆるせたらいいのに』です。そうしたら、父親への割り切れない思いが、スパッと消えたんですよ。

宮島 ちゃんと治療になったんですね。私はまだ過去の記憶に向き合いたくないので、もう少し時間がかかりそうですが、いつかちゃんと書きたいと思っています。

忘れたくない場所を書く

一木 宮島さんも私も、住んでいる/住んでいた土地を舞台に、小説を書いていますよね。

宮島 暮らしている場所って、よく知っているから書きやすいです。『成駆』は京都を舞台にしていますが、私自身が京都で大学時代を過ごしたので馴染みのある土地でした。

一木 滋賀から京都に舞台を移すとき、街の雰囲気の変化は意識しましたか?

宮島 言われてみると、ホームはあくまで滋賀で、京都は出かける場所という私の感覚は反映されているかもしれません。一木さんの『結論それなの、愛』は夫の海外赴任に同行してタイに住むことになった女性が主人公ですよね。その夫がマレーシア出張に行ったきり、コロナの影響で七カ月も帰ってこられなくなり、心細い思いをしていたところに、テオというタイ人の男性が現れて……。タイの熱気がじかに感じられる大好きな作品ですが、一木さんもかつてタイにお住まいだったんですよね?

一木 タイのバンコクに九年住んでいました。離れることが急に決まったとき、寂しくて、忘れたくないと思って、バンコクを舞台にした小説を書いたんです。花の香りや湿気、男女の愛憎とか、書いて残しておきたくて。成瀬あかりシリーズの爽やかさとは真逆ですね(笑)。

宮島 日本にはいつ戻られましたか?

一木 四年前です。久しぶりに東京で暮らして、次に出る本は東京を舞台にして書きました。

宮島 それは楽しみです。

一木けい

一木 バンコクにいたころは、一時帰国もしていましたが、日本への印象がぶつ切りでした。でも、四年間日本に住んでみると、梅雨にはアジサイが咲いて、秋にはドングリが落ちてと四季の移り変わりを感じられました。それに気づいたとき、東京を舞台に書けるかもと思ったんです。ただ、実際に住んでいる場所を舞台に小説を書くと、自分の話だと思われることがありませんか?

宮島 あります! 成瀬って宮島さんですか? とよく言われます。成瀬は破天荒で大津が大好きな子で、もちろん自分に似ている部分もあるものの、架空の人物として書いています。

一木 私も全て実体験だと思われがちです。

宮島 小説に登場する大津市も、実在の街をモデルにはしていますが、あくまでフィクション。私も大津は好きですが、成瀬の地元愛とは全くの別物です。

一木 もちろん愛はたくさん込めているんですけどね。私、実は琵琶湖に行ったことがないんです。今度必ず伺います!

(いちき・けい 作家)
(みやじま・みな 作家)

波 2026年7月号より

著者プロフィール

宮島未奈

ミヤジマ・ミナ

1983(昭和58)年、静岡県富士市生れ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒。2021(令和3)年「ありがとう西武大津店」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。2023年同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』でデビュー。静岡書店大賞小説部門大賞、坪田譲治文学賞、本屋大賞など多くの賞に輝き話題となる。「成瀬あかりシリーズ」は『成瀬は信じた道をいく』『成瀬は都を駆け抜ける』の三部作で完結した。他の著書に『婚活マエストロ』『それいけ!平安部』がある。

関連書籍

判型違い(単行本)

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