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デミアン

ヘッセ/著 、高橋健二/訳

572円(税込)

発売日:1951/11/30

書誌情報

読み仮名 デミアン
シリーズ名 新潮文庫
装幀 野田あい/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-200102-8
C-CODE 0197
整理番号 ヘ-1-2
ジャンル 文芸作品
定価 572円
電子書籍 価格 528円
電子書籍 配信開始日 2016/04/22

自我の探求、恋の挫折、悪への憧れ――。全世界の若者に衝撃を与えた青春小説の傑作。

ラテン語学校に通う10歳の私、シンクレールは、不良少年ににらまれまいとして言った心にもない嘘によって、不幸な事件を招いてしまう。私をその苦境から救ってくれた友人のデミアンは、明るく正しい父母の世界とは別の、私自身が漠然と憧れていた第二の暗い世界をより印象づけた。主人公シンクレールが、明暗二つの世界を揺れ動きながら、真の自己を求めていく過程を描く。

書評

『デミアン』以来

会田誠

 僕はよくインタビューなんかで「『デミアン』以来」という話をします。高校生になったばかりのころ、たまたま手にしたヘルマン・ヘッセの『デミアン』を読んで脳の手術を受けたようなショックを受け、自分は芸術家になるべき人間であることに気づき、以来その確信は変わらず現在にいたっている――という話です。この話は嘘や誇張はなく事実です。ただこれ以上の話はできなくて、毎回ここで終わってしまいます。なぜなら僕は、その十五歳の春以来『デミアン』を読み返していなくて、小説の内容をほとんど覚えてないからです。

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 まずは自分の記憶力の悪さに呆れ果てます。ただしこれは一般的な記憶力の問題以外に、若い時の読書法の問題もあるのでしょう。とにかく勢いこんで読む――脳内にヘンな興奮物質が溢れてたんでしょうね。最愛の相手との燃えるようなセックスほど、その一部始終が思い出しにくいのに似た、あの必ずしも悪くはない「記憶の靄化」。その読書が無意味だったとは思いません。無意識の領域には何か残っているだろう――あるいはその時々の自分の進む方向を大なり小なり変えたなら、それが「残った」ということだ――と考えることにしています。
 その「芸術家になる」という話ですが、ようするに「個の確立」――それも「ヨーロッパ近代的な意味における」――というやつだったんだと思います。人並みの思春期における自我の目覚めと時期を同じくして、幼少期から抱えていた一種の発達障害による日本社会での生きづらさが、この時、一発逆転の突破口を見つけたのだと推察しています。機は熟していて、きっかけは『デミアン』でなく、例えば『ライ麦畑でつかまえて』でも良かったのでしょう。その方が新しいぶん、アメリカであるぶん、その後の展開がスムーズだったかもしれませんが、ともかく僕の運命は『デミアン』だったのです。

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 続けて僕はトーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』やツルゲーネフの『はつ恋』といった、十九世紀から二十世紀にかけての、いわゆる「世界名作文学」を読みました。『トニオ・クレーゲル』のテーマは芸術家と一般人との対立であり、『デミアン』で決めた芸術家という進路希望をさらに強固なものにしました。その後「三島由紀夫専科」みたいになる前の二年間ほど、僕の読書はそんなヨーロピアンな傾向にありました。
 僕の同世代の現代美術家には「自分の創作の原点はガンダムのプラモデル作りです」なんて語る人が多いです。芸術といえば『デミアン』が象徴するヨーロッパ近代芸術の方が王道なはずですが、僕は自分の属する業界でそういう意味での仲間がなかなか見つからず、孤独な思いをしています。原点が『デミアン』って、今の日本で表現者をやるに当たって、けっこうなハンデかもしれませんね。あの古臭く青臭い欧風ロマンティシズムが。でもそのハンデを内心誇りに思ってたりもします。

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 僕は最近二冊目の小説『げいさい』を、一冊目の『青春と変態』から二十四年ぶりに出版しました。どちらも青臭い青春小説で、そのルーツの大切な一つが高校一、二年生頃の読書体験にあることは明らかです。特に『はつ恋』あたりの影響で、「小説といえば青春を――それも苦い失恋を――描くもの」という強いマインドセットが、僕の心の奥底ででき上がっちゃっているのかもしれません。
 さて、僕は死ぬまでにもう一度『デミアン』を読み返すことはあるのでしょうか? あの時の僕の感動が誤読による勘違いであることが判明し、僕の数十年が音を立てて崩れ落ちるような心配もあります。靄のようなきれいな思い出だけを胸に、このままあの世に旅立った方がいいような気もしていて……。

(あいだ・まこと 美術家)
波 2020年12月号より

著者プロフィール

ヘッセ

Hesse,Hermann

(1877-1962)ドイツの抒情詩人・小説家。南独カルプの牧師の家庭に生れ、神学校に進むが、「詩人になるか、でなければ、何にもなりたくない」と脱走、職を転々の後、書店員となり、1904年の『郷愁』の成功で作家生活に入る。両大戦時には、非戦論者として苦境に立ったが、スイス国籍を得、在住、人間の精神の幸福を問う作品を著し続けた。1946年ノーベル文学賞受賞。

高橋健二

タカハシ・ケンジ

(1902-1998)1902(明治35)年東京生れ。東大独文科卒業。ドイツ文学者。第8代日本ペンクラブ会長、芸術院会員、文化功労者。1931(昭和6)年ドイツ留学中に、ヘルマン・ヘッセを識り、交流が始まる。『ヘッセ全集』の全翻訳と別巻『ヘッセ研究』で1957年、読売文学賞を、1968年、『グリム兄弟』で芸術選奨文部大臣賞を受賞する。『ヴァイマルのゲーテ』『ケストナーの生涯』などの著書の他に、訳書多数。1998年3月没。

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