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ガープの世界〔上〕

ジョン・アーヴィング/著 、筒井正明/訳

825円(税込)

発売日:1988/10/28

  • 文庫

巧みなストーリーテリングで、暴力と死に満ちた世界をコミカルに描く、現代アメリカ文学の旗手J・アーヴィングの自伝的長編。

書誌情報

読み仮名 ガープノセカイ1
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 448ページ
ISBN 978-4-10-227301-2
C-CODE 0197
整理番号 ア-12-1
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 825円

書評

夢中で読んだ3冊

いまみちともたか

 嫌なことや辛い目にあった際の心の避難先を、音楽としている人は多いと思う。子供の頃の自分がまさにそうだった。よっぽど肌に合ったのか、いつのまにか、その“音楽”を作り、送り出す側になっていたりして。
 実業の世界との関わり抜きでは成り立たないことは流石にわかってきたけれど、正直いうとビジネス然としたやりとりはいまだに少々苦手だ。“こと”が終わると毎度グッタリしている。そんなときの気分転換に最適なのが読書。小説に、“ここではない何処か”に連れていってもらい、物語の世界でしばらく遊べば、ストレスも消えていく。というわけで、俺の好きな新潮文庫を紹介します。

道尾秀介向日葵の咲かない夏
 ある夏、「裏切りやがってコノヤロー」という事件が起き、気分が思い切りささくれだった。おまけにエアコンまで壊れてしまい軽い熱中症状態に。こりゃもうダメだ、と冷房がギンギン(その当時はね)の大型書店に避難した。平積みされ目立っていたのが、この本。

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 いつも、目星を付けた数冊のそれぞれ出だしの数行をちらっと読んで、肌に合いそうか、そうじゃないかを判断して買っている。これはのっけから“油蝉の声~”だもの。その日の気分にぴったりで即購入した。
『向日葵の咲かない夏』は実際、ヤバい雰囲気に溢れていた。どちらかといえば不快なのに、なぜか惹き込まれ、エアコンの壊れた部屋で汗だくで一気読み。超面白い。
 この作品で知って以降、道尾秀介ファンになったのに、全編を覆うムードが強烈すぎて、『向日葵の咲かない夏』だけは再読を躊躇しているほど。パンチ、きいてます。

阿部和重伊坂幸太郎キャプテンサンダーボルト 新装版
 伊坂幸太郎は贔屓の作家で、ほとんどの作品を読んでいる。合作をするという告知を見た時から待ち遠しくて、珍しくハードカバーで発売日に購入し、ひと晩で読んでしまった。その後、店頭で新装文庫版を発見。早速ゲットして再読。書き下ろしの短編と合作の経緯にも触れた二人の対談も載っていて、大満足。

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 この作品、伊坂氏特有の“最初の設定からして荒唐無稽”ってテイストは特に主要キャラに顕著だけど、彼らが動き回る社会の状況や世情は、いつもより少しだけシリアスに描写されている。阿部氏の持ち味が反映されているのかも。二人が執筆を開始したのは、東日本大震災の後らしいけれど、コロナ禍や露ウ戦争の起こった“いま”を観た二人が、時を遡って書いたのじゃないかと思えるくらいリアルな世界観に興奮。痛快です。

アーヴィング『ガープの世界』(上・下)
 先に映画を観て、気に入っていた。原作があると知り、文庫本を購入して読んだ。ひとつひとつの出来事は相当ぶっ飛んでいる。だけど、ラストに“どんでん返し”を求める傾向が強まるより前の時代の作品だからなのか、意外なくらい、物語自体は淡々と進む。前述二作のようにひと晩で読み切るよりも、少しずつ読み進めて楽しむのに向いている。とはいえ一旦ハマると、「今日はここまでにしよう」と思っていても、「次は何が起こるんだろう」と気になり、つい次の頁に進みたくなってしまうはず。“鑑賞ペースは、あくまでも読者が決められる”という利点は、小説ならではで、自分は上下巻で一週間楽しんだ。

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 子供の頃、“大人”は自分らの好きな漫画や番組を楽しむことも面白がることもない、と信じていた。それらを作った者こそ彼らなのだとは思いつかなかったのだ。“大人”といわれる年齢に至ってから、気になりだしたことがある。
 諸外国の紛争原因や、政府が打ち出す諸々の政策の理由や根拠。なんか“でっちあげ方”が雑で、「嘘つくにしても詰めが甘い」と感じることないですか? 嘘がバレたときの開き直りや、放置っぷりにモヤモヤすることも増えた。
 代々、国や集団の親玉には聡明で優秀なブレーンが居て、彼らの意見を取り入れてきたそうな。ブレーンの読んだ小説が助言の発想の元ネタになる可能性もある。拍手喝采をしたくなる見事な伏線回収と、“粋”に収まる見事なオチ。そんな世の中にならないかな。“どんでん返し”はなしでいい。
 書かれた時期も場所も違うのに、どことなく現在の世情とリンクした三作を紹介しました。カオスな世の中をサバイブする為にも、疲れたときは音楽と小説でリフレッシュを!

(いまみち・ともたか ギタリスト/ソングライター)
波 2023年5月号より

RockとBookに首ったけ

佐橋佳幸

 小学校高学年の担任だった恩師O先生は、日曜日に自宅に僕らを招いて息子さんとスケボーで遊ばせたり(ナウい!)職員室でギターを爪弾いたり、学級文庫にこっそりつげ義春の漫画を並べたりするような、素敵な先生でした。ある時、先生に「サハシ、こんなの読んでみたら?」と勧められたのがO・ヘンリー最後のひと葉』でした(当時は『最後の一葉』だったかも)。
 ルパンやホームズなどの“定番”を除けば、これが“邦訳された洋書”の初体験でした。洋楽に夢中になっていた僕にとってまさにタイムリー! しかも病床にて生死を彷徨うアーティストのストーリー。それまで読んできた謎を解決するようなお話ではなく、かつて体験したことのない複雑な感慨を抱きました。
 当時チャートを賑わしていた、ジェイムス・テイラーやキャロル・キングを代表とする、ディラン以降のシンガーソングライターたちの作品と同様の内省的な作風が心情にフィットしたのかもしれません。

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 学生時代を経て、現在のような音楽界の裏方のお仕事をさせていただくようになってからも、読書熱は冷めやらず。
 そんなある日、友人に勧められて観た映画「ガープの世界」に衝撃を受け、すぐに書店で原作を手に入れ、久々に“邦訳された洋書”と対峙しました。「こりゃすごい!」と、そのままアーヴィングの作品を貪り読みすっかり大ファンに。堕胎を扱った『サイダーハウス・ルール』や『ホテル・ニューハンプシャー』然り、WeirdというかStrangeというか……決してまともとは言えない登場人物たちが、予測不可能なストーリーを繰り広げていく“アーヴィング節”には、いつもスリルとスピード感が溢れていて、スリーコードとグルーヴが信条の創成期のロックンロールが、その後知性をそなえて成長していく様と重ね合わせてみたりもします。チャック・ベリーあってのスティーリー・ダンみたいな。

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 1990年代後半のある日、佐野元春さんのHobo King Bandの一員として、日々ご一緒させていただいたときのこと。ツアーのリハーサル中、佐野さんが「じゃあ次は『ブルーの見解』っていう曲をやってみたいんだけど、まずは『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』というアルバムの音源を聴いてみてくれるかな?」と言われました。「一応当時使ってた譜面もあるけど、そういうタイプの曲じゃないんで、歌詞カードのテキストを見てもらった方がいいかな」。スタジオでプレイバックされたその曲は、ジェイムス・ブラウン・マナーのファンクグルーヴの上で、佐野さんがラップというか、ケルアック・マナーのポエトリー・リーディングをするというものでした。あまりにも衝撃的だったので、「佐野さん、この曲には元になったストーリーがあるんですか?」と質問したら、「サハシくん。ポール・オースター読んでみて。きっと気にいるから」と答えが返ってきて、すぐに書店でチェックしてみたところ、『幽霊たち』からインスパイアされたのだと気付きました。
 この出来事を機に、ポール・オースターの全作品を読破することになり、かつての“翻訳書アレルギー”は、どっかに吹っ飛んでしまいました。オースターの作品は実際に体験したことを、日記を読み上げるような独白体で表現していますが、常にクールだし、虚無感のデパートのような救いのない読後感が、読者のM感をくすぐるのでしょう。初期のトム・ウェイツの作品やルー・リードの作品が持つ、ビートニックの新しいカタチと似た印象を受けました。アーヴィングの作品同様、小説とは思えないほど視覚的なので、一本の映画を観終わったかのような感覚を得られるのですね。二人とも映画界との関わりが多いのがうなずける気がします。

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 この三冊を選んでみて思ったことは、僕が心惹かれる本と音楽には、ポップでキッチュな色彩と強靭なグルーヴ感という共通項がある、ということ。ミュージシャンといえども、日々の暮らしをガラリと変えてくれるような出来事にはそうそう遭遇しませんが、こうして振り返ってみると、音楽や映画や小説との出会いが、僕の人生の節目節目でエナジーを与えてくれていることだけは確かなようです。

(さはし・よしゆき ギタリスト)
波 2021年7月号より

著者プロフィール

1942年、アメリカ、ニューハンプシャー州生まれ。プレップ・スクール時代からレスリングに熱中。ニューハンプシャー大学、ウィーン大学等に学ぶ。1965年よりアイオワ大学創作科でカート・ヴォネガットに師事。1968年『熊を放つ』でデビュー。1978年発表の『ガープの世界』が世界的ベストセラーに。映画化された『サイダーハウス・ルール』では自ら脚本を手がけ、アカデミー賞最優秀脚色賞を受賞。その他の作品に『ホテル・ニューハンプシャー』『オウエンのために祈りを』『また会う日まで』『あの川のほとりで』『ひとりの体で』など。デビュー以来半世紀、19世紀小説に範を取った長大な小説をつぎつぎと発表。現代アメリカ文学を代表する作家。

筒井正明

ツツイ・マサアキ

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