それでも、日本人は「戦争」を選んだ
990円(税込)
発売日:2016/06/28
- 文庫
犠牲と反省を重ねてなお、誰もが「戦争やむなし」と考えたのか。画期的近現代史講義!
膨大な犠牲と反省を重ねながら、明治以来、四つの対外戦争を戦った日本。指導者、軍人、官僚、そして一般市民はそ れぞれに国家の未来を思い、なお参戦やむなしの判断を下した。その論理を支えたものは何だったのか。鋭い質疑応答と縦横無尽に繰り出す史料が行き交う中高 生への5日間の集中講義を通して、過去の戦争を現実の緊張感のなかで生き、考える日本近現代史。小林秀雄賞受賞。
9・11テロの意味/歴史は暗記?
人民の、人民による、人民のための
南北戦争の途中で/なにが日本国憲法をつくったか
戦争と社会契約
国民の力を総動員するために/戦争相手国の憲法を変える/日本の憲法原理とはなんだろう
「なぜ二十年しか平和は続かなかったのか」
変人のカー先生/大戦直前に書かれた本/まちがっていたのは連盟のほうだ!/特殊のなかに一般を見る/過去の歴史が現在に影響を与えた例とは
歴史の誤用
なぜベスト・アンド・ブライテストが誤ったのか/無条件降伏方式が選ばれた理由/戦争を止められなくなった理由
日本と中国が競いあう物語/貿易を支える制度とは?/華夷秩序という安全保障
日清戦争まで
中国の変化/山県有朋の警戒/福沢先生の登場/シュタイン先生の登場
民権論者は世界をどう見ていたのか
まずは国の独立が大事/それでは国会の意味とはなにか/「無気無力の奴隷根性!」/藩閥政治と対抗するために/戦費をつくったのは我々だ
日清戦争はなぜ起きたのか
強い外務大臣/中国側の反論は?/日清戦争の国際環境/普選運動が起こる理由
戦争の「効用」/なにが新しい戦争だったのか/「二十億の資財と二十万の生霊」/シュタインの予言が現実に
日英同盟と清の変化
ロシアの対満州政策と中国の変化/開戦への慎重論/ロシア史料からなにがわかったか
戦わなければならなかった理由
日露交渉の争点/韓国問題では戦えない
日露戦争がもたらしたもの
日本とアメリカの共同歩調/戦場における中国の協力/戦争はなにを変えたのか
世界が総力戦に直面して/日本が一貫して追求したもの/日米のウォー・スケア/西太平洋の島々/山東半島の戦略的な意味
なぜ国家改造論が生じるのか
変わらなければ国が亡びる/将来の戦争/危機感の三つの要因
開戦にいたる過程での英米とのやりとり
加藤高明とエドワード・グレイ/イギリスが怖れたこと/アメリカの覚書
パリ講和会議で批判された日本
松岡洋右の手紙/近衛文麿の憤慨/三・一独立運動
参加者の横顔と日本が負った傷
空前の外交戦/若き日のケインズ/霊媒師・ロイド=ジョージ/批判の口実に利用される
謀略で始まった作戦と偶発的な事件と/満州事変と東大生の感覚/戦争ではなく「革命」
満州事変はなぜ起こされたのか
満蒙は我が国の生命線/条約のグレーゾーン/陸軍と外務省と商社/国家関連が大部分
事件を計画した主体
石原莞爾の最終戦論/ずれている意図/独断専行と閣議の追認/蒋介石の選択/リットン調査団と報告書の内容/吉野作造の嘆き
連盟脱退まで
帝国議会での強硬論の裏側/松岡洋右全権の嘆き/すべての連盟国の敵!!
戦争の時代へ
陸軍のスローガンに魅せられた国民/ドイツ敗北の理由から/暗澹たる覚悟/汪兆銘の選択
「歴史は作られた」/天皇の疑念/数値のマジック
戦争拡大の理由
激しかった上海戦/南進の主観的理由/中国の要求/チャーチルのぼやき/七月二日の御前会議決定の舞台裏
なぜ、緒戦の戦勝に賭けようとしたのか
特別会計/奇襲による先制攻撃/真珠湾はなぜ無防備なままだったのか/速戦即決以外に道はあったのか/日本は戦争をやる資格のない国
戦争の諸相
必死の戦い/それでも日本人は必勝を信じていたのか/戦死者の死に場所を教えられない国/満州の記憶/捕虜の扱い/あの戦争をどう見るか
解説 橋本治
書誌情報
読み仮名 | ソレデモニホンジンハセンソウヲエランダ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 512ページ |
ISBN | 978-4-10-120496-3 |
C-CODE | C0195 |
整理番号 | か-77-1 |
ジャンル | 日本史 |
定価 | 990円 |
書評
未来を生きる力を授ける見事な近現代史講義
私は、同世代の知識人で、何人か心の底から尊敬している人がいる。その一人が加藤陽子氏(東京大学大学院教授)だ。加藤氏、福田和也氏と私の2年近くにわたる鼎談をもとに『歴史からの伝言――“いま”をつくった日本近代史の思想と行動』(扶桑社新書、2012年)を上梓したことがある。複数回、鼎談で同席すると、その人の学識だけでなく、人間性、人生観もわかる。加藤氏は、実証性を重視し、史料をていねいに精査する歴史学者であるが、歴史に彼女を向かわせる動因には、人間に対する強い関心がある。加藤氏は、〈私の専門は、現在の金融危機と比較されることも多い一九二九年の大恐慌、そこから始まった世界的な経済危機と戦争の時代、なかでも一九三〇年代の外交と軍事です。〉(5頁)と述べている。この時代の軍人、政治家、外交官などについて、加藤氏は徹底的に史料を読み込んで、各人に内在する論理を精確にとらえている。私などは、個人研究をすると、その人物に無意識のうちに好感を抱くようになってしまうが、加藤氏は、歴史上の人物を突き放して見ることができる。恐らく、加藤氏は、人間の限界を超えて、歴史を突き動かす目には見えないが確実に存在する力をつかまえることに成功したのだと思う。それだから、歴史に登場する人物や出来事を相対化することができるのだ。
同時に、加藤氏は、熱い魂を持っている。正義感が強く、ある人間の集団が、さまざまな理屈を付けて、別の人間の集団を殺す戦争を憎んでいる。熱い魂と冷静な頭脳が見事に結合しているところに本書『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』の魅力がある。加藤氏は、専門書、一般書、啓蒙書を多数出版している(ちなみに、私が最初に読んだ加藤氏の作品は、『戦争の日本近現代史』[講談社現代新書、2002年]で、鈴木宗男事件に連座して、2002年5月14日に逮捕される1週間前に、当時の職場だった外務省外交史料館[東京都港区麻布台]から、潜伏先のウイークリーマンションに帰る途中、六本木交差点のビルの中の書店で購入した。逮捕される直前に私が読んでいた本がこの本だった)。ただし、本書には、他の加藤氏の著作とは異なる特徴がある。それは、栄光学園の中学生、高校生を対象とした講義をもとにした作品であることだ。加藤氏は、生徒に考える材料を与え、双方向性を最大限に生かしながら講義を進めている。生徒たちの「自分の頭で考える力」を養成する見事な講義を行っている。一例をあげると、1938年に中華民国の駐米大使となった胡適の外交戦略だ。
〈これまで中国人は、アメリカやソビエトが日本と中国の紛争、たとえば、満州事変や華北分離工作など、こういったものに干渉してくれることを望んできた。けれどもアメリカもソ連も、自らが日本と敵対するのは損なので、土俵の外で中国が苦しむのを見ているだけだ。ならば、アメリカやソ連を不可避的に日本と中国との紛争に介入させるには、つまり、土俵の内側に引き込むにはどうすべきか――それを胡適は考えたのです。
みなさんが当時の中国人だとしたら、どのように考えますか。
――アメリカとソ連と日本を戦わせるための方法?
そうです。日本を切腹へ向かわせるための方策ですね。日本人の私たちとしては、気の重くなる質問ですが。
――連盟にもっと強く介入させるよう、いろんなかたちで日本のひどさをアピールする。
蒋介石がとった方法を、さらに進めるということですね。正攻法です。でも、連盟はあまり力にはならなかったし、アメリカは加盟国ではなかった。これは少し弱いかな。
――わからないけれど、ドイツと新しい関係ができてきたから、それを利用するとか……。
くわしくは次の章でお話ししますが、ドイツが一時、中国を支えるようになるのは事実です。ですが、もっとアメリカとソ連にダイレクトにつながることですね。
――まずはイギリスを巻き込んで、イギリスを介してアメリカを引き込むとか……。
アメリカがイギリスを重視していたというのは当たっています。でも、イギリスはドイツとの対立が目前に迫っていて、この頃は余裕がなかった。それでは、そろそろ胡適の考えをお話ししますね。かなり過激でして、きっとみなさん驚くと思います。
胡適は「アメリカとソビエトをこの問題に巻き込むには、中国が日本との戦争をまずは正面から引き受けて、二、三年間、負け続けることだ」といいます。〉(380~382頁)
生徒によく考えさせ、意見を言わせた後に、専門家的知見に基づく答えを示すという見事な手法だ。この講義を通じて、生徒たちは、歴史のダイナミズムを知ることができる。この知識は、講義に参加した生徒たちが将来、政治家、外交官、商社員などになって、国際舞台の第一線で活躍するときに必ず役立つ。加藤氏が教育者として卓越した能力を持っていることがこの作品の行間から伝わってくる。
(さとう・まさる 作家・元外務省主任分析官)
波 2016年7月号より
どういう本?
一行に出会う
講義の間だけ戦争を生きてもらいました。(本書11ぺージ)
著者プロフィール
加藤陽子
カトウ・ヨウコ
1960(昭和35)年埼玉県生れ。東京大学大学院博士課程修了。東京大学大学院人文社会系研究科教授。専攻は日本近現代史。著書に『模索する一九三〇年代』『満州事変から日中戦争へ』『昭和史裁判』(半藤一利氏と共著)等がある。2010(平成22)年『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』で小林秀雄賞受賞。