自転しながら公転する
1,045円(税込)
発売日:2022/10/28
- 文庫
- 電子書籍あり
恋愛、仕事、家族……30代女子の悩みは止まらない! 読者から圧倒的な共感を集めた傑作長編。
母の看病のため実家に戻ってきた32歳の都(みやこ)。アウトレットモールのアパレルで契約社員として働きながら、寿司職人の貫一と付き合いはじめるが、彼との結婚は見えない。職場は頼りない店長、上司のセクハラと問題だらけ。母の具合は一進一退。正社員になるべき? 運命の人は他にいる? ぐるぐると思い悩む都がたどりついた答えは――。揺れる心を優しく包み、あたたかな共感で満たす傑作長編。
書誌情報
読み仮名 | ジテンシナガラコウテンスル |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | コハラタケル/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 672ページ |
ISBN | 978-4-10-136063-8 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | や-66-2 |
定価 | 1,045円 |
電子書籍 価格 | 1,045円 |
電子書籍 配信開始日 | 2022/10/28 |
書評
いまはもう、森ガールじゃない
毎日熱心にみているマッチングアプリの自己紹介欄には、好きな作家として山本文緒の名前を書いている。名前と職業は伏せているけれども、写真は私自身の近影だし、51という年齢も183という身長も本当の情報を書いている。
山本文緒、好きですよ。と反応をくれた人が一人いて今もやりとりは続いているけれども、新型コロナの様子をみていたら会うタイミングを逸してしまった。山本文緒ファンの人となら気が合いそうだし、恋人ではなく友達募集と明記しているのだけれども、マッチングアプリで友達募集と書いたとき本心と信じてくれる相手は少ない。山本文緒ファンと恋愛関係になったら大変かもしれないなと思いながら、七年ぶりの新刊『自転しながら公転する』を読んだ。
好きな本が少ない。多くの読者を得ることを前提に出版されるタイプの小説で読み逃さないのは山本文緒くらいだ。
山本文緒は全著作を網羅的に読んでいる。と書いてから、嘘だった、と思う。ジュニア小説家時代の作品は少ししか読めていない。新刊を入手しやすい本は全部読んでいる、と書くべきだった。私は嘘が苦手で、「まあ嘘だけど本当ということにしておきましょう」的な忖度が基本できない。
日常生活でこんな嫌なことを言われたのだが、痛快な人があらわれて即座に言い返してくれたおかげでスカッとしました。みたいなエピソードを紹介するテレビ番組がある。嘘ばっかり、と思う。ツイッターでその番組の名前をサーチすると、嘘だ嘘だとみんなが書いている。でも番組は2014年から現在まで続いているのだ。嘘の話でスカッとしたい人が世の中には多いんだろう。偽りの爽快感である。
山本文緒には嘘がない。ノンフィクションと思って読むわけではないが、「こんな都合のいい展開あるわけない」と感じることがほぼない。ごく稀にそう感じても、読み進むと「ああ、なるほど」と腑に落ちる。ここには世界の真実しか書かれていないし、この人たちは実在する、と思う。
だから『自転公転(略称)』も、付箋をつけ、しおりをはさみながら少しずつ読んだ。真実は自分の肉体に直接しみるから、痛くて目を閉じたいところがしばしばあるのだ。
アウトレットモールの衣料品店で働く、お洒落で気のまわるヒロイン都に魅了され、回転寿司店で働く、元ヤンキーなのに本好きの貫一にも心ひかれ、二人がうまくいってほしいと願いながら読む。夢のように幸福な瞬間が描かれた直後に、まさかと思う悲しい気分がやってくる。同じ経験をしたことはないのに「ああこれ、知ってる」と思う。そして私自身の人生では知りえなかった、別の視点の語り手によるちがう角度からみた物語に衝撃を受け、それとは逆の意見を言う登場人物にも共感する。何か言われるたびに「確かにそうも言えるかも」と説得されてしまい、心迷う。
作り物めいた「スカッと話」が退屈なのは、「悪者」と「いい者」がきれいに分別されているからだ。都が、その母親である桃枝の目で見つめられるとき、都の「影」が濃く見えたりもする。母と娘は、こんな残酷な会話すらする。
《「私、森ガールのとき幸せだったな」
「え?」
「欲しい服が山ほどあって、お給料つぎ込んで次々と買って、お金がもったいないとか、将来が不安だとかまったく思わなかった」
「今は森ガールじゃないの?」
からかい半分で笑って聞くと、娘は泣きそうな顔で頷いた。
「いまはもう、森ガールじゃない」》
『いまはもう、森ガールじゃない』という書名であってもよかったのではと思うほどの台詞だ。だが本作は世代の異なる女三人の視点が交錯する、期待より巨大な小説だった。
都と貫一の色恋沙汰は予測を超える道筋をたどる。最後の章を読み終えたとき喉を詰まらせて泣く自分自身に驚いた。恋愛結婚小説であり、仕事小説でもあり、親子問題小説でも、高齢化社会問題小説でもある本作は、エピローグでまた別のジャンル小説であることが判明し、さらに驚く。
真実の書かれた小説は人生に傷を刻み、傷が行動を促すことがあるような気がする。そのマッチングアプリで私が実際に会ってみた人は0名なのだが、それを変えてみてもいいのかもしれないと思った。《お洒落な人って狭量な面があると思います》といった、戦慄のキラーフレーズにびっしり付箋をつけた本書を見せたら、笑われるだろうか。
(ますの・こういち 歌人)
波 2020年10月号より
単行本刊行時掲載
心の滞りがやさしくもみほぐされる
年齢を重ねて、喜怒哀楽のなかで「怒り」を表現することがいちばん難しいと思うようになった。もちろん、私だって怒ることはある。そのときは、自分が正しい、と思って声を荒げたりもするけれど、その「正しさ」に私はいつも自信がない。怒っている人を見ることも、ときに疲れる。もちろん何かに対して、強い怒りをあらわすのは間違ってはいない。けれど、例えば、Twitterのタイムラインが「正しさ」対「正しさ」の意見で溢れかえっているのを見ると息苦しくなる。そこにある「正しさ」と「強さ」には混じりけも迷いもなく、ある種の怖さも感じる。なにより「ああ……これは小説とは正反対にあるものかもしれない」と本能的に思ってしまうからだ。
元気いっぱいで今いる場所で迷わず、自分に誇りを持ち、怒りを感じたときには、すぐさま「私、怒ってます!」と声高に言える人には、もしかしたら小説は必要ないのでは……。
強い感情で、大きな声で、世界を読み解いていくのは容易い。けれど、それだけでは、つまらない。感情のグラデーション、色と色との淡い重なり、にじみ、本来なら言葉になるはずもないかすかな動き。私はそういうものを描いた小説が好きだ。
山本文緒さんの七年ぶりの新作になる『自転しながら公転する』を読んで、まず感じたことはそれだった。
作品の舞台となるのは、茨城県にある牛久大仏をのぞむアウトレットモール。そのなかにある女性向け衣料品店で非正規社員として働く三十二歳の与野都と、同じモール内にある回転寿司店で働く羽島貫一がこの作品の主な登場人物である。
都の、三十二歳の非正規社員という設定がまず絶妙だ。この年代は、女としてこれからどう生きるか、それが問われる時期だと思うからだ。彼氏ができても、二十代のときのように、ただの恋愛、では終わらない。結婚したほうがいいのか、出産する未来はあるのか、それに都の場合、重い更年期障害を抱える母親の介護、という役割すら求められている。仕事もそうだ。正規社員になれば、給与も上がるが、それ相応の責任も求められる。
恋愛の相手になる貫一は、一見つかみどころがない。物語が進むにつれ、貫一がどういう人物かわかってくるのだが、もし、私が都の年長の友人で「こういう人とつきあっていて結婚も考えているんだけど……」と相談されたら、「時間をかけて、もっとよく考えなよ!」と言ってしまうかもしれない。けれど、結婚できるかどうかを判断する人間の外側の条件と、「好き」という気持ちは別物だ。「この人ヤバ」と心の底から思っても、人は恋をする生きものだからだ。
だから、本作のなかに登場する都と、都の友人たちとの女子会のシーンは、とても興味深かった。まるで世間の声を代表するような言葉が、友人たちの口からぽんぽんと放たれる。そして、都は言いたい放題の友人たちの意見に迷う。つまり、都は、迷いに迷い、流れに流されやすい人でもあるのだ。それを山本さんは実に丁寧に描く。
そして都はまた、世の中に流布する「女」や「一人っ子」の「役割」に自縄自縛になってもいる。「仕事では常に頑張って上を目指さなければならない」「女だから/一人っ子だから、親の介護をしなくちゃいけない」とどこかで思い込んでいる。そこまで読んで、あれ、都って私じゃない? と思う読者も多いと思う。私もそうだった。けれど、この作品を読んで、私のその心の滞りはやさしくもみほぐされていった。
都が持つ、弱さや迷いやすさは克服すべきものだと、私たちは思い込んでいる。
けれど、この作品は「正しい答えなんてないよ。弱くても、他人の意見に流されてもいいんだよ。ときには逃げてもいいんだよ、全部背負わなくていいんだよ」と全力で叫んでいる。とはいえ、その声は大きな声ではない。それが本当の答えだ、とも言ってはいない。その声はかすかで、たぶん、天上からお釈迦様が垂らした蜘蛛の糸のように細い。だから、この小説はとてつもなく小説らしく、そして、たまらなく優しい。
タイトルの『自転しながら公転する』とはなにか、それは物語の序盤で、貫一によって明かされる。同じような軌道を通っているように見えても、私たちはもう二度と同じ光景を見ることはない。この人が好き、という思いも、永遠に持続するものではない。互いに近づいたり遠のいたりしながら、時間の経過と共に変質していく。それでも、誰かと共に生きていきたい、と思うのなら。作品のなかの言葉にもあるように、「軟着陸できるように、少しずつ高度を下げて」、生や恋に向きあうという方法もあると、この作品が教えてくれたような気がした。
(くぼ・みすみ 作家)
波 2020年10月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
山本文緒
ヤマモト・フミオ
(1962-2021)神奈川県生れ。OL生活を経て作家デビュー。1999(平成11)年『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞、2001年『プラナリア』で直木賞、2021(令和3)年、『自転しながら公転する』で島清恋愛文学賞、中央公論文芸賞を受賞した。著書に『絶対泣かない』『群青の夜の羽毛布』『落花流水』『そして私は一人になった』『ファースト・プライオリティー』『再婚生活』『アカペラ』『なぎさ』『ばにらさま』『残されたつぶやき』『無人島のふたり』など多数。