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兵士に聞け 最終章

杉山隆男/著

605円(税込)

発売日:2019/07/26

  • 文庫
  • 電子書籍あり

取材開始から24年、平成自衛隊の実像に迫った傑作ルポ「兵士シリーズ」ついに完結!

頻発する中国の領空侵犯にスクランブル発進を繰り返し、常態化する領海侵犯に24時間態勢で哨戒活動を行なう自衛隊。そして国内の災害派遣では最も過酷な現場へと向かう。激しさを増す任務の中で隊員たちは何を思うのか。取材開始から24年、これまでインタビューした自衛隊員は1000人超。自衛隊の実像を追い、最前線の声を聞き続けたノンフィクションの金字塔、「兵士シリーズ」ついに完結。

目次
第一部 オキナワの空
第二〇四飛行隊
ライト・スタッフ
オキナワの特別な一日
夜空のテールライト
任務の特性上
第二部 センカクの海
「秘」
世界の艦船
おにいちゃん
状況ニ入ル
新妻への最初の頼み
第三部 オンタケの頂き
部隊が燃える
山岳聯隊
一歩の重さ
低体温症
エピローグ 神は細部に宿り給う
あとがき
解説 関川夏央

書誌情報

読み仮名 ヘイシニキケサイシュウショウ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 三島正/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 新潮45から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-119016-7
C-CODE 0195
整理番号 す-10-6
ジャンル ノンフィクション
定価 605円
電子書籍 価格 605円
電子書籍 配信開始日 2020/01/31

インタビュー/対談/エッセイ

変わりゆく自衛隊と変わらない自衛隊

三島正

 もう二十五年前になる。
 その日、杉山隆男さんと私は、陸上自衛隊の幹部レンジャー課程を密着取材するために、富士山の裾野にある陸上自衛隊富士学校を訪れていた。
「よりリアルに体験したほうがいいでしょう」
 山地訓練を前に、責任者の二佐は、ヘルメットに戦闘服の上下、それに弾帯や水筒、半長靴まで用意してくれた。
 官品を身につけるのは二人とも初めてだった。杉山さんは姿見に映る自分の姿が「古参の軍曹」みたいと楽しんでいたが、隣の私は新兵にしか見えなかった。鏡の中の凸凹でちぐはぐなコンビに、二人で笑った。
兵士シリーズ」の取材はこうして始まり、以来、私は杉山さんのバディとして、カメラを手に行動を共にする。
 杉山さんは自衛隊を知るために、隊員たちの「現場」に身を置き、千人以上にインタビューをした。
 本書にはこうある。
〈解釈や論に頼ることなく、『兵士に聞け』というタイトルそのままに、隊員ひとりひとりの囁きやつぶやきといった「細部」をひたすら拾い集め、「まわりに漂う匂い」に徹底してこだわっていくことにした〉
 それは私にも自然と伝播していたのだろう。私は隊員の「顔」にレンズを向け、自衛隊を築く「個」の姿を集めた。
     *
 私の手元に隊員の顔を捉えた二枚の写真がある。
 一枚目は、1993年に北海道の演習場で撮影した。
 私たちは普通科連隊の隊員たちとテントで寝食をともにしながら、彼らの訓練を取材していた。戦車がキャタピラを軋ませながら行き交い、「歩兵」は窪地や茂みに身を隠しつつも、ミリミリと前進を繰り返す。四月の風はまだ冷たかったが、隊員たちは熱気に包まれていた。私も彼らに倣って、「敵」が撃つ弾を想像し、従軍カメラマンを演じるかのように身をかがめ、シャッターを切り続けた。
 写真はそんな状況で撮影した、今まさに敵陣に飛び込もうとする隊員の横顔。「兵士」の「リアルっぽさ」が感じられると、「兵士シリーズ」の第一作目、『兵士に聞け』のカバーにも使われた。
 二枚目は、一枚目から十年余りの時を経た九州で撮影した本書のカバー写真である。写っているのは、「自衛隊の海兵隊」の異名をとり、尖閣諸島を含む沖縄の離島防衛も担う部隊の隊員。彼は小銃を構えている。狙いは前方に立つ、人を模した標的の「心臓」。目深にかぶったヘルメットの影に鋭い視線が浮かび上がった瞬間、もう彼は引き金を引いていた。
「同じ横顔なのに、印象がずいぶん違いますよね」
 写真を見て杉山さんは言った。それは、片一方の隊員が銃を構えているからではなく、「訓練のための訓練」の「リアルっぽさ」から「実戦のための訓練」の「リアル」へと変わった自衛隊の匂いを、杉山さんが二人の「顔」から嗅ぎとったからのように思えた。
 ところが、今回、杉山さんが降り立った〈オキナワ〉には、さらなる変化の波が押し寄せていた。毎日スクランブル発進するF15戦闘機に、東シナ海を行く異国の軍艦に絶妙な距離で監視飛行を続けるP-3C哨戒機。隊員たちの日常は最早「実戦」の中にあったが、それでも彼らは「黙々と重ねてきたその積み重ね」をもって動じることなく事に当たっていた。
 そうした自衛隊員の仕事ぶりは、取材中の杉山さんの姿に重なる。丁寧に観察し、無理に見つけようとせずに自然に浮かび上がってくる「?」のピースを淡々と拾い集め、自衛隊という立体パズルを完成させる。作為的ではなく誠実な杉山さんの「リアル」は、だから強度がある。
 本書には、私にも忘れられない言葉がある。
「災害派遣になると、部隊が燃えるんです」
 それは、一枚目に写る隊員の上官が言っていた言葉だ。
 人は誰かの役に立つことで、やりがいを感じ、自分に存在価値を見出す。杉山さんの著書に描かれているのは、そんな私たちと同じ感覚を持った、日本人の姿である。杉山さんの「兵士シリーズ」を読み終えると、私は決まって、日本人を誇らしく感じるのだった。

(みしま・ただし カメラマン)
波 2017年3月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

杉山隆男

スギヤマ・タカオ

1952(昭和27)年、東京生れ。一橋大学社会学部卒業後、読売新聞記者を経て執筆活動に入る。1986年に新聞社の舞台裏を克明に描いた『メディアの興亡』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。1996年『兵士に聞け』で新潮学芸賞を受賞。以後『兵士を見よ』『兵士を追え』と続く「兵士シリーズ」は七作目『兵士に聞け 最終章』で完結。他に小説『汐留川』『言問橋』『私と、妻と、妻の犬』『デルタ 陸自「影」の兵士たち』など著書多数。

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