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リルケ詩集

リルケ/著 、富士川英郎/訳

649円(税込)

発売日:1963/02/22

  • 文庫
  • 電子書籍あり

現代抒情詩の金字塔といわれる「オルフォイスへのソネット」をはじめ、二十世紀ドイツ最大の詩人リルケの独自の詩境を示す作品集。

生の不安を繊細な神経のふるえをもって歌った二十世紀前半ドイツ最大の詩人リルケの詩から、特にリルケ的特徴の著しいものを選んだ。その独自の風格を現わしはじめた最初の詩集『時祷集』から、『形象集』『新詩集』を経て、実存の危機と深淵を踏みこえて変身してゆく人間の理想像を歌って現代抒情詩の金字塔といわれる『オルフォイスへのソネット』ならびに死の直前の詩までを収める。

目次
『時祷集』(一八九九―一九〇三)から

「僧院生活の巻」(一八九九)から
いま時間が身を傾けて
もろもろの事物のうえに張られている
お隣りにおいでの神様
私がその中から生まれてきた闇よ
その生活のかずかずの矛盾を宥和し
私が親しくし 兄弟のようにしている
どうなさいます 神様
葡萄畠の番人が
「巡礼の巻」(一九〇一)から
永遠の人よ あなたは私に姿を現わされた
私の眼を消してごらんなさい
あなたを探し求める人々はみな
あなたは未来です
昼間 あなたはささやいて
いま 赤い目木の実がもう熟れて
「貧困と死の巻」(一九〇三)から
私をあなたの曠野の番人にして下さい
なぜなら 主よ 大都会は
おお 主よ 各人に個有の死を与え給え
大都会は真実ではない
彼らは貧しい人々ではない
なぜなら貧困は内部からの
貧しい者の家は聖餐台のようだ

『形象集』(一九〇二―一九〇六)から

或る四月から
立像の歌
花嫁
幼年時代
隣人
アシャンティ
嘆き
孤独
秋の日
回想

進歩
予感
厳粛な時
噴水について
読書する人

『新詩集』(一九〇七―八年)から

早期のアポロ
愛の歌
献身
橄欖園
ピエタ
詩人に与える女たちの歌
詩人の死
仏陀
日時計の天使
モルグ(屍体公示所)

幼年時代
或る女の運命
タナグラ人形
別離
旗手
クルティザーネ
オランジュリーの階段
ローマの噴水
古代のアポロのトルソー
レダ
老婆たちのひとり
盲人
老女
群像
蛇使い
海の歌
肖像
姉妹
薔薇の内部
日時計
薔薇色のあじさい
読書する人
林檎園

子供

一九〇六―一九〇九年の詩

マドレーヌ・フォン・ブローグリー侯爵夫人に
春風
狂人と囚人のための祈り
ヴォルフ・フォン・カルクロイト伯のための鎮魂歌
歌曲
噴水

一九一三―一九二〇年の詩

スペイン三部曲
天使に寄す
ナルシス
ナルシス
予め失われている恋びとよ
ベンヴェヌータに
嘆き
彼女たちを知ったからには死なねばならぬ
ほとんどあらゆるものが
心の頂きにさらされて
もう一度 心の頂きにさらされて
愛のはじまり

音楽に寄す
ロッテ・ビーリッツのために
いま窓のあたりに
奇妙な言葉ではないか
お前に幼な時があったことを

『オルフォイスへのソネット』(一九二三)から

そこに一本の樹がのびた
ひとりの神ならそれができる
記念の石は建てないがいい
影たちのなかでもまた
ゆたかな林檎よ
待て……この味わい
だが 主よ おんみに何を捧げよう
春がまた来た
呼吸よ 眼に見えない詩よ
花園を歌うがいい 私の心よ
もう お聞き 最初の熊手が

一九二二―一九二六年の詩

いつひとりの人間が
涙の壺
ニーケのために
ヴァリスのスケッチ七篇
果実
エロス
早春
既に樹液は 暗く根のなかで

小川が土地を酔わせている
あまりにも久しく抑えられていた幸福が
少女たちがととのえる 縮れ毛の
もっと寒い山々からの
鳥たちが横ぎって飛ぶ空間は
世界はあった 恋びとの顔のなかに
重力
「鏡像」三篇
ああ 涙でいっぱいのひとよ
来るがいい 最後の苦痛よ
薔薇 おお 純粋な矛盾


解説

書誌情報

読み仮名 リルケシシュウ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-217502-6
C-CODE 0198
整理番号 リ-1-2
ジャンル 詩歌、戯曲・シナリオ、評論・文学研究
定価 649円
電子書籍 価格 506円
電子書籍 配信開始日 2016/04/22

書評

読めないときに手に取る本

高橋久美子

 長い文章を読めないときがある。気持ちに余裕がなくなって心身ともに疲れてしまった時期だったりする。そんな日は、レコードをかける。スピーカーから流れる音楽もまた、本と同じように誰かの人生なのだなと思う。心に風が抜けてゆく。それから詩を読む。童話を読む。脳みそにへばりついた雑音を引き剥がしてくれる。私の中に、言葉という音が文体のリズムとともに流れ始めるとき、やっと無音を味わう。
 子どもの頃から何度も読んだ宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」。様々な出版社から出ているけれど、新潮文庫の加山又造さんの装画がとりわけ好きだ。本は何も最初から読むだけのものではない。私の手元にある、『新編 銀河鉄道の夜』だと、一七五頁の四行目(現在の版だと二〇六頁の八行目だそう)。
〈ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振りました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、……〉

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 いいなと思ったところを声に出して読んでいく。子どもが息つぎの間もなく喋っているように夜空に点滅する文体。ジョバンニと旅をしているような、賢治と孤独や寂しさを肯定しあえるような気持ちになる。そうして好きなところを何度も読んで今日はおしまい。本を閉じる。そんな日があってもいい。
 昔から詩や童話の世界が好きで、日本の詩人の本はよく読んできた。大人になって海外の詩も読むようになった。わけのわからない表現もいっぱいあるけれど、詩もまた音楽や賢治の童話のように、ひもといていくものではなく、携えているくらいでいいなと思う。ドイツの詩人リルケの詩集は、長年本棚に刺さっていたけれど最近になってようやく取り出すようになった。時代も国も違う詩人の見つけた言葉は、百年後の私の生きる世界にも新しい光を当ててくれる。「果実」は、小さな生命の満ちる力と、淡々と実る静寂の両面を詠んだ作品だ。今まではピンと来なかったが、この数年、地元で農業をするようになってより深く理解できた。人間もまた果実の一つであり幹の一つだと感じる。

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〈けれども いま 円熟する楕円の果実のなかで/その豊かになった平静を誇るとき/それは自らを放棄して また たち帰ってゆくのだ/果皮かわの内側で 自分の中心へ向って〉
 本棚にはたくさんの本を並べておく必要がある。今は読まなくても、引き合うときがくるかもしれないからだ。未来のために私はせっせと本を積む。私達は日々変化していく。音楽が変化していく私達に寄り添ってくれるものだとすれば、本は変化を促し肯定してくれるものかもしれない。また、井戸のようにもう一度清水を汲み上げてくれるものだとも思う。
 世界的な音楽家、武満徹氏と小澤征爾氏の対談集『音楽』は、音楽史的にも貴重な資料であり、音楽だけでなく物事全ての本質が語られている。戦後、物のなかった時代にリヤカーを引いてお父さんと二人のお兄さんが征爾さんのためにピアノを買いにいった話や、世界中の音楽が均一化されることを嘆く話も興味深かった。途中、武満さんが「音楽はやっぱり受け身になってやるもんじゃないよ」と仰っているところがある。小説は本を買って読むという動作があるから良いのだし、音楽は実際に演奏しないまでも演奏会場まで電車で行くとか、竹針(レコードの針)を動かすとか、「なにごとかを自分でしないと記憶に残んないんじゃないかと思うんだ」(小澤さん)と。この対談は五十年近く前に行われている。テレビや有線放送から音楽が垂れ流される時代の始まりだったのだ。

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 五十年後、二人が仰るように、動作は戻ってきた。再びのレコードブームだ。ネット配信もサブスクも流行ってはいるが、やっぱり人々がレコードへと、ライブハウスへと戻ってきた。どんな時代も実感こそが人間の砦ではないだろうか。本屋さんへ足を運び、選び、持ち帰り、電車の中や教室の片隅で文庫本のページをめくったからこそ読書の感動は消えないのだと思う。その全てが読書体験として私を今の私へと誘ってくれたのだ。

(たかはし・くみこ 作家/詩人/作詞家)
波 2023年4月号より

著者プロフィール

リルケ

Rilke,Rainer Maria

(1875-1926)プラハ生れ。オーストリアの軍人だった父によって入学させられた陸軍士官学校の空気に耐えきれず約一年で退学。リンツの商業学校に学びながら詩作を始める。二度のロシア旅行の体験を通じて文筆生活を決意し、詩の他、小説・戯曲を多数発表。後にパリに移り住み、一時ロダンの秘書も務めて大きな影響を受けた。また生涯を通じて数多くの書簡を残している。代表作に『マルテの手記』『若き詩人への手紙』など。

富士川英郎

フジカワ・ヒデオ

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