ホーム > 書籍詳細:幻世の祈り―家族狩り 第一部―

あなたのために、作家・天童荒太が費やした歳月がここにある。山本賞受賞作『家族狩り』の構想をもとに、生み出された新作長編。人間の醜さ、気高さ、その全てを描く魂の五部作、堂々刊行。

幻世の祈り―家族狩り 第一部―

天童荒太/著

562円(税込)

本の仕様

発売日:2004/02/01

読み仮名 マボロヨノイノリカゾクガリダイイチブ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-145712-3
C-CODE 0193
整理番号 て-2-2
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 562円

高校教師・巣藤浚介は、恋人と家庭をつくることに強い抵抗を感じていた。馬見原光毅刑事は、ある母子との旅の終わりに、心の疼きを抱いた。児童心理に携わる氷崎游子は、虐待される女児に胸を痛めていた。女子高生による傷害事件が運命の出会いを生み、悲劇の奥底につづく長き階段が姿を現す。山本賞受賞作の構想をもとに、歳月をかけて書き下ろされた入魂の巨編が、いま幕を開ける。

著者プロフィール

天童荒太 テンドウ・アラタ

1960年、愛媛県松山市生まれ。1986年『白の家族』で野性時代新人文学賞を受賞して文壇デビュー。1993年『孤独の歌声』で日本推理サスペンス大賞優秀作、1996年『家族狩り』で山本周五郎賞、2000年『永遠の仔』で日本推理作家協会賞、また2009年には『悼む人』で直木賞を受賞した。人間の最深部をえぐるそのテーマ性に於て、わが国を代表する作家である。『包帯クラブ』『歓喜の仔』『ムーンナイト・ダイバー』等、著書多数。

インタビュー/対談/エッセイ

波 2004年2月号より 【インタビュー】「新・家族狩り」五部作によせて  21世紀に読まれるべき物語を描くため

天童荒太

【インタビュー】「新・家族狩り」五部作によせて

21世紀に読まれるべき物語を描くため

天童荒太


まっすぐ見つめたい
――このたび、九五年に発表された『家族狩り』の構想をもとに新たに書き下ろされた長篇が、新潮文庫で刊行されることになりました。『家族狩り』は山本周五郎賞を受賞した作品です。まず、なぜ書籍のままの内容で文庫化されなかったのかを伺いたいと思います。
天童 『家族狩り』(=以下書籍版)は九五年に刊行されましたが、執筆は、九二年から九五年の夏にかけてです。本質的なテーマは現在でも通用する普遍性があると思っていますが、二一世紀に足を踏み入れたいま、当時の時代背景のまま、時代性とも密接に関わっている物語を現在の読者に伝えることが、本当に誠実であるのかどうか……そう考えた時に、別の選択肢もあるのではと考えたんです。
――書籍版が刊行されたのち、日本各地でさまざまな悲惨な事件が起こり、海外では9・11が起こり、アフガンやイラクでは多くの血が流れています。
天童 そのとおりです。国の内外で起きた事件を、たとえニュースの上だとしても、人は経験してるんです。そうした時代の中を生きている人々が本を手に取るわけだから、どうしても九五年に書かれた小説とは距離ができてしまいます。一方で、九五年以降、以前にもまして、子供に関係する事件や家族をめぐる事件が顕在化してきました。『永遠の仔』(九九年刊)を書き上げて、僕は作家として大きく変わったと意識していますし、刊行後に数千通に及ぶ読者からの手紙を頂き、人間としてもさらにさまざまな事を学びました。『家族狩り』の主題を、今回は国内にとどまらず、世界全体へも広げて、悲劇までグローバル化してきた二一世紀に発表されるにふさわしい作品とするため、『永遠の仔』で得た力も、ここに注ぎ込むべきだと思ったんです。
――この作品は全五部作として、一月末より、毎月一冊ずつ刊行されます。このかたちで発表されることを選ばれた意味とは何でしょうか?
天童 書籍版の文庫化をどうするかということから、今回の企画は始まっていましたし、想定した枚数を収める単行本を買っていただくとすると、読者にも大きな負担がかかりますから――。すべて新たに書き起こした新作だけれども、あえて文庫で刊行すると決めた上で、枚数および構成的に五分冊にする発想が生れ、新潮社にお願いして、了解してもらいました。
結果として、他の作家の方の文庫と同じ価格で一部ずつ刊行されることにもなるわけで、既に世に出ている一冊と同じか、それ以上のクオリティがないと、読者に失礼でしょう? 一部ずつクオリティを高めることに努め、毎月毎月、読者に丁寧に届けていくことが、愚直かもしれないけれども誠実な方法だろうと思ったんです。さらに言えば、五部まで中途半端に流れるのではなくて、一部ずつきちんと自立している作品として、表現しようと努めました。
――書籍版より九○○枚ほど増えて、五部の総枚数が二二○○枚を超えましたね。
天童 現在この世界を生きる人々の抱えている問題が、そのぐらい複雑だからということでしょうか。右だ左だ、正義だ悪だ、と言い切れないことのほうが本当は多い。安易に割り切ることをせず、複雑なものは複雑なまま真っすぐ見つめたいと考えています。
ひとりの人間は善と悪の両方を抱えている。テロのことひとつ取っても、社会もまた単純には割り切れないものを抱えている。登場人物ひとりひとりをしっかり追いかけていこうとすると、自然と物語は膨らんでゆくし、彼らの人生にきちんと責任を持ちたいとも思う。登場人物のほうでも「おれは、ちゃんと生きたいんだ」と訴えかけてくるから、枚数を機械的に区切る姿勢で、書ききれるものではないんですよ。
唯一無二の存在を描く
――先ほどの発言にもありましたが、天童さんは、執筆しながら、登場人物にかなり没入していくタイプの作家であると思います。作家本人との性差、年齢差などを超えて、どのように没入するのですか?
天童 単純ですが、ひたすら思い込むしかない。演劇をやっていたことも役に立つのかもしれませんけど……。登場人物を最初に生みだすときには、その人がどういう親の間にどんなふうに生まれて、どんな幼稚園に行ってどんな小学校へ行ってというバックボーンを全部造ります。
――以前、読者が既視感を持つような人物を描きたくないとおっしゃっていましたが。
天童 現実に生きているどんな人も唯一無二の存在でしょう。小説の中に出てくるキャラクターもそれぞれ、この世でただひとりの人でなくてはいけないと思います。とことんまで突き詰めて描き切れば、既視感が起こるはずはないんです。
――今回の作品には、主要登場人物の友人や親族など、新たな登場人物が複数出てきますが、物語に奉仕する存在としての脇役はひとりも登場しませんね?
天童 そういう人物が登場するというのは、物語世界をつくる上で、作者の決めたルートが先にありきということでしょう? 物語に出てくる者は、この世で唯一の人格を持った人間でなくてはいけない。一瞬だけすれ違うような人々にも唯一性があるからこそ、主要キャラクターも唯一性を保持できるのだと思います。
――坂本龍一さんとの対談集『少年とアフリカ』の中で、執筆中に「小説は難しい」といつも呟いている、と言っていらっしゃいましたが。
天童 今も言っていますよ、毎日のように(苦笑)。登場人物の心を生きていくという作業と、それを俯瞰しながら小説として構成して、商品としての品質を維持する仕事は、別なものなので。締め切りという物理的に定められた制約がある中で両者のバランスをとっていくのは、本当に難しい。
――苦しい中での楽しさは?
天童 ぎりぎりまで突き詰めていったときに、これまで限界だと思っていた表現の上限を突き抜けたものが出てくる瞬間があるからでしょうね。――では、喜びがなきゃやらないのかというと、それも分からないですけどね。子どもの頃、三枚の作文で苦しんでいた人間が、こんな枚数をいま書けるというのは、ある意味で小説にとりつかれているんだろうとも思うから。
――今回の長篇を描いたことで、天童荒太という作家はステップをまた一歩上ったという感触はありますか?
天童 自分の表現が一つ、或いは二つか三つくらい深まった、とは思っています。これを書く前の自分と、書いた後の自分は違っているというのは、はっきり実感できる。それを求めてあがくために、時間がかかっているという部分も確かにありますね。
――前作の短編集から三年、長篇は五年ぶりということで、待って頂いていた読者の方々に対しては、どのような気持ちで臨まれていますか?
天童 担当編集者は知っているでしょ? 努力を公言するのは恥ずかしいことだけども、毎日毎日休みなく、枚数としてもこれだけの数を書いているんだって。読者の皆さんには、「寡作に見えるかもしれないけど内容で判断してください」と言うしかないのかな。謝るのもどこか変だと思いますし。一生懸命やってるから、この状態だとも言えるので。
ただ、あなたに好きな表現者がいるとして、作品が内容に関係なく多数発表されればそれだけで嬉しい、とは限らないでしょう? 僕があるクリエーターのファンである時は、何でもいいから数を味わいたいとは思わないんです。その人がいまの時代に何を悩んで、この世界の何で苦しんでいるのか? 真剣に考え抜いて丁寧に生み出された作品であれば、お金を出して時間かけてでも見たいし、読みたいし、出かけて触れたい、と思います。けれども、才能と小手先の技術で、ある短い時間で創ってきたものを次から次に出されても、あまり嬉しくないし、無理に見たいとも思わないです。
皆さんの貴重な時間と貴重なお金にこたえるものを、送り手として創り続けていかないといけない。でなければ、人の心にはきっと届かないだろうということは、信念に近いくらいに強く心に持っています。……長い間お待たせしましたが、今回、それに見合うだけの小説が書けましたと、この点だけは胸を張って言えます。

(てんどう・あらた 作家)

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