物件探偵
693円(税込)
発売日:2020/12/23
- 文庫
- 電子書籍あり
部屋が泣いています――物件の謎に迫るプロ参上!
高利回りのマンションを手に入れたはずが、オーナー生活はなぜか4ヵ月で終了。新幹線の座席が残された部屋、HDDから覚えのない録画が流れたり、バルコニーに鳩の死骸を見つけたり。全て何者かの嫌がらせなのか? 格安、駅近、など好条件にも危険が。事故物件をチェックしただけでは見抜けない「謎」を宅地建物取引を極める不動尊子(たかこ)が解明。物件×人を巡る極上ミステリー6話。
小岩20分一棟売りアパートの謎
浅草橋5分ワンルームの謎
北千住3分1Kアパートの謎
表参道5分1Kの謎
池袋5分1DKの謎
書誌情報
読み仮名 | ブッケンタンテイ |
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シリーズ名 | 新潮文庫nex |
装幀 | 平沢下戸/カバー装画、川谷康久(川谷デザイン)/カバーデザイン、川谷デザイン/フォーマットデザイン |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 304ページ |
ISBN | 978-4-10-180209-1 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | い-138-1 |
ジャンル | キャラクター文芸、コミックス |
定価 | 693円 |
電子書籍 価格 | 693円 |
電子書籍 配信開始日 | 2020/12/23 |
書評
不動産取引、それは善意と悪意のミステリ
不動尊子と書いて、ふどうたかこと読む。見た目は三十前後。身長一五〇センチ程度の小柄な女性で、ストレートロングの艶やかな黒髪が目を惹く。知的な雰囲気で整った顔立ちの持ち主で、宅地建物取引主任者証――いわゆる宅建――の持ち主でもある。その名前のせいで人からは不動さんと呼ばれ、不動産との縁を感じ、宅建の資格を十五で取得したという。その後不動産業に従事するようになり、いつしか不動産の、物件の気持ちがわかるようになってきた。
というわけで、だ。その不動尊子こそが、物件探偵なのである。彼女は、乾くるみの連作短篇集『物件探偵』において、不動産物件を巡る様々な謎を解く。その鮮やかな推理が、本書には六篇収録されているのだ。
第一話の「田町9分1DKの謎」は、中山繁行が田町のマンションの一室を取得する物語である。四十二歳で独身の彼は、父の遺産でその物件を買った。その部屋から家賃収入を得ようという計画であり、物件選択の決め手は利回りだった。だが、目論見通りにはいかなかった。繁行が買ってから三ヶ月ほど後に、家賃を大幅に下げねばならない状況に陥ったのである。困った繁行の前に現れたのが、不動尊子だった。不意に現れて「部屋が泣いている」と語る彼女は、物件の現物や資料を見て、さらに関係者を訪問して、繁行の買った物件に何が起きているのかを解明するのである。何故「部屋が泣いている」かの説明とともに。
実によくできたミステリ短篇である。展開が極めて斬新なのだ。読者は、事件も謎も感じないまま主人公の不動産取引に関する興味で読み進み、そして不動尊子の登場後は一転して、繁行の取引に関してなにが起きていてどんな犯罪が進行していたのかを彼女の導きによって知ることになる。しかも前段の不動産取引が伏線として効いているのだから堪らない。さらに全体としてミステリの“とある典型”を活用していたり、物件の広告の図表も付いていたりして、ミステリ読みとしては相当に嬉しい一篇なのである。
他の五篇も、ほぼ同様の構造のミステリであるが、第二話ではもう少し謎が明確に提示されている。売り出されたアパートが満室のはずなのに一室だけ空きがあると広告では表示されていたのだ。それに気付いた入居者の部屋で小さな怪異が連続するという謎を、不動尊子が全て解き明かす。第三話は、上階の部屋を買おうとした男に降りかかる災難の謎解きを描き、そしてブラックな余韻を残す一篇だ。第四話では、空き室が出たアパートで、不動産屋に勧められた値上げを躊躇する大家の心に物件探偵が寄り添う。第五話はまた謎が明示されていて、前の居住者が残していった大量の残置物に不思議な出来事が起こり、不動尊子が事件の背景を含めてその真相を見抜く(この第五話は誰がなんのためにトリックを弄して、結果的にそのトリックがどういう効果を生んだか、という点に注目するとさらに愉しい)。最終話は、かつて自殺があった物件を安く購入した男が奇妙な出来事に困惑していると、そこに尊子が現れ、さらに意外な役回りの人物までもが(密室と呼ぶべき状況下で)姿を現し、そして事件が決着する様を描くという、本書で最もトリッキィな一篇だ。
1998年に『Jの神話』でメフィスト賞を受賞してデビューした乾くるみは、映画化もされた『イニシエーション・ラブ』のヒットで知られる。物語性と仕掛けの絶妙なブレンドが魅力であり、本書でもその持ち味は発揮されている。まず、各篇前半の不動産取引の部分は、いずれも主役の日常が不動産売買によって変化するドラマとして読ませる。しかも真相を知ると、主役のみならず、その周辺人物の心の動きもわかって物語は奥深さを増すのだ。買い手がいて売り手がおり、借家人がいて大家がいる。介在する不動産業者がいる。新規入居者がいれば、それを迎え入れる人がおり、あるいは退去する人がいる。そうした人間関係に宿った悪意や善意が、各篇の結末においてまさに物語と表裏一体のミステリとなり、不動尊子の謎解きを通じて読者に届けられるのだ。乾くるみ、まったく面白いところに目をつけたものである。
最終話である第六話で不動の背景が少し明かされ、一冊の本として一応のピリオドは打たれている。それはそれで読後の満足を与えてくれて有難いのだが、しかしながら思うのだ。もっと不動の活躍を読みたいと。続篇を切望する。
(むらかみ・たかし ミステリ書評家)
波 2017年3月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
乾くるみ
イヌイ・クルミ
1963(昭和38)年静岡県生まれ。静岡大学理学部数学科卒業。1998(平成10)年『Jの神話』で第4回メフィスト賞を受賞しデビュー。2007年に文庫化された『イニシエーション・ラブ』は150万部を超えるベストセラーとなり、2015年に映画化された。他著に『塔の断章』『マリオネット症候群』『リピート』『セカンド・ラブ』「カラット探偵事務所の事件簿」シリーズ、『北乃杜高校探偵部』『セブン』などがある。