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恋は、和菓子のように甘く抹茶のように苦く。姉妹の傷心と再生を繊細に描く切ない物語。

咲見庵三姉妹の失恋

成田名璃子/著

594円(税込)

本の仕様

発売日:2018/06/01

読み仮名 サキミアンサンシマイノシツレン
装幀 こより/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 yom yomから生まれた本
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-121451-1
C-CODE 0193
整理番号 な-100-1
ジャンル 文芸作品
定価 594円

蔵の町、川越。くず餅が人気の和カフェ・咲見庵を営む美人の長女、花緒。ボーイッシュで夢見がちな次女、六花。そして、二人の姉とは母親の違う十六歳の三女、若葉。そんな高咲三姉妹が暮らす家に、父を亡くした少年、薫が居候することに。姉たちはそれぞれに恋の甘さと苦しみを味わい、同い年の若葉と薫は次第に心を通わせていくが――。めぐる季節の中、姉妹が織りなす優しく切ない恋愛模様。

著者プロフィール

成田名璃子 ナリタ・ナリコ

1975(昭和50)年青森県生れ。東京外国語大学卒。2011(平成23)年『月だけが、私のしていることを見おろしていた。』で電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞し作家デビュー。2015年刊行された『東京すみっこごはん』が人気を博し、シリーズ化される。2016年、『ベンチウォーマーズ』で高校生が選ぶ天竜文学賞、酒飲み書店員大賞受賞。他の作品に『不動産男子のワケあり物件』『ハレのヒ食堂の朝ごはん』『グランドスカイ』などがある。

書評

記憶を花に結び留め

澁川祐子

 昨晩、いつもの帰り道で紫陽花が咲きはじめていた。そういえば去年の今頃は引っ越ししたばかりで、紫陽花の花を眺める余裕なんてなかったなとふと思う。草木は、人間の喜怒哀楽などとはおかまいなしに、季節が巡れば葉を茂らせ、花を咲かせ、散る。その揺るぎない時間の流れのせいだろうか、人は知らぬ間に記憶を花に結び留めるクセがある。
『咲見庵三姉妹の失恋』は、甘味処「咲見庵」を切り盛りする高咲三姉妹の三者三様の恋を、季節の花に託して描いた連作小説だ。著者は、日々にひそむ“記憶の糸”を紡いで物語を編む名手である。その手腕は、著者の人気シリーズ『東京すみっこごはん』で証明済みだ。同シリーズでは、年齢も職業も違う人々が集い、料理し、一つのテーブルを囲んで食べる共同台所が舞台だった。別れた娘を想ってつくるナポリタン、ママに内緒で教わったオムライス、道を絶たれたときに力をくれたおにぎり。手料理の陰にはいつも「誰か」がいて、思い出につながっている。食にまつわる“記憶の糸”が織りなす人間模様をあざやかに描き出した著者が、本作で選んだモチーフが「花」なのだ。
 物語は、幼い頃に母に捨てられた記憶を持ち、最愛の父を亡くした高校一年の薫少年が、紫陽花の咲き誇る高咲家を訪れるところからはじまる。だが、そこに「いっしょに暮らそう」と言ってくれた父の友人の姿はなく、代わりに彼の三人娘が出迎える。
 穏やかな雰囲気の二十八歳の花緒、ズバズバとものを言う大学二年の六花、そして薫と同学年の内気な若葉。ほどなくして若葉だけ母が異なり、どちらの母もすでに他界していることを知る。母と別れて以来、女性に嫌悪感を抱いてきた薫の目を通して三姉妹の姿が語られたのち、三人それぞれの胸のうちが明らかになっていく。
 少女漫画が好きで、リアル世界に王子様はいないと思っていた六花の前に、突然現れた美男子。朝顔の種を植える頃に降って湧いた胸騒ぎは、最後にどんな色の花を咲かせるのか。金木犀が香る季節にはじまった、花緒の秘めた恋。黄金色の花々が一斉に落ちた夕暮れに、彼女がたどり着いた決断とは。そして、真っ赤なポインセチアに彩られたクリスマスに、若葉が手にした「祝福」とは何だったのか――。
 結末は実際に読んでもらうとして、題名から想起されるように、三人とも少なからずある種の喪失を味わうのだが、その喪失感こそが彼女たちを新たな未来へと向かわせる。誰かに強く心惹かれることでしか、こじ開けられなかった記憶の扉。その扉の向こうへ、彼女たちは笑顔とともに歩み出す。この先、彼女たちはその花を見るたびに、きっと切実な思いを抱えた当時の自分を愛おしく思い出すだろう。そんな余韻を残して物語は幕を閉じる。
 この作品は、恋愛小説であると同時に、家族の物語でもある。それも父も母も不在の、ちょっと変わった家族の。それぞれがどこかに胸のつっかえを抱きながらも、ちゃぶ台を囲んでごはんを食べ、お茶を飲み、トランプをする。突然の来訪者だった薫もいつしかその輪に取り込まれる。いつでも帰ることのできる空間。それは『東京すみっこごはん』のテーブルにも似ている。日々の「食べる」を通して形づくられていく食卓という磁場が、本作でも語られているのだ。
 若葉はお皿を洗いながら、こう呟く。
〈これから幾つもの夜を、こうしてお皿を洗いながら乗り越えていくのかもしれない。私だけじゃなくて、お姉ちゃんや、お母さんや、美咲さんも、どうこすっても落ちない気持ちを抱えたまま、そもそも落としたいのかもわからずに、この場所でお皿を洗っていたのかもしれない〉
 やるせない気持ちを持て余す夜も、味噌汁はほのかな湯気を立て、花は芳香を放つ。だから人はその過ぎ去る一瞬、一瞬を何かにつなぎ留めておきたくなるのかもしれない。
 物語は紫陽花の咲く梅雨の時期からはじまって、ポインセチアが町にあふれる年末で終わる。花がモチーフでありながら、花が咲き乱れる春は登場しないのはあえてだろうか。三人がやがて迎える春はきっと色あざやかでにぎやかに違いない。そう思いたくなる読後感だった。

(しぶかわ・ゆうこ ライター)
波 2018年6月号より

目次

紫陽花の章 花言葉◆辛抱強い愛情
朝顔の章 花言葉◆はかない恋
金木犀の章 花言葉◆潔い人
ポインセチアの章 花言葉◆祝福
解説 吉田伸子

インタビュー/対談/エッセイ

小説は炎上しない

成田名璃子燃え殻

ボクたちはみんな大人になれなかった』で大反響を呼んだ燃え殻さん。三姉妹の甘くて苦い恋を描く『咲見庵三姉妹の失恋』を刊行した成田名璃子さん。二つの“失恋小説”の著者が初対面で語る、東京、恋愛、そして小説。

カッコつけることを恐れない

燃え殻 『咲見庵三姉妹の失恋』、面白かったです。川越のお祭りのシーンとか、音や匂いがするようで。三姉妹、居候の薫と、いろんな視点で描かれているので、物語世界が俯瞰で見えてきて、奥行きが感じられました。
成田名璃子(以下、成田) わあ、ありがとうございます。
燃え殻 ぼくの小説は真逆で、ずっと一人の視点で進むので、糸井重里さんに「ギター1本で演奏するブルースみたい」っていってもらったんですけど、成田さんの小説は反対に、何十種類もの楽器で演奏するオーケストラみたいですよね。
成田 うれしいです。燃え殻さんの作品は都会的で素敵でした。私も同世代なので「あ、あの頃の東京だ」って。私は上京して背伸びして、渋谷のユーロスペースでバイトしてたんですけど、結局東京に馴染めず「負けた」という思いがあったので、うらやましかった。
燃え殻 ユーロスペースなんて東京カルチャーのド真ん中じゃないですか! ぼくも「寺山修司特集」とか通ってました。一緒の女の子に「よく来てるんだ」って顔して、チラシ漁ったりして(笑)。
成田 ぜったい私がチケット切ってたと思います(笑)。そこで一生懸命イラン映画とかロシア映画とか観てたんだけど、ぜんぜん面白いと思えなかったんです。私、本当はジャッキー・チェンの映画が一番好きなんですよ(笑)。
燃え殻 ユーロスペースのバイトがそんなこと言っちゃだめです!(笑)
成田 私、自分の小説でもジャッキー的な要素を絶対忘れちゃいけないと思ってるんです。
燃え殻 ジャッキー的要素?
成田 自転車で走ってきた敵が、車のドアを開けたタイミングでぶつかってコケる、で、振り返るジャッキー、みたいな。あの鮮やかさです。ベタというか。
燃え殻 『咲見庵三姉妹の失恋』がジャッキーかどうかはわからないけど(笑)、美人でしっかり者の長女・花緒が、実は不倫をして失恋してって展開は、ある意味ベタですよね。でもベタって高度な技術で、ぼくみたいな読書量の少ない大多数の人にも、直に心に響くと思うんですよ。
成田 そういう風に読んでもらえたならうれしいです。
燃え殻 「ベタ」とか「カッコつける」こととか、批判されることもあるけど、ぼくは一周回っていいなと思ってて。昔、辻仁成さんのラジオ番組が大好きだったんです。「みんな、窓を開けて。今日はハレーすい星が見えるよ」とかキザなことを連発するの(笑)。
成田 聴きたかった(笑)。
燃え殻 でも今だったらSNSで絶対叩かれます。ぼくはネットから出てきてるから、Twitterやcakesで書き始めた時、ネットの人たちから冷水を浴びせられたんですよ。「何カッコつけてんだよお前!」「だせえよ!」とか。
成田 それはつらい……。
燃え殻 誰でも「カッコつけたい欲」って持ってるじゃないですか。でもカッコ良くないやつがカッコつけることを許さない人もいて。
成田 ネットはいろんな人がいますよね。
燃え殻 なら、あたりさわりのないことだけ書けばいいのか、と悩んだりもしましたが、結局書きたいことに戻りました。成田さんの作品を読んで、小説って自由だな、とあらためて思いました。人間の弱さとかずるさとか、生々しい感情とかを書いても、絶対炎上しないし(笑)。

「失恋」をめぐる解釈

成田 SNSで書かれてたからかどうかはわからないんですが、燃え殻さんの文章って、ものすごくそぎ落とされて整えられてる感じがしますよね。
燃え殻 そうですね、本にするときも編集者と「この表現で絵が浮かんでくるかな」とか相談しながらかなり直しました。
成田 それで思いが行間に託されているような作品になったんですね。私、燃え殻さんの彼女が本当は何を思ってたのか、ずっとそればかり考えて読んでました。
燃え殻 ぼく自身、あの頃の彼女がどんなことを考えてたのか、正直いまでもちゃんとわかっていないんですよ。
成田 彼女が燃え殻さんに「キミは大丈夫だよ、おもしろいもん」って言ってくれるじゃないですか。あのセリフには、「キミはおもしろいけど、私は違う」っていう切ない気持ちが込められてたと思うんです。彼女のほうが燃え殻さんにすでにフラれているような気持ちでいたんじゃないかって。
燃え殻 なるほど。ぼく、初対面の読者の女の人に「彼女はきっとこうだったのよ」って教えてもらうことが多いんですよ。自分が書いた本の感想で女性のことを学んでるという不思議なスパイラルで。もっと早く知っていれば(笑)。
成田 最後まで「わからない」という立場で書いていたから、読者もいろんな解釈を膨ませるんでしょうね。
燃え殻 解釈といえば、『咲見庵三姉妹の失恋』のなかで、長女の不倫相手が、奥さんには「星がきれいだよ」とメールしてて、同時に長女には「疲れたよ」と送ってるって知る場面。「おれ、これめっちゃわかる」って思ったんですよ。
成田 え、恋人としてはショックだと思うんですが……。
燃え殻 これは、奥さんと恋人のどちらを大切にしているか、ってことじゃなくて、「この人にはロマンチックなことを言いたい」「この人には本音を伝えたい」と使い分けてるだけなんです。
成田 なるほど、男の人の解釈だなあ。
燃え殻 両方の相手とうまくやっているおれ、ってところでプライドを満たしてる部分もあると思う。身に覚えがあるおれもダメな人間なんですけど(笑)。
成田 この場面にだけ実体験が反映されてるかも。私、元カレに二股をかけられていたことをメールで知ってしまい……。
燃え殻 そうだったんですか。
成田 彼のお父さんも紹介してもらったんですけど、「似てないなあ」と思ってたら、その人が実はレンタル家族の業者さんで! その発注メールを見て二股が発覚したんですよね。これ、そのまま小説にすると嘘っぽいですよね(笑)。
燃え殻 手が込んだ二股だなあ(笑)。でも、小説より小説らしい現実ってありますよね。『ボクたちはみんな大人になれなかった』の彼女との別れも、実際にはいきなり「あんたとは今日が最終回だから」って言われたんです。「渋谷の西武の角を曲がったら、もう一生会わないから」って。
成田 ええ!? カッコよすぎる。
燃え殻 先に行けって言われて歩き始めたけど、いやで進めなくなっちゃったんです。そしたら、後ろから泣き声が聞こえてきて。振り向いたら彼女が体育座りでわんわん泣いてた。
成田 切ない……。魂が呼び合った二人の別れ、という感じがします。
燃え殻 あれも、彼女の「カッコつけたい欲」だったのかな。「カッコ悪い私とあんただったけど、この別れ方はカッコよかったよね」って。

ボクたちは書くことで大人になれた

成田 小説のタイトルと違って、作品を読んでも実際にお会いしても、燃え殻さんって「大人」だなあ、という印象です。
燃え殻 そんなことないですよ(笑)。
成田 今日だって初対面なのに、いろいろ話して下さって。
燃え殻 もともとぼくは人見知りで、大根仁さんとのトークショーのとき、あまりに緊張しすぎて具合が悪くなったほどですよ。事前の新聞記者の取材で、死にそうになりながら「好きな人が……サイババが……」とか答えてて(笑)。本を出して環境がめまぐるしく変わっていくなかで、大丈夫になってきました。
成田 私も、書くことでようやく人間に近づいた気がします。もともと広告業界にいたんですけど、リーマンショックで暇になって、小説教室に通い始めたんです。書き始めてようやく、それまで虚無だった自分に、文字が流れ込んで満たされる感じがして。
燃え殻 虚無って……おれより絶望してましたね(笑)。でも、広告業界とかぼくが働いているテレビ業界って忙しすぎて、未来のこととか過去のこととかを考えるヒマがないんですよね。自分が空っぽに思えるって気持ちはよくわかる。
成田 書くことがリハビリみたいになってたのかも(笑)。燃え殻さんもTwitterに書き始めた時、同じ状態だったんじゃないかな、と思ってました。
燃え殻 自分のことや世の中のことが、書くことでなんとなく少しずつわかってきたような感じはありましたね。いまだにわからないことだらけだけど。
成田 彼女のこととか、「わからない」ものに向き合い続けて、曖昧なものを曖昧なままにしておけるって、人間の容量が大きい大人だからできることですよ。
燃え殻 わからないものが好きなんですよね。ぼく、物事に「答え」があるっていうのは嘘だと思っていて。人間はつねに進化の途中にいるし、感情だって日によって変わっていくし。
成田 まさに諸行無常ですよね。細胞が毎日入れ替わってるぐらいですからね。
燃え殻 ブレないのが正しい、って考え方は楽しくないですよね。ぼくなんて、昔のツイートを掘り起こされて「前と言ってることが違う」とか言われたりするけど、違うのが当たり前だよ(笑)。自分の夢だったり、好きなものだったり、考え方だったりが変わっていくからこそ、人って飽きずに生きていけるんじゃないかって思うんですよね。
成田 その通りだと思います。
燃え殻 成田さんの作品もそうで、登場人物もみんなそれぞれ揺れ動きまくってるじゃないですか。だからこそ面白いし、読者が場面場面の登場人物の気持ちに寄り添えるんじゃないかな。
成田 作者のほうも登場人物に振り回されながら書いてるんですが、書くことを飽きずに続けられるのはそれが楽しいからなのかもしれませんね。

(なりた・なりこ) 1975年青森県生れ。2011年作家デビュー。’15年刊行された『東京すみっこごはん』がヒット。他の著作に『グランドスカイ』など。

(もえがら) 1973年生れ。Twitterでの抒情的なつぶやきが人気となり、ウェブで連載した小説デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』が話題を呼ぶ。

波 2018年6月号より

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