ホーム > 書籍詳細:アンソーシャル ディスタンス

アンソーシャル ディスタンス

金原ひとみ/著

781円(税込)

発売日:2024/01/29

  • 文庫
  • 電子書籍あり

整形、不倫、ストロングゼロ……それは絶望の果てに掴んだ「希望」。朝井リョウ氏の解説収録。

心を病んだ恋人との生活に耐えきれず、ストロングゼロに頼る女。年下彼氏の若さに当てられ、整形へ走る女。夫からの逃げ道だった、不倫相手に振り回される女。推しのライブ中止で心折れ、彼氏を心中に誘う女。恋人と会えない孤独な日々で、性欲や激辛欲が荒ぶる女――。絶望に溺れて掴んだものが間違っていたとしても、それは、今を生き抜くための希望だった。女性たちの疾走を描く鮮烈な五編。

  • 受賞
    第57回 谷崎潤一郎賞
目次
ストロングゼロ
Strong Zero
デバッガー
Debugger
コンスキエンティア
Conscientia
アンソーシャル ディスタンス
Unsocial Distance
テクノブレイク
Technobreak
解説 朝井リョウ

書誌情報

読み仮名 アンソーシャルディスタンス
シリーズ名 新潮文庫
装幀 Julia Hetta/Photo、Art+Commerce/Photo、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 368ページ
ISBN 978-4-10-131335-1
C-CODE 0193
整理番号 か-54-5
定価 781円
電子書籍 価格 781円
電子書籍 配信開始日 2024/01/29

書評

依存する人に依存する

尾崎世界観

 インターネットで自分の名前を検索すれば、いつでも誰かが何かしら書き込んでいる。冷静に考えてみれば、これは異常な事だ。見ず知らずの人に、絶えず好意や悪意を投げかけられている事が、どうしても気になって仕方がない。最初は趣味程度だったはずのエゴサーチも、いつしか病的な頻度になった。朝起きてすぐに枕元のスマートフォンに触れ、検索窓につい自分の名前を打ち込んでしまう。小学生の頃の、無意識に鼻をほじってしまうあの癖によく似ている。エゴサーチで見つけた言葉なんて所詮鼻くそ程度だ。わかっていても、その見ず知らずの誰かの言葉にすがってしまい、もう後戻りができない。だから、エゴサーチで傷ついた分、エゴサーチで癒されようとする。迎え酒ならぬ、迎えエゴサーチだ。「ストロングゼロ」の主人公は、そんな自分と重なる。ストロングという言葉の弱さ、滑稽さ、それでもそれを飲まずにはいられない主人公に、いつしか共感を超えて何かを託している事に気がつく。そうして託した結果、あの生きる事のすべてみたいな結末に、絶望しながら安堵した。
 それならば、美容整形をくり返す「デバッガー」の主人公は、レコーディング中の自分と重なる。とりわけボーカルレコーディングの際、歌のテイクを気にして一度直してしまえば、もうそこからは歯止めが利かなくなる。ある部分が良くなれば、今度はそれまで気にならなかった別のある部分が気になりだすからだ。人を人と比べる事でしか優劣はつけられない。だとすれば、顔のパーツもその他との相対評価だ。そして、自分が気になっているその部分こそが、他人から見れば良いと思われる部分だったりもするからややこしい。人は自分でいる以上、常にそれ以外の他者の目にさらされる。一つ直す事によって何かが崩れ、その崩れた部分を突き止めようとしてまた直す。それに伴う副作用に怯えながら、それでもやめられないのは他者の存在があるから。それは主人公にとっての若い恋人であり、自分にとっての音楽リスナーだ。そしてその関係によって生まれる羞恥こそが、他者の存在を強く教えてくれる。それが虚しくて悲しい。
「コンスキエンティア」の主人公を見ていると、セックスをする事によって浮き彫りになる隔たりを感じる。本当は、セックスをしている時こそ相手が見えていない(見ていない)のではないか。〈このまま一つに溶け合う〉なんて歌詞になりそうな甘ったるさはなくて、どこまで行っても、ただの隔たりがある。新しい体を知り、繰り返す事で慣れ、やがて飽きる。だからセックスを、相手と一つになる為のものではなく、他者と自分を切り離すものと感じる。人と人の裂け目、私とあなたの境目、そこに溜まった汚れや臭いに思わず顔が歪む。
「アンソーシャル ディスタンス」で描かれる男女は、ロックフェスにおける演者と観客そのものだ。ディズニーランドで身につけるファンキャップやカチューシャのような、その場限りのコミュニケーションで関係が成立している。この話に出てくる幸希もそうだけれど、不安定な人間に限ってすぐに未来の話をしようとする。まるで、いつかロックフェスのステージ上で自分がした軽薄なMCのように。
「テクノブレイク」には妙な安心を覚える。ここまで絶望が重なれば、もう逆に安らぐ。コンビニで買ったアメリカンドッグにかけるケチャップとマスタードみたいに、パキッと折ればピュッと飛び出して手も汚さない。後はもう、空の容器を捨てるだけだ。
 金原さんの言葉は音が小さい。だから、目を通して過不足なくピタリと聴こえる。演奏がうまいバンドほど、ステージの中の音が小さく整理されているのと同じように。そのせいで、読んでいて何度も我に返る瞬間があった。そうして自分は、何かに依存する人に依存しているという事に気がつく。いずれ自分に降りかかるかもしれない不幸が、今は他の誰かに降りかかっているという安心からどうしても目が離せない。そうしていなければ、今度はそれが自分に降りかかってきそうに思うからだ。この世の終わりみたいな主人公たちに自分を当てはめ、表向きは共感しているフリをしながら、ただただ不幸な人間を嘲笑っているだけという事を隠そうと、今この文章を書いている。

(おざき・せかいかん ミュージシャン)
波 2021年6月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

金原ひとみ

カネハラ・ヒトミ

1983(昭和58)年、東京生れ。2003(平成15)年、『蛇にピアス』ですばる文学賞。翌年、同作で芥川賞を受賞。2010年、『TRIP TRAP』で織田作之助賞、2012年、『マザーズ』でドゥマゴ文学賞、2020(令和2)年『アタラクシア』で渡辺淳一文学賞、2021年『アンソーシャル ディスタンス』で谷崎潤一郎賞、2022年『ミーツ・ザ・ワールド』で柴田錬三郎賞を受賞。著書に『アッシュベイビー』『AMEBIC』『ハイドラ』『持たざる者』『マリアージュ・マリアージュ』『軽薄』『fishy』『デクリネゾン』『腹を空かせた勇者ども』、エッセイに『パリの砂漠、東京の蜃気楼』などがある。

判型違い(単行本)

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

金原ひとみ
登録

書籍の分類