七夕の雨闇―毒草師―
737円(税込)
発売日:2018/06/28
- 文庫
- 電子書籍あり
七夕は禍々しい祭りだった! 日本人を縛る千三百年の呪を解く、仰天の民俗学ミステリー!
「……り……に、毒を」被害者は奇妙な言葉を遺して死んだ。毒物の正体は不明。親戚にあたる星祭家では独特な七夕祭を執り行っており、異様な事件が連続する。《毒草師》御名形史紋らは、京都に乗り込んだ。和歌に織り込まれた言霊を手掛かりに、笹・砂々・金・星の言葉を読み換え見えてくる禍々しい真相、日本人を縛る千三百年の呪。「七夕」に隠された歴史を明察する傑作民俗学ミステリー。
《彦星》
《笹竹》
《牽牛》
《天の河》
《織女》
《羽衣》
《織姫》
《エピローグ》
解説 中野信子
書誌情報
読み仮名 | タナバタノアマヤミドクソウシ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | サイトウユウスケ/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 448ページ |
ISBN | 978-4-10-120072-9 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | た-117-2 |
ジャンル | ミステリー・サスペンス・ハードボイルド |
定価 | 737円 |
電子書籍 価格 | 737円 |
電子書籍 配信開始日 | 2018/12/21 |
書評
予言の自己成就
日本人であれば誰でも、幼い頃から親しみ、年中行事として生活の中に息づいている七夕。この美しい悲恋の物語が、実は単なる神話や伝説ではなく、陰惨な歴史を覆い隠すために巧妙に練り上げられた陰謀であった……というのが、この作品の大きなテーマです。
毒草師・御名形史紋のキャラクターも相変らず健在、彼の披露する知識には高田崇史さんの薬剤師としての知の蓄積が惜しげもなく使われていて、高田さんの興味の広さと博識ぶりに二度驚かされます。
この「予言の自己成就」。いったいどんな現象なのか。
予言の自己成就(あるいは自己成就的予言)とは、人が自分(他人のこともある)の発言や期待に沿うように、意識的か無意識的かを問わず行動してしまうために、その発言の通りの、あるいは期待された通りの結果が、本当に現実化してしまう現象のことをいいます。あたかも、予言が成就されたかのように見えるので、予言の自己成就、というのです。
たとえば、シンプルな例では、ピグマリオン効果がそれにあたるでしょう。「この子どもは将来すごく成績が伸びますよ」と学者に(実際には根拠のない)お墨付きをもらい、教員がその期待をこめて接すると、本当にその子どもの成績が伸びてしまうという現象のことです。
もっと身近な例では、「いつもきれいにしていますね」と言われただけで、なんとなくその人の前では汚い格好をしてはいけないような気がして、本当に身ぎれいになったりする。言葉を掛けられることで心理的な圧力が生じるので、実際に、人がそう振る舞うようになるのです。
これは、ラベリング効果とも呼ばれ、上手に使えば職場や恋愛関係などにおいて、自分の思うとおりの方向にある程度、物事を誘導できるようになる、面白い心理テクニックの一つでもあります。
つまり予言の自己成就とは、いわゆる「言霊」を科学的な観点から分析した効果のことを指すのです。言葉によって、心理的な圧力を生じさせ、思いどおりの方向に現実を誘導するのです。
この、「言霊」(あるいは「呪」)を使う能力の高い人が、おそらく古来、日本では、長らく祭司を務めてきたのでしょう。この人々は、言葉を巧みに操ることで、大衆を誘導できる力を持つからです。そういえば天皇家では、和歌を詠む集いが節目ごとに開かれますね。このことも、このような観点からすると、随分、興味深いことだと感じられないでしょうか。
さて、この作品では、予言の自己成就現象が巧みに配置され、謎めいた連続毒殺事件というストーリーに深さと厚みが加えられています。七夕を詠んだ古くからの和歌を集め、そこに織り込まれた言霊――呪いを読み解くことで、悲しい歴史を歩まされてきた一族の姿が浮き彫りになっていきます。謎解きもさることながら、歴史と言葉に隠された、より大きなミステリを解く楽しみを、ぜひ皆さんにも味わっていただきたいな、と思います。
ところで、ミステリマニア、といえるほどミステリを読み込んで研究しているわけではないものの、小説ではミステリを好んで読み、自分も書いてみたいという中野に、高田崇史さんがそれと知らず白羽の矢を立ててくださったというのがまずミステリアスといえないでしょうか。
高田さんはいつ、どうやって、私がミステリを好きで、いつか書きたいと思っている、ということを知ったのでしょう? そうやって、明示的でないメッセージを多用した謎を、そこかしこにちりばめて行くのは、とても高度なコミュニケーションの方法です。もしかして、この原稿こそが、予言の自己成就の第一歩……?
小説のなかにそうした謎をちりばめ、そこに仕組まれた言外のメッセージを、いつも誰かに拾ってほしいと願っている――それが、高田崇史さんという人なのかもしれません。
著者プロフィール
高田崇史
タカダ・タカフミ
1958(昭和33)年、東京都生れ。明治薬科大学卒。1998(平成10)年『QED 百人一首の呪』でメフィスト賞を受賞し、作家デビュー。数々の作品にて、独自の歴史、宗教的考察を展開し、ミステリ界の注目を集める。QED及び関連シリーズは、200万部を超えるベストセラーとなっている。近著に、『神の時空 前紀 女神の功罪』『古事記異聞 オロチの郷、奥出雲』『古事記異聞 陽昇る国、伊勢』『鬼門の将軍 平将門』『卑弥呼の葬祭』『源平の怨霊』『江ノ島奇譚』『采女の怨霊』『猿田彦の怨霊』などがある。