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本所深川ふしぎ草紙

宮部みゆき/著

737円(税込)

発売日:1995/08/30

  • 文庫

「本所七不思議」にまつわる七つの怪事件を岡っ引きの茂七が名推理! 下町人情味溢れる連作時代ミステリ。

近江屋藤兵衛が殺された。下手人は藤兵衛と折り合いの悪かった娘のお美津だという噂が流れたが……。幼い頃お美津に受けた恩義を忘れず、ほのかな思いを抱き続けた職人がことの真相を探る「片葉の芦」。お嬢さんの恋愛成就の願掛けに丑三つ参りを命ぜられた奉公人の娘おりんの出会った怪異の顛末「送り提灯」など深川七不思議を題材に下町人情の世界を描く7編。宮部ワールド時代小説篇。

目次
第一話 片葉の芦
第二話 送り提灯
第三話 置いてけ堀
第四話 落葉なしの椎
第五話 馬鹿囃子
第六話 足洗い屋敷
第七話 消えずの行灯
解説 池上冬樹

書誌情報

読み仮名 ホンジョフカガワフシギゾウシ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 304ページ
ISBN 978-4-10-136915-0
C-CODE 0193
整理番号 み-22-5
ジャンル 文芸作品、歴史・時代小説、文学賞受賞作家
定価 737円

書評

いつか再読する日のために

ナツノカモ

 いつか再読する日のために、大切に本棚に仕舞っている本がある。誰しもそんな本があるだろうか。今回その中から三冊を選び再読したので紹介したい。
 僕に再読の喜びを教えてくれたのは大学時代のサークルの先輩だった。なぜか後輩にも敬語を使うその人は、暇を持て余した落研の部室でこう言った。「良い本を読むと良い心持ちになるじゃないですか。またあんな心持ちになりたいと思って、時間が経ってからもう一度読むんですよ」。聞いた時、「心持ち」という言葉がなんだか良いなと僕は思った。
 宮部みゆき『本所深川ふしぎ草紙』は江戸の義理人情を描いた時代小説集だ。第三話「置いてけ堀」の中でその「心持ち」という言葉が出てくる。やや古風なこの表現は時代小説だからこそ自然に使われていた。

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――いっそ、庄太のあとを追ってしまおうかという心持ちが、冷たい水のように身体にしみてくる。
 亭主を亡くした若い女房が寂しさを募らせる場面である。置いてけ堀に現れる岸涯小僧が、もしかしたら死んだ亭主が化けた姿なのではないかと疑うところから、物語は進んでいく。
 本所七不思議を題材にした七つのお話は、どれもこれも味わいある人情話に仕上がっている。不思議な出来事が起き、それにつられて人の心が動くのだが、提示された謎はスッキリ解決したり余韻という形で残ったり。暮らしの中の悲しみも苦しみも、叶わない切ない思いも描かれているのに読後感がたまらなく良く、もう一度この「心持ち」を味わえたことが嬉しい。
 保坂和志ハレルヤ』を再読して驚いたことがある。もともと大好きな小説家で、すべての著作が本棚に並んでいるのだが、表題作「ハレルヤ」を初読の際、身体を射抜かれたような心持ちになったはずの一行が、再読時どこにも見当たらなかった。どうしてそんなことが起きるのか。もしかしたら誤読や間違った記憶すらも読書の楽しみであり、また再読の喜びなのかもしれない。

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「生きる歓び」には、十八年前、谷中の墓地で偶然拾った子猫の花ちゃんのことが描かれている。花ちゃんは「生きる歓び」をその全身で表現した。片方の目が開かず、自分で餌を食べる力のない状態の花ちゃんを拾った「私」は、薬を飲ませ餌を食べさせた翌日の夕方に見違えるほど元気になった花ちゃんの様子を見て、その生きようとする力に驚く。
――「生きている歓び」とか「生きている苦しみ」という言い方があるけれど、「生きることが歓び」なのだ。
 それから花ちゃんは「私」の家族になり、十八年八カ月の歳月を生きた。「ハレルヤ」では花ちゃんが旅立つ日が描かれていて、最後の花ちゃんの様子と「私」の心の中が小説になっている。
 これはただの喪失を描いた物語ではない。単に命の重さを問う物語でもない。そもそも物語ですらもなく、僕はこの小説を通じて世界や人間や時間や記憶や存在について考えさせられた。きっと読了後、自分が忘れたり仕舞い込んでいた大切な何かを思い出すことになると思う。そんな小説だ。
 木田元反哲学入門』を再読した理由は、初読の時によく分からなかったからだ。再読の喜びには、あの頃「分からなかったことが分かるようになる」ことが含まれる。

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 哲学史をニーチェ以前と以後に分け、以後を「反哲学」とする著者の試みは、今回とんでもなく面白く読めた。様々な哲学者たちの思索が解説されているのだが、「なぜ彼がそう考えるに至ったか」が著者の憶測も交えて細かく書かれており、そのことに初読時点では気づかなかった。
――インセスト・タブーに対するこうした反撥が心理的動機として働いて、ニーチェは西洋の文化形成の総体を批判的に見るような壮大な歴史的視野を開きえたのではないかと思っています。
 哲学者というどこか遠くに感じる存在を著者が手ほどきしてくれる本であり、考えることの喜びを味わえる名著だ。
 今回、再読した三冊を僕はまた本棚に大切に戻した。再再読の日が来たら、今度はどんな「心持ち」になれるだろうか。

(なつのかも 落語作家)
波 2024年2月号より

著者プロフィール

宮部みゆき

ミヤベ・ミユキ

1960(昭和35)年、東京生れ。1987年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。1989(平成元)年『魔術はささやく』で日本推理サスペンス大賞を受賞。1992年『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞を受賞。1993年『火車』で山本周五郎賞を受賞。1997年『蒲生邸事件』で日本SF大賞を受賞。1999年には『理由』で直木賞を受賞。2001年『模倣犯』で毎日出版文化賞特別賞、2002年には司馬遼太郎賞、芸術選奨文部科学大臣賞(文学部門)を受賞。2007年『名もなき毒』で吉川英治文学賞を受賞した。他の作品に『ソロモンの偽証』『英雄の書』『悲嘆の門』『小暮写眞館』『荒神』『この世の春』などがある。

大極宮 (外部リンク)

宮部みゆき 作家生活30周年記念特設サイト

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