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湾岸を恋の聖地にした伝説の物語。書き下ろし短篇『東京湾景・立夏』を加えた完成版!

東京湾景

吉田修一/著

649円(税込)

本の仕様

発売日:2019/09/01

読み仮名 トウキョウワンケイ
装幀 西山竜平/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-128758-4
C-CODE 0193
整理番号 よ-27-1
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 649円

品川の貨物倉庫で働く亮介は25歳の誕生日、出会いサイトでOLの〈涼子〉と知り合った。どんな愛にも終わりは来るとうそぶく亮介と、愛の力を疑いながら、でもどこかで信じたい〈涼子〉。嘘と不安を隠し、身体を重ねるふたりは、やがて押し寄せる淋しさと愛おしさに戸惑う……。東京湾に向きあった、品川埠頭とお台場に展開する愛の名作に、その後を描く短編「東京湾景・立夏」を増補した新装新版。

著者プロフィール

吉田修一 ヨシダ・シュウイチ

長崎県生まれ。法政大学卒業。1997(平成9)年「最後の息子」で文學界新人賞。2002年『パレード』で山本周五郎賞、同年発表の「パーク・ライフ」で芥川賞、2007年『悪人』で大佛次郎賞、毎日出版文化賞を、2010年『横道世之介』で柴田錬三郎賞、2019年『国宝』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。ほかに『東京湾景』『長崎乱楽坂』『7月24日通り』『女たちは二度遊ぶ』『初恋温泉』『静かな爆弾』『さよなら渓谷』『元職員』『キャンセルされた街の案内』『平成猿蟹合戦図』『太陽は動かない』『怒り』『犯罪小説集』『続 横道世之介』など著書多数。

書評

「吉田修一小説」と私
コントロールから離れて

朝井リョウ

 吉田修一の小説は、“溢れる”。
 どの作品を読んでいるときも、あ、と気づいたときにはもう遅く、何かがこの心身から溢れている。ずいぶんと長く住み慣れたはずのこの心や体が、自分が想定していたよりもずっと容積が小さく、外壁の造りもとても脆いということを、登場人物たちの印象的な言動の数々によって思い知らされるのだ。
 品川埠頭の倉庫で肉体労働に勤しむ亮介と、台場に聳え立つオフィスで働く美緒。主にこの二人の変わりゆく関係性を描いた本作でも、様々な形で“溢れる”瞬間が描かれており、その都度、読み手である私たちも同様の感覚に陥るのだ。
 亮介が、かつての恋人の親族の前で、自分たちの心の繋がりを証明するために自らの身体に火をつけたシーン。この過去を語るとき、亮介は、かつての自分は「ついカッとなっ」たのだと話しながら、「とつぜん声を荒らげた」りする。かつては心の繋がりを信じられたはずの自分を振り返りながら、亮介は自分をコントロールできなくなる。
 美緒が亮介に、亮介の勤め先である品川埠頭の倉庫で朝まで過ごしたいと明かすシーン。人を信用する難しさを説きながら、美緒は「自分でも支離滅裂なことを言っているのは分かったが、口から飛び出してくる言葉を止められな」い。美緒も、自分をコントロールできなくなる。
“溢れる”とはつまり、自分をコントロールできなくなる瞬間のことで、この二人を主語にしない場面でもそんな瞬間が数多く物語に鏤められている。突然自殺をしてしまったかつての同級生。真理が亮介に対し「二股かけてくれればいいじゃない!」と喚く夜明け。目を瞑たって操縦できると思っていた心と体がそうではないと気づく一秒前、自分自身という器から、コントロールできない言葉や行動が溢れ出ていく。
 吉田修一は、その描写がとても巧みだ。物語の中で、誰がいつどのように溢れるのか、予想がつかない。だから、読みながら、常にどこか緊張感がある。油断ができない。そして、いざ溢れたとして、登場人物たちの足元に飛び散った何かに余計な言葉を当てはめない。この人がなぜこんな行動に出たのか、どうしてこんなことを言ったのかという問いに、じゅうぶんな答えを与えない。そうされると、私たちは想像するほかなくなる。本人たちも気づかぬうちに彼らの内部に溜まっていたものとは何だったのか。そして、彼らの足元についに飛び散ったものはどんな感情なのか。いやでも想像させられる。そして想像力とは結局、自分のこれまでの人生が作り出すものである。だから私たちはいつしか、吉田修一の小説を読んでいると、自然と自分の人生を差し出しているような気持ちになるのだ。
 本作の“溢れる”描写の究極は、本編のラストシーン、品川埠頭にいる亮介が、台場にいる美緒に向かって、東京湾を泳いで渡って会いに行くと宣言するところだろう。もちろん美緒は、亮介の発言を冗談だと受け取る。だが、電話越しの亮介の様子からは、冗談という言葉では済ませられないような何かが溢れ出ている。美緒は、「亮介のからだではなく」、そこから溢れた「彼の何かが、東京湾をまっすぐに、今、自分のほうへ泳いできている」と感じるのだ。
『東京湾景』が出版されたのは今から十六年前、2003年のことだ。そして、作中ではりんかい線が開通したという描写があるため、物語の時間軸は今から二十三年ほど前、1996年あたりだと予想される。恋人同士の主なやりとりが、ラインやSNSではなく声色の分かる電話だった時代。大切な人がいる場所に辿り着くまで、今よりは手段も少なければ時間もかかった時代。言い換えれば、その分、心身から何かが溢れる機会が多かった時代なのではないだろうか。
 今回書き足された新編は、本編からは二十年後、すなわち2019年現在とほぼ誤差がない世界が舞台となっている。スピーディにやり取りができるよう連絡手段が進化した今、マッチングアプリを常用している世代などからすると、美緒が素性を隠して亮介と出会うことへの驚きは少ないだろう。この海を突っ切ることができれば、などと考えなくとも行きたい場所にすぐ辿り着ける今、亮介の宣言は当時とは異なった響きを持ちそうだ。あらゆるものが発達し、生活が便利になったことで、心身から何かが溢れる機会は減少している実感がある。
 ただ、そうなったとしてもやはり“溢れる”瞬間を描いてくれるのが吉田修一だ。新編に登場する大輝と明日香はいかにも現代の若者だが、そんな二人も「用意していた言葉ではなかったが、勝手に口からこぼれた」と描写せざるを得ない一瞬や、「なんでこんなこと大輝くんに言ってるのか、自分でも分からない」と呟いてしまうような場面に見舞われる。描かれすぎない二人の人生が交差する点として亮介のあの宣言が現れるとき、時代は変わっても私たちはやっぱり、“溢れる”瞬間からは逃れられないことを実感する。それはつまり、私たちはこれからもずっと、吉田修一の小説から逃れられないということでもある。

(あさい・りょう 小説家)
波 2019年9月号より

目次

東京湾景
第一章 東京モノレール
第二章 品川埠頭
第三章 お台場から
第四章 天王洲1605
第五章 りんかい
第六章 お台場まで
東京湾景・立夏
解説 陣内俊史
解説 朝井リョウ

インタビュー/対談/エッセイ

吉田修一、(新潮文庫の)自作を語る 前篇

吉田修一

ちょっと偉そうなことを言わせてもらうと――
初めて腹蔵なく語った創作の裏側。

聞き手/「」編集部

『東京湾景』(2003年)
品川埠頭の倉庫街で暮らし働く亮介が、携帯サイトの「涼子」と初めて出会った25歳の誕生日。嘘と隠し事で仕掛けあう互いのゲームの目論見は、突然に押し寄せた愛おしさにかき消え、二人は運命の恋に翻弄される。東京湾岸を恋人たちの聖地に変えた、最高にリアルでせつないラブストーリー。

――今度、『東京湾景』に後日譚というか、新たに短篇「東京湾景・立夏」を書下ろして頂いて、文庫の新装版を作りました。

吉田 それで久々に読み返したんですが、まったく自分の作品ではないみたいでした。他の作家の方も十五年前の旧作を読むと、そんなふうに思うものですかね。

――どのへんでそう思いました?

吉田 まず、いろんな意味で〈若い作品〉ですよね。こんなにんだと思ったし。書き始めたのは、何度か芥川賞の候補になった後、『パレード』(2002年)で山本周五郎賞をもらった頃でしたね。

――冒頭の「東京モノレール」が「小説新潮」に掲載された時、目次か表紙に〈受賞第一作〉と書いた記憶があります。

吉田 そう、うまく連作になればいいな、くらいに思って書いたのが「東京モノレール」でした。

――2002年の5月に山本賞を受賞して、7月には「東京モノレール」の直前に書かれた「パーク・ライフ」で芥川賞も受賞されます。いまだに純文学の賞である芥川賞とエンタメの山本賞を両方受賞した作家は他にいません。

吉田 『パレード』も『東京湾景』も別にエンタメを意識して書いてはいないんですよ。『パレード』は五人の話が繋がって長篇になるんですけど、一篇一篇はそれまで「文學界」に書いていた短篇と変わらないと思います(注・吉田さんは「最後の息子」で文學界新人賞を受賞して作家デビューし、「文學界」で短篇を書き続け、受賞までに四たび芥川賞候補になった)。どれも東京に住む若い人間が何かを抱えている話だし、ラストもモヤモヤした終り方だし。
『パレード』は初めての長い小説だったから、うまく長篇になるのかなというプレッシャーはありましたが、五篇を繋げてみたら大きな物語のうねりみたいなものが生まれて、さらに「これはエンターテインメントだ」と評価されたので、書いた僕が驚いた(笑)。エンタメと純文学の違いって、よくわからないまま書いていました。
 僕はよく、小説は場所への興味から始まると言うんですけど、『東京湾景』もそうですね。直前の「パーク・ライフ」は日比谷公園が舞台でした。じゃあ、次はどこかなあと考えた時に、自分が働いたことのあるお台場と品川を思いついたんです。あのへんの雰囲気を書いた小説ってまだないんじゃないか。場所が決まると、次はその場所にいちばん似合う物語を考える。そこで、恋愛小説をやろうとなった気がします。
 その段階ではまだ組み立ても何もありません。出会い系サイトで美緒と亮介が出会うことしか決めてなかったと思う。連作になるにしても、別のカップルを書くつもりじゃなかったのかなあ。

――当時のインタビューをひっくり返してみたら、吉田さんは「もう最初からラストのシーンを決めてた」みたいに仰ってましたよ。

吉田 たぶん、それは嘘ついてる(笑)。あの終り方は、本当にぎりぎりで出てきたんですよ。このあいだ「週刊新潮」で一年間の連載が終わった『湖の女たち』(2020年春刊行予定)のラストだって、思いついたのはつい最近(笑)。
 さっき、『東京湾景』を〈若い作品〉と呼んだ理由のひとつは、青山ほたるって小説家が出てくるでしょう?

――ああ、彼女の作中内小説みたいなのがチラッと出てきますね。

吉田 いわゆる恋愛小説を直球で書くのがまだ照れくさかったのだと思いますね。だから、ワンクッション置くために小説家を出したのでしょうね。いま書いたら、彼女は出てこないと思う。

――吉田さんと小説の打合せをすると、必ず土地とか地図の話になりましたね。

吉田 そのへんは相変わらずですよ。『湖の女たち』でもそうでしたけど(注・地名は変えているが琵琶湖周辺が舞台)、小説を書く時、土地がいちばん味方になってくれるんですよ。土地は裏切らない、みたいな(笑)。

――地図は普通の地図をご覧になる?

吉田 最近はGoogleマップとかも見ます。昔はぴあMAPとか好きでした。

――ストリートビューなんかも?

吉田 大好きで止まんなくなります。

――Googleマップは『東京湾景』の頃にはなかったのに、吉田さんの小説は俯瞰や高低差があるというか、三次元的に土地を捉えている感じを受けます。

吉田 「パーク・ライフ」で、風船にカメラをつけて公園を写すところがあるんです。まだドローンがない時に書いたのが自慢(笑)。僕の地図というか、街の見方は高度も入っている気はします。

――今度の書下ろし短篇「東京湾景・立夏」の舞台はコリドー街です。これも場所からの発想でしたか?

吉田 『東京湾景』のまともな続篇というか、美緒と亮介の後日譚は多分書けないなと最初からわかっていて、ではどうしようかと。十何年か経って、何か変わったことあるのかなって考えながら、やっぱり地図を見ていたんですよ。せいぜいお台場に映画を観に行くくらいで、あのへんにあまり行かなくなってたし……で、ふとコリドー街があったぞと(笑)。

――直線距離だと意外と近いし、ゆりかもめだとすぐだし。

吉田 うん、元の舞台に近いし、今の恋愛小説だったらここでしょう、みたいな。

同席の編集者 私、本当に何の衒いもなく言うんですけど、歩くと絶対ひっかけられるんですよ。あそこはもう大阪のナンパ橋みたいになっちゃってます。ひょっとしたら、今の若い人にはあれが銀座のイメージなのかもしれませんね。


吉田 僕、ああいうナンパ自体は嫌いじゃないんですよ。とても健全な気がする。

――で、「立夏」の場所を決めて、ここは読者のために伏せますが、ああいう物語のを思いつかれた。

吉田 あれは思いついた瞬間、「あ、書き終えた」って感じがしました(笑)。

――吉田さんの新人賞の頃からの支持者に辻原登さんがいます。辻原さんは「吉田さんは今どき珍しく人情話が書ける作家だ」という言い方をされていましたね。人情話をきちんと書けるからエンタメも書けるのだと思いますが、いわゆる純文学的なところと人情話のところ、それともう一つ、吉田さんは必ず仕掛けを考えますよね? 「立夏」でいうと、健全な現在のナンパ話と、あの仕掛けを両方成立させているのがすごく刺激的なんです。

吉田 それは……ちょっと偉そうなこと言わせてもらうと、構成というか仕掛けというか、そこは作家がことだと思うんです。それがで小説は小説というものになると僕は考えています。
 そこをまったく無視して、いわゆる物語として語っていくのはもちろんありですが、それはやっぱりなわけですよね。小説は、構造をちゃんと組み立てていかないととは呼ばれないんじゃないかなとぼんやり思っているんです。デビュー作以来、そのへんはいろんなことをやってきたと思うし、これからもやっていきたいんですよね。


7月24日通り』(2004年)
地味で目立たぬOL本田小百合は、港が見える自分の町をリスボンに見立てるのが、ひそかな愉しみ。異国気分で「7月24日通り」をバス通勤し、退屈な毎日をやり過ごしている。そんな折届いた同窓会の知らせ。高校時代一番人気だった聡史も東京から帰ってくるらしい……。もう一度恋する勇気がわく傑作恋愛長篇。

――『7月24日通り』は仕掛けを思いついたときに、それこそ半分出来た感じではなかったですか?

吉田 長崎をリスボンに見立てながら暮らしている地味な女の子が主人公ですが、最初にあったのはそれだけで、ラストの方で十項目のリストを出すなんてのは、最初は考えていませんでした。どの作品でもそうですけど、小説を書いている時は、「これ、最後で化けてくれないかな」と願いながら書き進めているんです。あれこれ手さぐりでやっているうちに、鍵穴に鍵がカチッと嵌まるみたいな時があって、「ああ、来た来た」(笑)。これは快感ですよ。
 でも、「東京湾景・立夏」は短篇だから別ですが、長篇の場合は、書き始める前に「嵌まった!」と思うアイデアが浮かんだとしても、わりと……。

――捨ててしまう? 人工的な感じがするんですかね?

吉田 うん、なんか窮屈というか、書く前に思いついたものには、単純に興味がなくなってしまうんですね。で、『7月24日通り』は、執筆の途中で浮かんだリストのアイデアがうまく嵌まったと思います。

――リスボンの街と長崎を重ね合わせるというアイデアはこの小説のために思いついたんですか?

吉田 長崎の子どもは学校で習うんですよ。長崎の街はポルトガルの街に似てるって。坂があって、石畳があって、港に向って開けてて、みたいに。

――リスボンへ行かれたことは?

吉田 書き終えた後で行ったんです。7月24日通りなんて、地図で見つけただけだったから、実際に行ってみましたよ。普通の産業道路です(笑)。
『7月24日通り』は「小説新潮」と同時にドコモのケータイ小説として配信もされたんですよ。ケータイ小説の走りの時期でした。僕はけっこう媒体を気にするので、ポップに書こうという意識はあったと思います。女子の一人称というのも、これで初めてやりました。語り手の性別は、実際にやってみると、そんなに意識せずに書けました。

――『東京湾景』は連続ドラマになったし、『7月24日通り』は映画になりました。映画の試写にご一緒した時、吉田さんが「ひとりで見ます」って、サッと少し離れた席に行かれた。映画好きとしては、いろんな感慨があったのでは、と……。

吉田 あの頃を思い出すと恥ずかしいんですよ。なんか作家としてセルフプロデュースしなきゃいけない、と思い込んでいたフシがあるんです(笑)。山本賞と芥川賞を連続でもらって、本当にガラッと景色が変わったんです。それまでは作家と名乗っていても、「文學界」に半年に一つ短篇を書くくらいですから、人に見られることも、写真を撮られることもない。そんな生活を五年くらい続けていたのがガラリと一変した時に、これからどうするか、自分でちゃんと考えなきゃいけないんだなと思って……ほら、何て言いましたっけ、キャラ作りに迷うのって?

――えーと、迷走?

吉田 そう、明らかに迷走してた(笑)。作家としてどう見られたらいいのか、なんて悩んでいました。作品というより、作者が迷走してた。原作の映画もひとりで見た方がいいのかなとか、作家なんだから夜眠れないとか言ってみようかとか……無茶苦茶よく眠れてるのに(笑)。

――あの頃は、周りの人が信用できないぐらいの感じでした?

吉田 逆なんですよ。だから、かえって迷いが(笑)。でも、よく覚えているのは、二つの文学賞をもらった時、ある人に、「これでもう吉田君、十年大丈夫だよ」って言われたんです。それを聞いた瞬間、「あ、失敗できる」と思った。十年大丈夫ということは、十年も失敗できるんだって(笑)。だから、この時期はいろんな小説を書いているんですよ。『東京湾景』に『日曜日たち』(2003年)、『7月24日通り』、『長崎乱楽坂』、『ランドマーク』、『春、バーニーズで』(すべて2004年)、みんなバラバラでしょ?

――しかも面白い小説ばかりですよ。さすが、作者は迷走しても作品は迷走してない(笑)。もうひとつ、作品の文体ではなくて、ヴォイスというんでしょうか、作品が読者に対して出す声が、この時期に厚く安定してきたというか、変化したように思ったんです。

吉田 あ、それは本当にそうですね。余裕とも違うけれど……『パレード』以前、「文學界」で短篇をこつこつ書いていた頃って、もうこの一作で生きるか死ぬかだったんですよ(笑)。いや真面目に、いま書いているこの小説がダメだったら、もう本当に終わりだと思っていました。新人賞を取って、何とか雑誌に新作が掲載され続けて、必死に戦っている作家って、二作続けて失敗作を書いたらもう載らなくなるわけです。野間新人賞、三島賞、芥川賞なんかの候補になったら、次も書けるけど、二作空振りしたら、間違いなく消えていく。またそれを周囲がみんな、わかっているわけです。ギリギリで書いていましたよ。

――ボツになった作品も?

吉田 いっぱいあります。ただ、芥川賞の後で文春の編集者の方々から言われたんですけど、「吉田さんはボツになっても凹まなかったね」って。僕は、「このへん変えましょう」と言われると、一回くらいは書き直しますけど、わりとあっさり、もういいやと思っちゃうんですよ。「あと二週間ください」つって、まったく新しい短篇を書いちゃう。書きたいことは変わらないので。そっちの方が勢いも出るのかな、そのまま掲載されたりして。

――ギリギリだけれども、「この作品だけは!」みたいには執着せずに……。

吉田 執着はあまりしないんですね。これは人間のタイプなんでしょうけど、「これを何とか」と思っても、どうにもならない場合ってあるじゃないですか。例えば、担当編集者が異動するとかね、外的な要因もあるかもしれないし。


『長崎乱楽坂』(2004年)
荒くれどもの棲む大家族に育った幼い駿は、ある日、若い衆が女たちを連れ込んでは淫蕩にふける古い離れの家の一隅に、幽霊がいるのに気づく――。湾の見える町に根を下ろす、昭和後期、地方侠家の栄光と没落のなかに、少年の繊細な心の成長を追う傑作長篇。

――『長崎乱楽坂』刊行の頃のインタビューも読み返しますと、『東京湾景』『パーク・ライフ』『ランドマーク』と書いてきたから、都会系の作家と思われないように云々と。

吉田 ほら、またキャラの迷走が(笑)。

――都会的な恋愛小説家とか括られると、あまりいいことなさそうだなと思ってらしたんですか?

吉田 いや、そこまで性格ひん曲がってないです(笑)。たぶん、少しビックリ状態だったんですよ。『パーク・ライフ』書いたあと、本当に雑誌なんかの紹介で都会派作家って書いてあって、そりゃビックリしますよ。自然と「いやいや、違うんですよ」ってなるじゃないですか。それで『長崎乱楽坂』を書いた(笑)。「いや、こっちなんです」って。

――「こっちなんです」というのは、「こっちもできます」とはちょっと違いますよね?

吉田 全然違います。「こっちもできます」じゃないです。「いやもう、僕はこれなんですよ」っていう感じ(笑)。実際、『乱楽坂』にでてくる人物や風景は、僕が見てきたものばかりです。

――今は〈反社〉なんて新語もありますが……。

吉田 長崎の実家は酒屋だし、そんな家に生まれ育ったわけではないけれど、わりと身近にその手の人たちがいたんですよ。親戚には肉体労働者も多くて、気性の荒い男たちがたくさんいました。

――それを吉田さんは物語の豊かな水源にされていますね。『国宝』(2018年)の最初の方、久しぶりに『長崎乱楽坂』の世界だと嬉しくなりました。

吉田 『乱楽坂』は連作だから、『国宝』のような大きな物語じゃなくて、男の子が少しずつ大きくなりながら、その年齢なりの視線で周囲を徐々に見回していく。もちろん小説だから事実とは違うのですが、自分が本当に見たものを思い出しながら書いたという点で、ほかの作品とはハッキリ異なります。

――『長崎乱楽坂』にせよ『7月24日通り』や『悪人』(2007年)にせよ、長崎があるのはやっぱり得ですよね、作家として。

吉田 これはもう本当に得。で、いま思うと、肉体労働者の生活が近くにあったのも得。やはり、地方の街で、ああいう人たちの近くで育つと、人間のナマっぽい感じがよくわかるんですよ。もちろん東京のサラリーマンの家庭にも生っぽいところはあるのでしょうけど。
 作家になってしばらく経った時、東京の都心の道を歩いていたら、いわゆる肉体労働系のお兄ちゃんたちが屯ってた。そしたら、そのお兄ちゃんたちを「怖い」と言う人がいたんです。逆に僕は、背広のサラリーマンの人たちが集まっていると体が固まるんですよ。もし、こっちに肉体労働者の人たち、あっちに丸の内のサラリーマンたちがいて、どちらかに混じって弁当を食べなきゃいけないと言われたら、間違いなく肉体労働者の方で食べます。刷り込みみたいに馴染みがあって、落ち着くんですよね。
 その彼らを「怖い」と言われた時、「あ、なるほど」と思った。もう作家になっていたから、「こういうことをちゃんと書いていけばいいんだな」って。
 あと、長崎を書いていて楽なのは全然遠慮しなくていいこと(笑)。『ランドマーク』の大宮でも、『湖の女たち』の琵琶湖でも、少しは遠慮して書いているんですよ。長崎はどんなに悪く書いても平気……僕が勝手にそう思っているだけですかね?


後篇につづく

(よしだ・しゅういち)
波 2019年9月号より

二十年を振り返る

吉田修一

『東京湾景』『パレード』『パーク・ライフ』から、わたしたちの21世紀は始まった。柔らかくて、寂しくて、熱い彼の小説ができるまで、そしてこれから――。

 原田宗典氏に『十九、二十』という羨ましくなるほど秀逸なタイトルの小説がある。タイトルもさることながら、もちろん内容も見事な青春小説で、あと数週間で二十歳になる青年がエロ本専門の出版社でバイトしながら過ごす十代最後の夏物語だ。
 この名著の文庫版に、これまた見事な解説を川村湊氏が寄せられている。“二十歳に関する名言はいくつもある。”という書き出しで始まるその中に、“人間が何ごとかを成し遂げるための条件”として、とある人の言葉が引用されている。
 その条件とは、若いこと、貧しいこと、そして無名であることだという。
 読者は、主人公とともに十代最後の(ある意味で無益な)夏を過ごした直後に、この言葉にぶち当たるのだ。
 まだ作家になる以前、まさに十九、二十の気分で読んだ川村氏のこの解説は、未だに小説の余韻とともにはっきりと心に残っている。
 自著の話をすれば、すでに三十冊ほど文庫は出ている中、解説が付いているものはたったの七冊しかない。どうしても書いてほしい作品に、どうしても書いてほしい方にお願いした結果である。素晴らしい文庫解説を知っているだけに流れ作業的にはお願いしたくなかった。
 初めて書いていただいたのは、『パレード』(2004)の川上弘美さんだ。未だにその文章を空で言えるほど繰り返し読んだ。『東京湾景』(2006)では、文芸評論家の陣野俊史さんに“熱い”解説をお願いした。出来上がったのは一編の掌編小説のような作品だった。実はこのとき、「ぜひ『十九、二十』の川村湊さんのような解説をお願いします!」とねだった記憶がある。
 幸運にもその川村湊さんに解説を書いていただけたのが、次の『長崎乱楽坂』(2006)だ。実は作家デビューして間もないころ、「破片」(1997)という二作目の短編小説が「文學界」に掲載されたのだが、この作品を川村さんが毎日新聞で書評してくれたことがあった。
 当時、自身の名前が新聞に載ることがとてつもなく嬉しく、かつ書かれていることにちょっと反論もあったりして、不躾かつ若気の至りでなんと川村さん本人にお手紙を送ってしまった。
 実際の解説を読んでほしいので内容は伏せるが、『長崎乱楽坂』の解説で川村さんはまずこの手紙のことに触れられ、文壇の先輩としてとてもあたたかく優しい言葉で、新人作家の若気の至りをたしなめてくれている。
 続く『7月24日通り』(2007)と『女たちは二度遊ぶ』(2009)は、それぞれ瀧井朝世さん、田中敏恵さんという稀代のライターお二人に書いていただいた。
 ここ数年は小説の書評や解説といえば「瀧井朝世」という人気者だが、初めて彼女に解説を書いてもらったのは、この僕である。と言うと、作家になる前からの知り合いで、現在も飲み友達である彼女からは、「恩着せがましいねー」と笑われるのだが、一つの才能を世に紹介できたことが嬉しくてたまらないのだから仕方ない。
 もう一人の田中敏恵さんとの付き合いも続いている。付き合いどころか、現在の「吉田修一」という作家を陰でプランニングしているのはこの方ではないかと思うほどの関係で、とにかく魅力的な世界を教えてくれる。
 たとえば、今年パークハイアット東京が開業二十五周年を迎えるのだが、この記念行事として書き下ろしの小説を書いた。この企画を進めてくれたのも田中さんだ。(『アンジュと頭獅王』小学館刊、九月末発売予定)
さよなら渓谷』(2010)では、柳町光男さんに解説を書いていただいた。言わずと知れた映画界の巨匠で、「十九歳の地図」や「火まつり」など、どれほど影響を受けたか分からないし、暴走族のブラックエンペラーを追ったドキュメント映画「ゴッド・スピード・ユー!」では、ある少年が年長の少年に殴られるシーンがあるのだが、映画ではなくまるで自分の記憶として残っているほどだ。
 そして今秋に「楽園」というタイトルで映画化される『犯罪小説集』(2018)では、この映画を監督された瀬々敬久さんに書いていただいている。中で瀬々監督はこの短編小説集を中上健次の『千年の愉楽』に重ねて書いて下さり、大変面映くはあるものの、小説が映画へ生まれ変わっていくダイナミックな流れが見えるような、とても素晴らしい解説になっている。
 今回、デビュー二十周年を記念して新潮文庫の全六作『東京湾景』『長崎乱楽坂』『7月24日通り』『さよなら渓谷』『キャンセルされた街の案内』(2012)『愛に乱暴』(2017)の装丁を新しくしてもらえることになった。
 新装丁版『東京湾景』では、従来の陣野俊史版に加え、新たに朝井リョウ氏が解説を寄せてくれる。一度対談させてもらったことがあるが、とても作家っぽい人だった。当代の人気者ながら決して見られる人にはならず、見る側の人であろうとしている。
 その上、今号の「波」の特集では、大森立嗣氏と川村元気氏、そして南沙良さんが、『さよなら渓谷』『愛に乱暴』『7月24日通り』と、それぞれの作品について書いて下さっている。
 出版社の方の話によれば、南沙良さんはすでに映画やテレビ、CMなどで大注目されている女優さんで、十代にして大変な読み巧者と聞く。彼女が初恋に揺れる女性の物語をどのように読んでくれるのか楽しみでならない。
 大森さんは『さよなら渓谷』を映画化してくれた。小説で描こうとした人間の不可解で美しい感情をとても繊細な映像で表現してくれた。
 あくまでも個人的な印象だが、大森さんというのはその存在自体がドクドクと脈打っているような印象がある。そばにいると、その脈の音がはっきりと聞こえてくる。撮影現場はもちろん、普通に飲んでいても聞こえる。きっと彼自身にはこの音が聞こえていないのだろうと思う。この熱が彼に映画を撮らせていることを、きっと彼自身は知らないんだろうなと。
 一方、川村元気氏との付き合いも長い。もちろん映画プロデューサーとしては十年に一人、三十年に一人の逸材だろうし、今や押しも押されもせぬ時代の寵児で、(本人の希望とは別に)錬金術師のような扱いを世間から受けているようだが、こうやって長く付き合わせてもらっていると、実は彼にもちゃんと人としてダメな部分があって、近年の彼が小説を書かざるを得ないのは、きっとこの自分のダメな部分だけはどうしても錬金できないからではないかと勝手に推測している。だからこそ、いつの日か生まれてくるだろう彼の彼による彼のためだけの小説が心から楽しみで仕方ない。
 紙面が尽きた。デビュー二十周年を振り返るという趣旨のエッセイを頼まれていたのだが、気がつけば自身のことはもちろん、身近な人たちのこれから二十年のことが楽しみで仕方なくなってきてしまった。きっといろんな人のおかげで充実した二十年を送ってこられたからだろうと思う。

(よしだ・しゅういち)
波 2019年9月号より

担当編集者のひとこと

 新潮文庫のフェアと連動して、「波」で吉田修一さんの特集を組むため、いくつかの作品を読み返しました。吉田さんとは同世代なのですが、「文學界」(文藝春秋)に短篇を発表し始めた頃、こんなに新鮮な小説があるのか! と身を乗り出すような気持になったことを思い出します。同じ雑誌には、川上弘美さんや辻原登さんも卓抜した連作を書き継いでいて、文藝誌をいちばん熱心に読んでいたのはあの頃かもしれません。後年、当時の編集長だったSさんに会えたので、感謝を伝えたことがあります。
 新潮文庫に収められた六作はいずれも面白いことは請合いで、まだお読みでない幸福な(まだあの愉しみが残ってる!)方は、今月号の特集を読まれて、興味のあるものをお選び頂いたらいいのですが、個人的に思い出深いのは2002年に吉田さんが山本賞と芥川賞を受賞した直後に連載を始めた『東京湾景』。ドラマ化もされた代表作のひとつですが、今回、「東京湾景・立夏」という書下ろし短篇を巻末に収録し、新装版の文庫が出来ました。
 あれから20年近くたって、前作を受けた小説を書くとはどういうことか、2019年現在の東京と恋を描くとどうなるか、作家の目と手が生き生きと動いている傑作です。かつての『東京湾景』を読んだことがあるという向きも、是非。絶好の消夏法です。

2019/08/27

[増補・短編小説 試し読み]東京湾景・立夏(抄)

コリドー街ですれ違った26歳のふたりは、愛の予感に満ちた夜に泳ぎ出す。名作『東京湾景』のその後を描く、16年目のサプライズストーリー!

 パブは混み合っていて、少し離れたテーブルにいる女の横顔が、バーカウンターへ向かう客や料理を運ぶ店員たちの背中に遮られては、また現れる。昔、こんな香港ホンコン映画を見たことがあったな、と大輝だいきは思う。広い通りを挟んで見つめ合う男と女の動きだけが止まっていて、二人の間を香港の赤い二階建てバスやタクシーがスローモーションで走っていく。
「ねえ、名刺下さいよ」
 ふいに自分たちのテーブルでの会話が耳に戻り、大輝は、「あ、うん」と慣れた手つきで、さっき表通りで声をかけたばかりの女たちに名刺を差し出した。
「あー」
 名刺を受け取った途端、女たちが顔を見合わせ、「……先週もここの人に声かけられたよね」と笑う。
「そうなの? 俺らの先輩っぽかった? それとも後輩?」
 女たちの会話に食いついた同期の鷹司たかつかさにこの場は任せ、大輝はまた少し離れたテーブルの女に目を向けた。向こうのテーブルの男女間でも、今まさに名刺交換が始まっている。
 あれはいつだったか、丸の内のオフィスから、ここコリドー街に向かっている途中、鷹司がこんなことを言っていた。
「コリドー街で声かけて、女の子に名刺渡した瞬間にさ、その女の子が心ん中でガッツポーズ取ったのを、無理に隠すような顔するじゃん。俺さ、あの瞬間の優越感に浸るために、毎週みたいにコリドー街に通ってんのかもって思うよ」と。
「お前、性格腐ってんなー」と、大輝はあきれたのだが、「いやいや、お前だって腐ってるから、毎週取っ替え引っ替え女の子とヤレてるんだろうよ」と笑われた。
 鷹司とは大学もサークルも一緒で、昔から気が合う。もちろんこんな週末を過ごしているのだから、男としてデリカシーのある方じゃない。ただ、たとえばの話だが、別れ話をした女が、「別れたくない」と泣きながら駅まで追いかけてきた、というその姿を動画に撮り、笑いながら回し見するようなやつらも仲間内にはいるので、そいつらに比べれば、デリカシーはある方になる。
 テーブルでは鷹司がいつものように女たちの仕事や出身地をきながら、鷹司という名前からも分かるように自分の家系は元華族だとか、ちょいちょい自慢話を入れている。
「ねえ、佐竹さんも、鷹司さんと同じ部署なんですか?」
 さっき渡した名刺を眺めていた目の前の女に訊かれ、「そうだよ。大きく分けると同じエネルギーグループで、俺は石油やガスの探鉱・開発、こいつは鉱石」と短く説明した。
「ってことは油田とか? すごい」
 いつもなら仕事の話に食いついてきた女相手に、イスタンブールやテキサス、ドバイと、これまでに訪れた国々の話をするのだが、なぜか今夜に限っては口が重い。
 今夜引っかけた女の子に決して魅力がないわけではない。賑わう表通りですれ違った中でも、ダントツでいいのに声をかけた。
「ごめん、俺、ちょっと酒、買ってくるよ。みんなは? 何、飲む?」
 まだグラスにはビールが半分以上残っていたが、大輝はスツールを降りた。少し離れたテーブルにいる例の女も、酒の注文にバーカウンターへ向かおうとしていた。
「じゃ、俺、ハイボール」
「私も」
「佐竹さんは、何飲むんですか?」
 前に座っている女に訊かれ、
「えっと、ホワイトビールかな」と大輝は答えた。
「ビールかぁ……。じゃ、私、白ワインお願いしようかな」
「了解。なんでもいいの?」
「もしシャルドネがあったら……」
「ここ、ムルソーがあったと思う。それでいい?」
 大輝は早口でこたえると、混み合った店内をバーカウンターへ向かった。
 バーには注文待ちの短い列ができている。例の女の後ろに並ぶと、彼女もすぐに気づいたようで、ちらっと背後を振り返る。
「また、いるの?」
 大輝はからかうように言った。
「なんで、またいるって分かるのよ。バカみたい」と彼女も容赦ない。
「で、今日のお相手は?」
「気になる?」
「別に」
 列が進んで、彼女の注文の番となる。大輝はメニューをのぞき込む、彼女のうなじをなんとなく見つめた。
 彼女と初めて会ったのは、今からひと月ほど前、ゴールデンウィーク明けの金曜日で、まだ五月だというのに、東京が初めての夏日となった夜だった。いつものように鷹司と二人で賑やかなコリドー街の通りに立ち、行き交う女たちを物色していると、明らかに他とはレベルの違う女たちが二人歩いてきた。
 もちろん反応したのは、他の男たちも同様で、遠慮がちながら次から次に声をかけているのだが、彼女たちはそんな男たちを冷たくあしらうでもなく、かといって誘いに乗るわけでもなく、まるでちょっと今日は風が強いね、くらいの顔で歩いてくる。
「おおお、当たり来た」
 鷹司が腰かけていたガードレールから早速降りて、近づいてきた女たちの前に仁王立ちする。
「ちょっとすいません。本気でお話ししたい。どんな人か知りたい」
 鷹司の直球勝負に、彼女たちは一瞬顔を見合わせた。これまでの風よりは、少し心地よく感じてくれたのかもしれず、すかさず大輝も鷹司の横に立つと、「この先、もう外堀通りに出ちゃうから、Uターンして戻ってくんの、ちょっとかっこ悪いよ」と援護射撃した。
「いいよ」
 驚くほどあっさりと彼女たちは誘いに乗った。
 その後、一緒に入ったパブで聞いた話によれば、彼女たちは今夜、十組目に声をかけてきた人たちの誘いに乗ると決めていたらしかった。
「うわっ、何それ。感じ悪い」
 勝利の美酒に酔っていた鷹司も、思わず本音を吐いたのだが、彼女たちはさほど悪びれる様子もなく、「こんなとこに来て、声かけたり、かけられたりしてる人たちの中に、感じ悪くない人なんている?」と言い切ったのが、くだんの彼女だった。そんな彼女のあけすけな言葉に、「そう言い切られると、なんかますます楽しくなってくる」と大輝は笑ったのだが、その一言に彼女がちょっとだけ共感してくれたような気もした。
 ちなみに鷹司は、「昔好きだった子に似てる」方をすでに口説き始めていた。実際に似ているわけではなく、今夜自分がどっちをねらっているか、お互いにその場で伝え合う暗号のようなもので、暗黙の了解として先に言った者勝ちになっている。
 その夜、当初は混み合った店内の隅で、小さなテーブルを囲んで立ち飲みしていたが、壁際かべぎわの二人席が空き、鷹司たちが移った。残った大輝はふと思い出して、「名刺ちょうだいよ」と頼んだ。
 もらった名刺は大手クレジット会社のもので、「営業部 碓井明日香うすいあすか」とあった。
「明日香さん……、いくつ?」
 大輝は名刺を眺めながら尋ねた。
「二十六」
「あ! 一緒」
「え? そんなに驚くことある?」
「いや、あのさ、俺らが生まれた年につけられた名前の人気ランキングってのがあって、俺の『大輝』ってのは第四位なんだけど、女の子の第四位が『明日香』なんだよね」
「そうなの?」
「うん、らしいよ」
「四位って微妙じゃない?」
「そうなの。多そうで、あんまりいないっていう。学校でも同じ名前の奴はいなかったし、明日香って子もいなかったな」
「私、高校のころ、いたよ。明日香って、まったく同じ字で。クラスも違って、あんまり付き合いなかったけど。大輝って子もいたような気がするなあ」
「でも、その程度なんだよね、第四位」
「確かに。ねえ、ちなみに一位は?」
「一位は、男が翔太しょうたで、女が美咲みさき
「ああ、確かにいる。翔太も美咲も知り合いにいる」
「だよね、俺もいるもん」
「さすが、一位。すごいね」
 会話が盛り上がらなかったわけではなかった。どちらかと言えばその逆で、もうずっと前から知っているような、そんな親近感さえあった。
 そのうち鷹司たちが、「俺たち、もう一軒行くけど」と声をかけてきた。
「カラオケ?」
 大輝はそう訊きながら、明日香の様子を窺ったのだが、すでに片手を上げ、相方に「バイバイ」と手を振っている。
「俺ら、やめとくわ」と大輝は断った。
 なんだかとても気分が良かった。ただ、鷹司たちを見送って、もう一杯何か飲もうよとメニューをめくると、「ごめん、私、今日はもういいや。そろそろ帰る」と彼女が言い出す。
「え? そうなの?」
 てっきり二人きりの時間を選んでくれたと思っていたので、かなり驚いた。
 実際、駆け引きでもないらしく、彼女は時間を確かめると、「まだ終電間に合いそう」と席を立つ。つられるように店を出たところで、「ごちそうさま。今日は楽しかった」とお礼を言われた。
 普段なら、「じゃ、気をつけて。また連絡するよ」と見送るのだが、なぜかその夜に限って、「楽しかったなんて、うそつくなよ」と言ってしまったのだ。
 声が大きく、賑わった歩道で注目を浴びた。ナンパスポットとして、すっかり定着したコリドー街は、言うなれば出会いだけの場所であり、決して別れの場所ではない。週末ごとにここで何十何百の出会いが生まれ、その後の何十何百の別れは、どうぞよそでお願いしますという場所に響いた大輝の声は、やはり違和感がありすぎた。
 衆目の中、無視して帰ると思っていた彼女が振り返ったのはその時だった。
「自分が何やっても楽しくないからって、八つ当たりしないでよ」
 大声ではなかったし、距離もあったのに、彼女の声ははっきりと耳に届いた。大輝は一瞬、何を言われたのか分からなかった。彼女はすでにこちらに背中を向けて歩き出している。すぐそこのガードレールに腰かけている男たちが、大輝をニヤニヤしながら見ている。

作品の前半を収録しました。本作の全体は2019年9月1日発売の新潮文庫『東京湾景』(吉田修一著)でお読みください。

波 2019年9月号より

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