再び女たちよ!
693円(税込)
発売日:2005/06/26
- 文庫
恋愛から、礼儀作法まで。切なく愉しい人生の諸問題。肩ひじ張らぬ洒落た態度があなたの気を楽にする。一生涯に「恋愛三回説」を信じますか?
恋愛、猫の飼いかた、礼儀作法、言葉というもの……身の回りの諸問題は、考え始めればどこか切なく、密かに愉しい。1970年代初頭、著者は人生の局面で出会うあれこれに、肩ひじ張らぬ洒落た態度で取り組む先達だった――。いまの世の中に溢れているのは、浅ましく計算ずくで夢のない人生論ばかり。損得抜きで気を楽にしてくれる智恵がほしいと考える、あなたのためのエッセイ集。
書誌情報
読み仮名 | フタタビオンナタチヨ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 368ページ |
ISBN | 978-4-10-116734-3 |
C-CODE | 0195 |
整理番号 | い-80-4 |
ジャンル | エッセー・随筆、評論・文学研究、ノンフィクション、ビジネス・経済 |
定価 | 693円 |
コラム 新潮文庫で歩く日本の町
伊丹十三さんの本を何冊か拾い読みをしていて、お父さまの万作さん(映画監督です)が出てくるエッセイに興味を持ちました。例えば「クワセモノ」という一篇。
万作さんが宿屋に泊った時、宿帳の「職業」と書かれた欄に何と書いたか?
「『芸術家』と書き込んだ女優がいたという話をなにかで読んだが、なかなかこういうふうにできるもんじゃない」
友人の作家たちに訊いても、「『小説家』とか宿帳に書いたことのあるひとはいなかったのである」。なぜなら、「『このひとのこと作家なんていったんじゃドストエフスキーにも失礼だし、バルザックにも失礼だよ(略)』/宿帳の職業欄に行き当ったとたんに、心の中が喧喧囂囂という状態になってしまうらしい」(『再び女たちよ!』所収)。
これは全くその通りで、私なんかもそうです。自分で「女優」と書いたことはほとんどなくて、他の言い方を考えていたら、「派遣業はどう?」なんて話になりました。確かにさまざまな現場に派遣される仕事ではあります。
そして伊丹万作さんは、「一瞬考えたあと、伊丹万作の名前の下に『山師』と書き加えたという」。粋でフクザツな答えですよね。
別の本では、万作さんが脚本を書いた「無法松の一生」という映画について触れていました。ご存じのように、人力車引きの松五郎が、ある軍人の未亡人と幼い息子を親身に面倒を見て……という物語。
十三さんによると、「父は私が三歳の頃結核に斃れ、以来、敗戦直後、死ぬまで病床にあった。父の最大の心残りは、息子の私であったろうと、今にして思う」。結核は伝染病ですから、子供を近づけて教育することも自制しないといけません。
「時時、それでもたまりかねて、父が私を呼ぶ。叱責するためである。/『意志が弱い』/『集中力がない』/『気が弱い』/『根気がない』/『グズである』/(略)その父が、思いのすべてを托せる物語に出会った。『無法松の一生』である。(略)(軍人の)息子に、男らしさを、勇気を、意志の強さを、喧嘩の仕方を教えてくれるのが松五郎であった。松五郎こそ、父の私に対する夢でなくしてなんであったろう」
ここまで書かれると映画が観たくなりますよね。早速DVDで観ました。十三さんも触れているように、松五郎を演じる阪東妻三郎さんは「大らかで、かつ精妙」、「演技も高度に完成されてくると、ほとんど技術的研鑽の痕跡すらとどめない」。そして未亡人役の園井恵子さんの気品と美貌!
物語から溢れてくるのは、まさに万作さんの夢、父親のロマンチシズムです。そして、「グズだ、などという決めつけほど子供の心を傷つけるものはないことを身をもって知っている」、だから「男なら泣くな」と言わずに、「悲しければ泣けばいい。しかし、泣いたからといって誰かが同情してくれると思ったら大間違いだぞ」と息子を諭す父親になった十三さんもロマンチックです。親子だなあと思います。
私の父はかつて鬼太鼓座のメンバーでした。鬼太鼓座は「無法松の一生」のイメージを一つのきっかけとして誕生しています。舞台人であった父の言葉のあれこれを私はずっとメモしているのですが、また聞いてみたいことが増えました。九州の父に電話してみます。
(みやざき・かれん 女優)
波 2017年9月号より
著者プロフィール
伊丹十三
イタミ・ジュウゾウ
1933(昭和8)年映画監督伊丹万作の長男として京都に生まれる。映画俳優、デザイナー、エッセイスト、後に映画監督。TV番組、TVCMの名作にも数多く関わり、精神分析がテーマの雑誌「モノンクル」の編集長も務めた。翻訳者としての仕事もあり、料理の腕も一級だった。映画「お葬式」発表以降は映画監督が本業に。数々のヒット作を送り出した後、1997(平成9)年12月没。エッセイスト伊丹十三の魅力を一冊にまとめた『伊丹十三の本』(新潮社)がある。