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少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉―

向田邦子/著 、碓井広義/編

605円(税込)

発売日:2021/03/27

  • 文庫

今なお愛される著者の全ドラマ・エッセイ・小説作品から名言をセレクト。没後40年記念。

『阿修羅のごとく』『あ・うん』『寺内貫太郎一家』……傑作ドラマの脚本家として知られ、名エッセイスト、直木賞受賞作家でもあった向田邦子。突然の飛行機事故から40年が経つにもかかわらず、今なお読み継がれ、愛されるのはなぜなのか。日本のテレビドラマ史を語らせれば右に出る者のない編者が彼女の全作品から名言・名セリフをセレクト。いつでも向田作品の世界に没入できる座右の一冊。

目次
はじめに
第一章 男と女の風景――見栄はらないような女は、女じゃないよ
1 女のはなしには省略がない――女というもの
2 男は、どんなしぐさをしても、男なのだ――男というもの
3 それじゃ、しあわせ、掴めないよ――男と女
4 恋をすると、人は正気でなくなります――恋愛とは
5 あんな声で呼ばれたこと、一度もなかった――道ならぬ恋
第二章 家族の風景――どこのうちだって、ヤブ突きゃヘビの一匹や二匹
1 結婚てのは七年じゃ駄目なのね――結婚
2 世の中、そんな綺麗ごとじゃないんだよ――夫婦
3 お父さん、謝ってるつもりなのよ――親と子
4 ヨメにゆくと姉妹は他人のはじまりか――姉と妹(弟)
5 完全な家庭というものもあるはずない――家族
第三章 生きるということ――七転八倒して迷いなさい
1 判らないところがいいんじゃないの――人間と人生と
2 物がおいしい間は、死んじゃつまりませんよ――老いと死と
3 昔の女は、忙しかったものねえ――むかしの人と暮し
4 事件の方が、人間を選ぶのである――日常という冒険
第四章 自身を語る――私を極めて現実的な欲望の強い人間です
1 それが父の詫び状であった――父と母のこと
2 昔のセーラー服は、いつも衿が光っていた――少女時代のこと
3 私は「清貧」ということばが嫌いです――「わたし」のこと
4 私の勝負服は地味である――わたしの暮し
第五章 向田邦子の「仕事」――嘘をお楽しみになりませんか?
1 楽しんでいないと、顔つきがけわしくなる――仕事とわたし
2 どれだけその人間になりきることができるか――ドラマを書く
第六章 食と猫と旅と――好きなものは好きなのだから仕方がない
1 「う」は、うまいものの略である――食
2 甘えあって暮しながら、油断は出来ない――猫
3 帰り道は旅のお釣りである――旅
おわりに
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書誌情報

読み仮名 スコシグライノウソハオオメニムコウダクニコノコトバ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 田村邦男(新潮社写真部)/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-129413-1
C-CODE 0195
整理番号 む-3-21
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 605円

書評

テレビマンが敬愛した向田邦子の3冊

八木康夫

 ぼくがTBSに入社したのは1973年。音楽が好きだったので、音楽番組を作りたくてテレビの世界に入ったつもりだったのですが、結局50年近くドラマ一筋のテレビマンとしてやってきています。
 当時、ドラマの現場は理不尽な徒弟制度が今よりずっと厳しくて、音楽番組をやらせてもらえる展望も一向に見えないし、はじめはけっこう腐っていました。
 そんな時に、向田邦子さんと縁が生まれました。アシスタント・ディレクターとして、向田さんが脚本を書いた「家族熱」(1978年放送、出演:浅丘ルリ子、三國連太郎、三浦友和)の原稿を取りに行く役目をすることになったのです。週に一度、明け方近くにTBSに電話がかかってきて、南青山のマンションに原稿を取りに出かけるという仕事です。
 向田さんはドラマの一話分を一晩で一気呵成に書くというスタイルでした。明け方のことなので、少し恐縮したような感じで原稿を渡されて、とんぼ返りで局に持って帰って清書して、撮影してすぐに放送するという、そういう時代のことでした。
 テレビドラマの中心が若い男女のスタイリッシュな恋愛を描くラブストーリーになって久しいですが、その先駆けは「金曜日の妻たちへ」で、これは1983年放送。だからその後に生まれた人には想像しにくいかもしれませんが、テレビドラマの中心はやはりホームドラマでした。学園ものとか青春ものもありましたが、テレビドラマといえばとにかく家族の物語を描くものだった。ぼくはラブストーリーを作るのが苦手なので、「パパはニュースキャスター」「パパとなっちゃん」「カミさんの悪口」など、ずっとホームドラマを作ってきましたが、そういう人間からすると、向田邦子さんは圧倒的な存在です。

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 何が向田さんの仕事をエバーグリーンなものにしているか考えてみると、やはり家族という不変のものを描く天才だったからですよね。あの観察眼は一体どこからやってくるのか。考えて出てくるものではなく、どこかから降りてくるものだという気がします。

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 向田さんには姉妹や友人など女同士の関係を描いた作品と、父と娘の関係を描いた作品があります。
 ホームドラマを作るということはすなわち、父親のキャラクターを作ることでした。もっといえば、いかに魅力的な欠点や弱点を持っている父親を造形できるかということだった。欠点があるからドラマが生まれるし、チャーミングになるんです。ご自身のお父さんをモデルにした寺内貫太郎がその典型というわけです。『寺内貫太郎一家』は向田さんの作品というよりは、久世光彦さんの作品という感じでしたけれど(ドラマは1974年放送)。
 ただ、日本の家族が大家族から核家族的になって、家族同士が互いに“尊重”し合う関係になり、怒鳴ったり殴ったり、堂々と愛人を作って浮気する――つまり欠点だらけの理不尽な父親が見当たらなくなっていきました。だから父と娘の物語は成立しにくくなってしまったかもしれません。テレビドラマの中心がホームドラマからラブストーリーになったことと核家族化は、無関係ではないと思います。

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 ぼくは田村正和さんと随分たくさんホームドラマを作らせてもらいましたが、今は二枚目な役者はいても、チャーミングな父親を演じられる俳優がいなくなってしまった。
 そして向田さんが描く、女同士の関係の辛辣さ。短い言葉で、本人が気がついていないこと、あるいは気づいているけれども見て見ぬふりをしている“痛いところ”を、鋭く鮮やかに描く。阿修羅のように、表情はすっとしていても中身はドロドロと他人に嫉妬して、満ち足りているはずなのに、ないものねだりして。「隣の女」のことばかり気にしていたと思ったら、ふと我にかえって急に恥ずかしがったりして。それは人間の変わらない本質なんでしょう。
 脚本家としての絶頂期に小説も書き始めて、『思い出トランプ』に収録されたたった三つの短編で瞬く間に直木賞をとり、その翌1981年に夢のように消えてしまった向田さんですが、今も女優たちが彼女の作品に挑戦したがります。女性の生き方がどんどん変わっているいま、ますます向田さんの作品が読まれる時代なのかもしれません。〔談〕

(やぎ・やすお ドラマプロデューサー)
波 2023年1月号より

著者プロフィール

向田邦子

ムコウダ・クニコ

(1929-1981)1929(昭和4)年、東京生れ。実践女子専門学校(現実践女子大学)卒。人気TV番組「寺内貫太郎一家」「阿修羅のごとく」など数多くの脚本を執筆する。1980年『思い出トランプ』に収録の「花の名前」他2作で直木賞受賞。著書に『父の詫び状』『男どき女どき』など。1981年8月22日、台湾旅行中、飛行機事故で死去。

碓井広義

ウスイ・ヒロヨシ

1955(昭和30)年、長野県生まれ。メディア文化評論家。2020(令和2)年3月まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。慶應義塾大学法学部政治学科卒。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年、テレビマンユニオンに参加、以後20年間ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に『人間ドキュメント 夏目雅子物語』など。著書に『テレビの教科書』、『ドラマへの遺言』(倉本聰との共著)など、編著に『倉本聰の言葉――ドラマの中の名言』がある。

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