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海と毒薬

遠藤周作/著

539円(税込)

発売日:1960/07/19

  • 文庫
  • 電子書籍あり

アメリカと闘った戦争が、医学も、日本人のこころも汚してしまった。

戦争末期の恐るべき出来事――九州の大学付属病院における米軍捕虜の生体解剖事件を小説化、著者の念頭から絶えて離れることのない問い「日本人とはいかなる人間か」を追究する。解剖に参加した者は単なる異常者だったのか? どんな倫理的真空がこのような残虐行為に駆りたてたのか? 神なき日本人の“罪の意識”の不在の無気味さを描き、今なお背筋を凍らせる問題作。

書誌情報

読み仮名 ウミトドクヤク
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-112302-8
C-CODE 0193
整理番号 え-1-2
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 539円
電子書籍 価格 407円
電子書籍 配信開始日 2013/03/01

書評

ピンク色に毒される前に

菊池日菜子

 新しい家のカーテンはピンク色にした。上京を機に変わりたかった。私はピンク色が嫌いだ。いや、ピンク色を好きな人だと思われることが嫌いだ。私にとってピンク色は、色恋、ハート、女の子、パニエ、高い声と可愛い顔。ピンク色は可愛くて、魅力的で、目を離せなくて、生温くて、熟れすぎた桃に似た哀しさがある。私はずっと、ピンク色に侵されるまいと必死だった。小学校の頃、同級生に「声が高いね」と言われたときは自己嫌悪で眠れなかった。取材で私の放った言葉に“♡”を付け足されていたときは、焦るあまり全世界へ弁明したい衝動に駆られた。
 ピンク色に毒される前に、こんな抵抗やめにして、いっそ私のモノにしたかった。当時はコロナ禍真っ只中。家から出られず生活リズムも逆さまな中、昼夜を問わず、たくさんの本を読んだ。「最悪な本」に出会う度、私は私を好きでいられた。

本谷有希子『ぬるい毒』書影

 ピンク色のカーテンがかかる部屋。まだ多少の居心地悪さを拭えないまま、『ぬるい毒』を開いた。そこには自意識と闘う女の子がいた。彼女はあまりに残酷な彼を前に服従する日々だった。彼の退廃的で摑めない魅力に彼女はそうせざる他なかった。自分を支配する彼を、どうにかして出し抜きたいと闘う彼女はどこか私に似ていた。
 特別でない描写なのに、なぜか頭を離れない一文がある。自尊心をズタズタにされた飲み会の後日、あらゆる地獄を封じ込めて、当たり障りのないメールを打つ。彼女は「全体としての文字のバランスを確認したあと、保存だけした。」私はこの一文に妙な共感を覚えた。自意識が許す人格を着実に形成していく自分と、どこかで本当は分かっている浅い自分。その間で葛藤する彼女が痛いほど分かる。どうにか彼女の背中をさすりたかったが、五年間の闘争の末、私の望む手助けなど遂には必要なかった。「私が必死で生きているところを馬鹿にするのは、もうやめてと叫びたかっただけだった。」「私は生きようとしているだけだ。」そんなことを素直に思えるようになっていた。彼女は、私は、「いまでもたまに、いろんなことを思い出す。」そしてまた、歳を重ねる。
 歳を重ねるにつれ、純愛というものにハテナが浮かぶようになった。当人の思うままの純度は、どこへ行こうと誰かの耳に入る頃には多少の濁りが生じるような気がしてならない。それなら数十年の大恋愛も、回転数の多い不貞も、何が善と言いきれようか。倫理を除けば。

山田詠美『血も涙もある』書影

 そんな理解をしていながらも、『血も涙もある』の書き出しには驚いた。「私の趣味は人の夫を寝盗ることです。」振り切った自己紹介に、どんな綺麗事にも勝る純粋さを見た。尊敬する先生の夫を淡々と我が物にするモモの前では、俗に言う“尊敬”という意味すら懐疑的になる。だがモモには血も涙もある。血も涙も自分の中にだけ流れるものなのだから、何が血で、何が涙かは自分で決めればいいんじゃない? 読み終わった頃には、私もそんなことを口にするのだ。

遠藤周作『海と毒薬』書影

 私の中でしか蠢かない罪悪感は、広い世界では悪とされないのか。私さえ素通りしてしまえば、無になってしまうのだろうか。考えても答えは出ないが、考え続けたいと思えた本がある。遠藤周作さんの『海と毒薬』という小説だ。福岡県出身の私には身近に感じていた“九州大学生体解剖事件”が、解剖に参加した医師の立場から語られている。
 この小説は冷酷だ。救いは見当たらない。ゆっくりと地に足をつけて近づいてくる事実は、澱んだ空気とともに良心を蝕み、“仕方がなかった”と語りかけてくる。それは罪悪感を殺してくれる訳でもなく、安心したい私を放り投げて、事実の前に再び立たせるのだ。読む者の答えを静かに聴き、また問い、また聴く。私の中で生き続ける名状しがたい罪悪感を、私はたしかに憶えている。本の中でだったか、それとも。

 たくさんの本に連れられて、たくさんの世界を見た。私を見つめた。気が付けばピンク色のカーテンがかかる部屋を飛び出て、広がる混沌の世界をどこまでも面白がってやりたくなった。

(きくち・ひなこ 俳優/モデル)

波 2026年4月号より

遠藤周作は到達している

窪塚洋介

 汚くて醜くて狡猾。マーティン・スコセッシ監督作品「沈黙―Silence―」(2017年公開)で俺が演じたキチジローは、原作では弱さの権化のような男だった。でも圧倒的に面白い人間で、俳優なら誰もがやりたい役だと思う。キチジロー役に決まったときは感無量。ドッキリかなって思ったくらい。
 マーティンとの初めての食事会で「キチジローは裏の主役」って言われたんですよ。俺、マーティン・スコセッシの映画で主役なんだ。しかも超重要な。喜びを感じる一方で強烈なプレッシャーに押し潰されそうになった時、救ってくれたのが「キチジローは私です」っていう遠藤先生の言葉だった。自分の中から何を引き出したらキチジローを生きられるか不安な中、この言葉を支えにキチジローを全うできた。
 踏んで生きるか、拒んで死ぬかの世界で、キチジローはめっちゃ軽く踏む。しかも何度もね。最初は躊躇して踏むけど、アイツ、段々踏み慣れてくるんですよ。現場ではStep on Jesus danceなんて冗談が飛び交うくらいだったけど、俺は奴が強くなったと思った。成長といってもいい。踏んでも心は侵されないことに気付いたんですよ。言葉には出来ないけど誰よりも「神は自分の中にいる」と信じて体現しているのがキチジロー。言葉は持っているけど体現できないのがロドリゴ。これがマーティンの言う表と裏の存在だと思う。

 役作りの最中、自分の中に埋まっている汚らしく情けない、蓋をしていた出来事を引きずり出して追体験したんです。20年前マンションの9階(高さ29メートル)から落っこちました。朝スーツケースを玄関に置き、わかめの味噌汁を飲んでいる側で、息子がハイハイをしている。それが最後の記憶で目を覚ましたのは3日後。なんで落ちたのか全く記憶にない。自分の人生の一番の七不思議。当時は苦しみましたよ。仕事で迷惑はかけたし、俳優人生終わったと思ったし。あの時の嫌な自分を引きずり出すと、心の居場所がなくなって落ち着かなくなり、手がソワソワ動くようになった。このとき、キチジローの精神と同調できたと思った。
 俺が転落事故によって仕事で迷惑をかけたことが罪ならば、罪を償うとはどういうことかを突きつけられたのが『海と毒薬』。生体解剖に参加した戸田医師の手記〈他人の眼や社会の罰だけにしか恐れを感ぜず、それが除かれれば恐れも消える自分が不気味〉には痺れた。こんなことを言ってしまっていいんだろうか? 言葉にすることさえ憚られる。善悪を超越した「生きる」を表現した言葉だと思う。もう遠藤周作は「到達している」という感じがする。人間の心の恥部にライトを当てて、オブラートに包まず作品に昇華させて、登場人物の台詞として生々しい響きを持たせることができるほど自分を掘り下げることができていたのかと思うと、遠藤周作には驚愕しかない。

 キリストの生涯を辿った『死海のほとり』も大事な作品だと思う。俺の家は仏教徒、本人は窪塚教徒の多神教だからキリスト教の世界もすんなり入っていける。神という言葉に抵抗があるなら、『深いディープ・リバー』に出てきたように玉ねぎでもいい。一神教でも多神教でも結局は同じ場所に行き着くんじゃないかな。良いものは良い。好きなものは好き。ありがとう、と言い合える。そういう者同士が手を取り、肩を抱き、尊重し合って生きられる時代を遠藤先生は作品で表現していると思う。

 家に遠藤周作日めくりカレンダーがあって、特にお気に入りなのが8日。〈今こそ生活のために生きるのをやめて、人生のために生きよう。〉この言葉がいつも見えるようにしています。
 俺は生活のために役を引き受けることはない。一回もなかったといっても過言ではない。だけど、それに付随する副業は食べていくためにもやっている。生活なのか人生なのか、境界線を曖昧にしてバランスを取るようにしています。バランスって大事。俺と先生はバランス感覚が似ている気がする。
 この日めくりカレンダーで違うと思った言葉はひとつもない。9日〈悪いことはいいこと、いいことは悪いこと、となることがあるんです。〉その通り。No rain, No rainbow。当時は苦しんだけど、今はマンションから落ちて良かったと思えている。自分をめっちゃ強くしてくれたから。
 遠藤先生は強烈に厳しいようでいて、「まだ大丈夫だよ」といつも言ってくれるんだよね。マンションから落ちる前に読んでいたら、俺の人生どうなっていたかな。

(くぼづか・ようすけ 俳優)

波 2024年12月号より

著者プロフィール

遠藤周作

エンドウ・シュウサク

(1923-1996)東京生れ。幼年期を旧満州大連で過ごし、神戸に帰国後、12歳でカトリックの洗礼を受ける。慶応大学仏文科卒。フランス留学を経て、1955(昭和30)年「白い人」で芥川賞を受賞。一貫して日本の精神風土とキリスト教の問題を追究する一方、ユーモア作品、歴史小説も多数ある。主な作品は『海と毒薬』『沈黙』『イエスの生涯』『侍』『スキャンダル』等。1995(平成7)年、文化勲章受章。

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