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女たちよ!

伊丹十三/著

649円(税込)

発売日:2005/03/01

書誌情報

読み仮名 オンナタチヨ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-116732-9
C-CODE 0195
整理番号 い-80-2
ジャンル エッセー・随筆、評論・文学研究、ノンフィクション、ビジネス・経済
定価 649円

真っ当な大人になるにはどうしたらいいの? マッチの点け方から、恋愛術まで――。正しく美しい答えはこの一冊のなかに。

日常の振る舞いにこそ、その人となりは現れる。スパゲッティの召し上がり方、アルコールの嗜み方、サラダの本格的な作り方、クルマの正しい運転法、セーターの着こなし方、強風下でのマッチの点け方、そして「力強く、素早く」の恋愛術まで。体験的エピソードで描かれる実用的な人生論風エッセイ。真っ当な大人になるにはどうしたらいいのか? そんな疑問を持つ「男たち」へ――。

書評

本物を知ること

川津幸子

 二十四歳のとき、山本周五郎の『柳橋物語・むかしも今も』ではじめて時代小説の魅力を知りました。「柳橋物語」の主人公のおせんは、さまざまな苦労や悲しみに打ちのめされますが、人の心の「誠」を知ったことで、ぐんぐん元気を取り戻していきます。その姿に人間の強さを見て、涙が溢れ出て止まらなくなりました。

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 その後、周五郎はもちろん、池波正太郎藤沢周平などの名作を読み耽ったものでしたが、久々に時代小説に夢中になったのが、畠中恵さんの「しゃばけ」シリーズでした。作品に登場する江戸料理を再現した『しゃばけごはん』(新潮文庫)のレシピと料理を担当することになり出会いました。主人公の若だんなの芯の強さ、人を思いやる気持ちのあたたかさは、「柳橋物語」に心を震わせた頃のことを思い出させてくれました。
 そしてこの仕事を通して、湯豆腐やいなり寿司など、江戸の昔から今まで親しまれてきた料理の色褪せないおいしさにも改めて気付かされました。

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 日本にいると見過ごされてしまう和食の良さがあるように、海外の料理にも、やはり本場ならではの良さがあるものです。伊丹十三『女たちよ!』からは、「まずは本物を知ろう」という姿勢を学びました。
 当時の日本で食べられていた「炒め饂飩」のようなスパゲッティに物申し、「アル・デンテ」を紹介した冒頭のエッセイ「スパゲッティのおいしい召し上り方」は有名です。他にもパンバーニャ(ニース風サラダを挟んだサンドイッチ)や無花果と生ハムの組み合わせなど、昭和四十年代にいち早くヨーロッパのおいしいものを紹介していた著者の慧眼は驚くべきものです。
 日本人は、スパゲッティを和風にアレンジしたり、ナポリタンのような独自のメニューに進化させたりということが得意です。しかし私はこの本を読んで、海外の料理も、郷土料理も、まずは現地で長く愛され、食べられてきた「本物」を知りたいと思うようになりました。
 歯に衣着せぬ直球の文章も、ユーモラスで愉快痛快。「お刺身を買ってきた容れ物のままお膳に並べるのは恥ずべきこと」など、料理家としてもドキッとさせられる箴言も満載です。

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 料理家になる以前、料理雑誌の編集者として働いていた頃に読んで強く影響されたのが、水上勉土を喰う日々―わが精進十二ヵ月―』。幼い頃、禅寺の侍者として暮らした経験から精進料理を身につけた著者は、長じて作家になったあとも、自らの手で育てた野菜を材料に、日々料理を作り続けてきました。
 このエッセイに出てくるある表現に私は衝撃を受けました。
「小かぶらは、これもていねいに皮をむき、まるごと昆布だしで炊いておく。味噌をのばす時に、この汁を少しもらって、砂糖、味醂で味つけしている」
 ここで著者は、昆布だしの茹で汁を「使って」でもなく「移して」でもなく、「もらって」という言葉を使っています。イメージが鮮やかに浮かぶだけではなく、この表現には、野菜の皮や切れ端、水の一滴も無駄にしないという精進料理の教えから来た、材料への敬意が表れています。まさに料理を作っている人間の体を通して出てきた言葉だと感銘を受けました。
 その頃、私は料理編集者として、読者に「この料理を作ってみたい」と思わせるリード文をいかにして書くか、ということに苦心していました。自分の手で作ったわけではない料理を、説得力をもって紹介するのは非常に難しいのです。そんなとき著者のこの文章に出会い、「私もこんな風に書いてみたい」と憧れたものでした。こうした経験から、自分で料理を作り、自分の言葉でおいしさを伝えたいと思い始め、料理編集者と料理家の二足の草鞋を履くようになりました。
 本書を読んでいると、料理とは「生きる技術」である、ということをしみじみ実感します。毎日のことですから、ときどきはレトルトやお惣菜に頼ることもあります。しかし著者のように、その時々の材料に向き合い、自分の手で料理することを実践すると、季節感を味わえ、生活を楽しむことにもつながります。手抜きと丁寧の二本立てで、無理なく料理を日常に取り入れていくのが理想だと感じています。

(かわつ・ゆきこ 料理家)
波 2022年2月号より

コラム 映画になった新潮文庫

原幹恵


 九月は「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の舞台に出ていました。秋本・カトリーヌ・麗子役です、とキャラクター名で通じるのが「こち亀」の偉大さ。原作の連載四〇周年記念の舞台だったのですが、初日直前に秋本治先生が連載終了を宣言されてさらに話題となったことはご存じの通りです。
 初日早々、共演の方におこわ(一口サイズに握られている)の差し入れがあって、お裾分けして頂いたのですが、これが美味しかった! 慌てて店名をメモしました。また食べたい、というだけではなくて、知合いの舞台を観に行った時、何を楽屋に差し入れするかはいつも悩むことだからです。たまごサンドにしてみたり、入浴剤にしてみたり……。そして、伊丹十三さんなら何を持って行くだろうか、伊丹さんに差し入れする立場になったら緊張するな、と思いました。ちょうど『女たちよ!』や『再び女たちよ!』を読んでいたから。
 この伊丹さんのエッセイ集は、タイトルから何となく、「女性に向けて、男はこんなことを考えているから気をつけろと説いている本」あるいは「女性のふるまいを男の立場から批評している本」かなと思っていたら、まるで違っていました。
 二冊とも、それこそ「こち亀」連載開始以前に書かれた古い本ですが、本物とニセモノの違いをさまざまに説いています。スパゲッティの食べ方、寿司屋の勘定の払い方、ドレッシングの作り方……この本物とニセモノを見分ける眼が凄い。でもハウツー本では決してなくて、あくまで面白いエピソードが立て続けに出てくるエッセイ集です(ご祝儀の渡し方はあったけど、残念ながら、差し入れについては出てきません)。
 四〇年以上も前にこんな眼を持っていた人だけに、才能豊かだし(文章もイラストも巧いし、装丁までやってる!)、愛妻家だし(『女たちよ!』では「別れた妻/そうして/まだ見ぬ妻たちへ」とあるのに、『再び女たちよ!』では一二歳下の女性と再婚していました)、大人の嗜みを沢山心得ているし、ついでにとってもキザです。
 こんなエッセイ集からエッセンスを抜き出してきたような映画が「タンポポ」(85年)。伊丹さんが監督脚本で、奥さんの宮本信子さんが主演。宮本さんのラーメン屋を山崎努さんや渡辺謙さんたちが立て直す、というのがメインストーリーですが、そこにまるで無関係なエピソードが絡んでいきます(食べる・・・というテーマは一貫しています)。例えば走る男(井川比佐志さん)がいて、家に着くと病床の妻が死にかけている。男が妻に「死ぬな! そうだ、飯をつくれ」と言うと、妻はふらふらと起き上がって炒飯をつくり、男と子供たちが食べるのを幸せそうに眺めて、ついに死ぬ。ヤクザ(役所広司さん)は海辺で海女に獲りたての牡蠣を剥いてもらい、彼女の手から直接すすって、あまりの旨さに放心する。ホームレスはレストランの厨房に忍び込んで、オムライスを鮮やかに作る――。
 詩のように美しいし、音の使い方もユニークだし、蘊蓄もたっぷりだし、そしてキザなところもある映画でした。でも観終って最初の感想は、ものすごく単純に「久しぶりにラーメン食べたい!」。故郷新潟のラーメンが背脂系のせいか、今でもコッテリ系が大好きで……。


(はら・みきえ 女優)
波 2016年10月号より

著者プロフィール

伊丹十三

イタミ・ジュウゾウ

1933(昭和8)年映画監督伊丹万作の長男として京都に生まれる。映画俳優、デザイナー、エッセイスト、後に映画監督。TV番組、TVCMの名作にも数多く関わり、精神分析がテーマの雑誌「モノンクル」の編集長も務めた。翻訳者としての仕事もあり、料理の腕も一級だった。映画「お葬式」発表以降は映画監督が本業に。数々のヒット作を送り出した後、1997(平成9)年12月没。エッセイスト伊丹十三の魅力を一冊にまとめた『伊丹十三の本』(新潮社)がある。

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