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千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン―

野村進/著

572円(税込)

発売日:2018/07/28

  • 文庫
  • 電子書籍あり

潰れない会社には哲学がある。全国の老舗製造業を訪ね、持続の秘密と企業哲学を探る傑作。

携帯電話に詰め込まれた老舗の技術を知っていますか? 折り曲げ部分には創業三百年の京都の金属箔粉屋の、マナーモードは日本橋の元両替商の、心臓部の人工水晶は明治創業の企業の技術が関わっています。時代の波をのりこえ、老舗はなぜ生き残れたのか。本分を守りつつ挑戦する精神、社会貢献の意志、「丹精」という価値観。潰れない会社のシンプルで奥深い哲学を探る、企業人必読の一冊!

目次
プロローグ 手のひらのケータイから
第一章 老舗企業大国ニッポン
老舗は日本に集中している/アジアの老舗企業事情/植民地主義下では老舗が育たない/華人の企業は続かない/「職人のアジア」と「商人のアジア」がある/日本人は職人を尊ぶ/「削る文化」と「重ねる文化」
第二章 ケータイに生きる老舗企業の知恵
金地金のふたつの顔/かくも貴重な鉱物資源/金属の極細線がモーターを動かす/ケータイの開閉に箔の技術/コア・ミッションから離れてはいけない/金属を擬人化して扱う/強迫的な先鋭化
第三章 敗者復活
銅山で生まれたリサイクル/ケータイのゴミの山から金をとりだす/黒鉱との戦いが生み出した製錬法/汚染土壌を浄化する/山奥につくられた最終処分場/日本一の廃棄物処理会社/貧者の知恵が生きる
第四章 日本型バイオテクノロジーの発明
売り手よし、買い手よし、/アトピー性皮膚炎の救世主/醸造業界低迷から脱出する/「不義にして富まず」の思想が活きる/薬事法を変えたライスパワーエキス/人間中心主義からの脱却/技術屋と原料屋の出会い/天然ロウの輸入が貧困地帯を救う/私欲起こせば家を破壊する/「殺す発想」から「生かす発想」へ/生きとし生けるものへの敬意
第五章 “和風”の長い旅
一軒のみかん農家が生み出した蚊取り線香/墨作りの技術は七世紀から変わらない/新しもん好きが生み出した筆ぺん/意外なところに応用された液体墨の技術/墨は不思議なメディア/老舗の土台を築くのは三代目あたりの養子/余所者だからできることがある/職人との一生涯契約/金箔の技術が日常品の至る所に/伝統は、革新の連続/支払いをきちんとすれば安くなる/バックミラー業界最大手に成長/伝統性と時代性の調和/文化の大きな循環の中で生きる
第六章 町工場 ミクロの闘い
ショベルとイチローの意外な関係/自分の体の中に聞こえてくる/鋳物は、ものづくりの原点/職人がコンピューターに駆逐される!?/どこまで中国に技術移転すべきか/ケータイの心臓部を担う人工水晶/より小さく、より安定したものを/弁柄製造が起こした公害問題/公害からサヨナラ逆転満塁ホームラン/日本人の技術は「詰める」所にある/デジタル化の中で活きる“丹精”
第七章 地域の“顔”になった老舗企業
昆虫界のターミネーターの秘密/独創的なものづくりの原点/十年単位の研究活動/同族経営・非上場の強み/トレハロースは宝の山だった/チャップリンのステッキ/女性がダメというものは絶対に売れない/双系社会が老舗を育てる/老舗製造業五つの共通項
エピローグ 世界最古の会社は死なず
「老舗」に対する大阪人の心意気/日本最古の企業、廃業の危機/寺社建築の工法には進歩はない/他の建築会社にない困難は「時間」だった/老舗の看板が信用の代名詞だったのは過去の神話/「金剛組を潰すことは大阪の恥」/役に立たない老舗は潰れる
あとがき
巻末対談 中沢孝夫×野村進
老舗企業関連年表
文庫版あとがき

書誌情報

読み仮名 センネンハタライテキマシタシニセキギョウタイコクニッポン
シリーズ名 新潮文庫
装幀 新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 272ページ
ISBN 978-4-10-121516-7
C-CODE 0195
整理番号 の-17-1
ジャンル 実践経営・リーダーシップ
定価 572円
電子書籍 価格 572円
電子書籍 配信開始日 2019/01/25

書評

会社が生き残るのには理由がある

楡周平

 最近、とんと耳にすることはなくなったが、「企業は人なり」という言葉がある。組織が人によって構成される限り、有能な人材なくして成長も望めなければ、生き残ることも叶わないことは誰もが知っている。しかし、優秀な人材を集めても、“生かす”のは容易なことではない。組織が大きくなればなるほど、“適材適所”が難しくなるからだ。
 組織において仕事は与えられるものであって、選ぶことはできない。業務も分業化され、その中で評価された人間が昇進を重ね、最終的に生き残った者たちが経営の舵取りを担うことになる。しかも、上場企業ともなれば、常に株主の厳しい監視の目に晒され、彼らが満足する業績を出し続けなければクビである。結果、「明日の飯より今日の飯」。近視眼的な「数字をつくる」経営に陥り、時代の変化に対応できず、かつて世界に名を馳せた企業がいまや見る影もない、あるいは消滅してしまった例は枚挙にいとまがない。
 その点、本書の中で紹介された老舗企業が同族経営であったり、オーナー企業が大半なのは実に興味深い。
 巷間、同族経営と聞くと、いい印象を抱かれないものだが、それも経営者次第。「経営は人なり」であり、経営者もまた「適材適所」、その任に就く人間が、経営者としての資質に恵まれた人材であるかどうかが命運を分けることが、本書を一読するとよく分かる。
 たとえばこんな一文だ。要約して紹介しよう。
――大阪の船場の問屋街では、娘が生まれると赤飯を炊く風習があった。息子は選べないが、婿は選べる。アホの息子に経営を委ねて店を潰すくらいなら、赤の他人に任せたほうがよっぽどいいからだ――
 世間で同族経営がいい印象を抱かれないのは、その「アホ」が後を継ぎ、潰れた会社がいかに多いかの証左であり、百年以上も生き残っているのには、《いざとなったら離縁させたってかまへんという冷徹な計算》、《「血」に固執しなかった柔軟性と、他者を受け入れる許容力が、日本をこれだけ老舗の多い国にした一因》と著者は述べるが、全くその通りだと思う。
 後継者を戒める家訓もまた、頷けるものばかりだ。
 家訓といえば「浮利を追い軽進すべからず」「信用・確実」「公利公益」を定めた住友家法が有名だが、本書に記されている浅香工業の家訓「良品声なくして人を呼ぶ」をここに加えると、そこに商い成功の大原則を見る思いがする。
 商いは売り手と買い手がいてはじめて成立する。そして、対価に見合う価値を判断するのは買い手である。浮利を追わず、信用を失わず、世のため人のためになる製品であり、サービスを提供すれば、買い手は黙っていても現れる。つまり、ウィン・ウィンの関係を築き、継続し続ける以外にないのである。
「安定は情熱を殺し、緊張、苦悩こそが情熱を生む」とはフランスの哲学者・アランの言葉だが、技術の進歩、市場環境の変化に加速度がつく一方の社会において、安定を求めることは、淘汰されることを意味する。本書に登場する老舗が、いまに至るまで続いてきたのは、後継者たちが、家業をいかにして継続するか、緊張と苦悩から生ずる情熱を持ち続けてきたからでもあったろう。なのに、一流企業への入社を志望する学生の多くは、心のどこかでその“安定”を望んでいるのである。そんな人間が昇進を重ね、経営者になろうものなら、先は知れたもの。名門と謳われた日本企業に不祥事や経営不振が相次ぐのも起こるべくして起きたといえるだろう。
 これから就活をはじめる学生諸君はもちろん、現役のビジネスパーソン、そして経営者諸氏にも、本書を読むことを強くお勧めする。
 会社が生き残るのには理由がある。大金使ってビジネススクールで学ぶより遥かに役に立つ。わずかな投資で、高いリターンが得られる価値ある一冊。著者の卓越した取材力が結実した良書である。

(にれ・しゅうへい 作家)
波 2018年8月号より

著者プロフィール

野村進

ノムラ・ススム

1956(昭和31)年東京生れ。ノンフィクションライター。拓殖大学国際学部教授。在日コリアンの世界を描いた『コリアン世界の旅』で大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞受賞。『アジア 新しい物語』でアジア太平洋賞受賞。主な著書に、『フィリピン新人民軍従軍記』『救急精神病棟』『脳を知りたい!』『アジア定住』『海の果ての祖国』『日本領サイパン島の一万日』『島国チャイニーズ』『千年企業の大逆転』『解放老人』『調べる技術・書く技術』『千年、働いてきました』など多数。

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