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AI監獄ウイグル

ジェフリー・ケイン/著 、濱野大道/訳

1,100円(税込)

発売日:2024/03/28

  • 文庫
  • 電子書籍あり

中国新疆ウイグル自治区は「地獄」になった――衝撃のノンフィクション。

中国新疆ウイグル自治区には、ホロコースト以来、史上最大規模の少数民族の強制収容所が作られた。収容されるのは、AIに将来犯罪者になると「予想」された無実の人たち。数百万台の監視カメラ、身分証のスキャン、SNSからのデータ収集……テクノロジーを駆使した監視網が、ウイグル人への弾圧を強めていく。そしてその先に待つのは――。丹念な取材で隠された真実に迫る衝撃のノンフィクション。

目次
注記 調査方法について、ウイグル族と漢族の名前について
プロローグ その暗黒郷を“状況”と呼ぶ
監視員が家に出入りして、移動はIDスキャンで記録される。
第1章 中国の新たな征服地
新疆を訪れた著者は監視され、画像データを消去させられる。
第2章 国全体を監視装置に
警察国家への3ステップ。テクノロジーにより国を支配する。
第3章 ウイグル出身の賢い少女
メイセムは、北京の一流大学に通って、外交官を夢見ていた。
第4章 中国テック企業の台頭
民間IT企業、政府、軍による新たな軍産複合体が誕生する。
第5章 ディープ・ニューラル・ネットワーク
顔認証と音声認証。政府が強固な監視システムを完成させた。
第6章 「中国を倒せ!」「共産党を倒せ!」
漢族への抗議運動が発生。当局は、市民たちに襲いかかった。
第7章 習近平主席の“非対称”の戦略
先進技術によって一帯一路構想を実現させて、“超大陸”へ。
第8章 対テロ戦争のための諜報員
海外のウイグル人たちが次々と“テロリスト”にされていく。
第9章 「政府はわたしたちを信用していない」
メイセムはトルコの大学院へ進学。一時帰国し異変を感じる。
第10章 AIと監視装置の融合
中国政府は履歴を使い、個人の信用度をランク付けし始めた。
第11章 このうえなく親切なガーさん
メイセムの実家にはカメラが設置され、DNAも採取された。
第12章 すべてを見通す眼
新疆ではAIによる“未来の犯罪者”のあぶり出しが始まる。
第13章 収監、強制収容所へ
強制収容所でメイセムを待ち受けていたのは洗脳教育だった。
第14章 強制収容者たちの日常
24時間絶え間なく、カメラや床のセンサーで監視されている。
第15章 ビッグ・ブレイン
男はメイセムに対し「きみとわたしだけの会話だ」と言った。
第16章 ここで死ぬかもしれない
メイセムは中国を脱出し自由を獲得する方法を考えるが……。
第17章 心の牢獄
トルコに着いたメイセムは、別人のように変わり果てていた。
第18章 新しい冷戦
米中間の貿易戦争。中国企業が国家機関に成り代わっていく。
第19章 大いなる断絶
アメリカで中国が問題視される一方、中国に支援を望む国も。
第20章 安全な場所など存在しない
アメリカとトルコの対立で、トルコ国内も危険になっていく。
エピローグ パノプティコンを止めろ
AIは、中国だけでなく世界中で人々を監視、誘導している。
謝辞
解説 阿古智子

書誌情報

読み仮名 エーアイカンゴクウイグル
シリーズ名 新潮文庫
装幀 Future Publishing/カバー写真、Getty Images/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 480ページ
ISBN 978-4-10-240481-2
C-CODE 0136
整理番号 ケ-18-1
ジャンル 社会学、思想・社会
定価 1,100円
電子書籍 価格 1,100円
電子書籍 配信開始日 2024/03/28

書評

大陸最深部で繰り広げられる悲劇の実態をつかむ

安田峰俊

 2021年末、私は中国の駐大阪総領事の動向を50日近くにわたり追いかけた。この人物はツイッター上で人権団体アムネスティを「害虫」と呼んではばからないなど、過激な言動で知られる。もちろん、彼いわくウイグル問題は「アメリカなどによる卑劣なでっち上げ」だ。私は総領事館内で本人にインタビューした後、あたかも親中派の記者のように振る舞って、彼と館員たちの行動を追跡した。
 結果は驚くべきものだった。周囲の証言や彼らの言動から判断する限り、中国駐大阪総領事館は、私の素性をろくに調べずに館内に立ち入らせ、取材を受けた可能性が高かった(なお、私は2014年に新疆ウイグル自治区の現地取材で一日に4回拘束されたり、2021年に習近平ファミリーの個人情報を暴露したハッカー集団のインタビューをおこなったりと、中国当局に都合のいい仕事はめったにしないライターで、天安門事件に関する著書が代表作だ)。
 さらに、中国の総領事館員たちのプライベートなSNSアカウントや連絡先も複数特定できた。ある若手外交官は、フェイスブックのアカウントに「鍵」(関係者のみに公開する機能)を掛けず実名で利用しており、本人の友人関係に加えて、婚約者の顔と名前と学歴、さらにプロポーズの日時まで不特定多数に丸わかりだった。また別の幹部外交官も、子どもの顔と年齢、さらに両親の顔まですべて筒抜けだった――。
 こうした話を意外に感じるか、言わずもがなと思うか。その人の中国理解が試されるだろう。
 近年、中国について「サイバー監視国家」というイメージが西側社会で定着した。従来のちょっと間抜けでキッチュな中国像は薄れ、冷戦期のソ連さながらの不気味で非人間的なハイテク独裁帝国のイメージが急速に強まった。
 もちろん、私も現代中国のそうした面は否定しない。ただ、中国社会を把握する上で忘れてはならないのが「雷声大、雨点小」(雷音ばかりで雨は少ない)、すなわち掛け声ばかりの見掛け倒しの物事の多さだ。いわゆる“カタログスペック”の強大さと、運用の実態や人員の規律レベルが大きく乖離している事例は、日清戦争前に東アジア最強の海軍力を誇りながら日本海軍に破れた清の北洋艦隊の故事を引くまでもなく、中国では往々にしてみられる。
 事実、たとえば数年前に「善き国民」を選別する中国のディストピア的国民管理システムとして日本でも話題になった社会信用スコア制度は、行政の現場ではあまり有効に機能していない。中国がコロナ封じに比較的成功した理由も、日本でしばしば語られるデジタル独裁体制や「ドローンで消毒液を散布」といった最新技術ゆえではなく、実際は地域の社区(町内会)レベルの党関連組織による草の根活動の影響が大きい(高口康太『中国「コロナ封じ」の虚実:デジタル監視は14億人を統制できるか』参照)。中国外交官たちの情報セキュリティ意識が、本邦と比較しても相当な“ザル”であることも、すでに書いた通りだ。
 本書『AI監獄ウイグル』が描くように、中国においてウイグル族らの少数民族を対象とした深刻な人権抑圧が存在すること、サイバー技術の普及で監視社会化が大幅に進んだこと自体は事実だ。その両者が複合し、被抑圧者にいっそう過酷な状況が生じたのも確かである。ただ、事態の実際の程度や規模がいかほどか。監視システムがどこまで堅牢で、外からのイメージほど先進的かつシステマティックなのかは、管見では慎重に検討するべき余地がまだ多く残ると思える(もちろん、私がこう考えるのは「中国への配慮」が理由ではなく、リスクの性質と規模はより正確に見積もられるべきだと思うからだ)。
 近年の中国の真の危うさとは、当事者側は必ずしも「民族絶滅」や徹底した国民監視体制の実現について確信犯的な意識を持っているとは限らず、むしろ体制維持のための国内世論向けのアピールや、個々の官僚が保身や出世のために取っているだけの行動が(新疆における強制収容所の設置にもそうした面がある)、自国の急速な強大化や中国共産党特有の秘密主義のせいで他国から本来の意図以上に深読みされ、疑惑と警戒を招いている点にこそありはしないか。そこに、往年のジャパン・バッシングの構図とも通じる、欧米ジャーナリズムの東アジアに対する文化的理解の弱さとオリエンタリズムが加われば、おどろおどろしい「サイバー監視国家」中国の姿は容易に立ち現れる。もちろん、そうした描き方も事実の一面を反映してはいるが、私はその一歩先を知りたい。
 本書は、近年の欧米社会における中国の描かれ方のステレオタイプなセオリーを踏まえた上で、新疆の人権弾圧問題とサイバー監視社会の恐怖を描く。普通の聡明な若い女性がAIによって「目をつけられる」。登場するメイセムら、ウイグルの人々へのインタビューは貴重だろう。
 コロナ禍で海外渡航が大幅に制限されるなか、中国大陸の最深部で繰り広げられる悲劇の実態をつかむことは容易ではない。その問題の度合について、またそもそもの理由について、先入観や情緒的な高ぶりを排して論じることがいかに大変か。本書は視点のひとつを提供する一冊だ。

(やすだ・みねとし ルポライター)

波 2022年2月号より
単行本刊行時掲載

悪魔の技術が実現させた恐るべきディストピア

池上彰

新疆全体に出現した“デジタルの牢獄”の実態と米中テック企業の暗躍を圧倒的なスケールで描き出した本格ノンフィクションがついに発売。賞賛、驚愕の声、続々!

 2021年末、私は中国の駐大阪総領事の動向を50日近くにわたり追いかけた。この人物はツイッター上で人権団体アムネスティを「害虫」と呼んではばからないなど、過激な言動で知られる。もちろん、彼いわくウイグル問題は「アメリカなどによる卑劣なでっち上げ」だ。私は総領事館内で本人にインタビューした後、あたかも親中派の記者のように振る舞って、彼と館員たちの行動を追跡した。
 結果は驚くべきものだった。周囲の証言や彼らの言動から判断する限り、中国駐大阪総領事館は、私の素性をろくに調べずに館内に立ち入らせ、取材を受けた可能性が高かった(なお、私は2014年に新疆ウイグル自治区の現地取材で一日に4回拘束されたり、2021年に習近平ファミリーの個人情報を暴露したハッカー集団のインタビューをおこなったりと、中国当局に都合のいい仕事はめったにしないライターで、天安門事件に関する著書が代表作だ)。
 さらに、中国の総領事館員たちのプライベートなSNSアカウントや連絡先も複数特定できた。ある若手外交官は、フェイスブックのアカウントに「鍵」(関係者のみに公開する機能)を掛けず実名で利用しており、本人の友人関係に加えて、婚約者の顔と名前と学歴、さらにプロポーズの日時まで不特定多数に丸わかりだった。また別の幹部外交官も、子どもの顔と年齢、さらに両親の顔まですべて筒抜けだった――。
 こうした話を意外に感じるか、言わずもがなと思うか。その人の中国理解が試されるだろう。
 近年、中国について「サイバー監視国家」というイメージが西側社会で定着した。従来のちょっと間抜けでキッチュな中国像は薄れ、冷戦期のソ連さながらの不気味で非人間的なハイテク独裁帝国のイメージが急速に強まった。
 もちろん、私も現代中国のそうした面は否定しない。ただ、中国社会を把握する上で忘れてはならないのが「雷声大、雨点小」(雷音ばかりで雨は少ない)、すなわち掛け声ばかりの見掛け倒しの物事の多さだ。いわゆる“カタログスペック”の強大さと、運用の実態や人員の規律レベルが大きく乖離している事例は、日清戦争前に東アジア最強の海軍力を誇りながら日本海軍に破れた清の北洋艦隊の故事を引くまでもなく、中国では往々にしてみられる。
 事実、たとえば数年前に「善き国民」を選別する中国のディストピア的国民管理システムとして日本でも話題になった社会信用スコア制度は、行政の現場ではあまり有効に機能していない。中国がコロナ封じに比較的成功した理由も、日本でしばしば語られるデジタル独裁体制や「ドローンで消毒液を散布」といった最新技術ゆえではなく、実際は地域の社区(町内会)レベルの党関連組織による草の根活動の影響が大きい(高口康太『中国「コロナ封じ」の虚実:デジタル監視は14億人を統制できるか』参照)。中国外交官たちの情報セキュリティ意識が、本邦と比較しても相当な“ザル”であることも、すでに書いた通りだ。
 本書『AI監獄ウイグル』が描くように、中国においてウイグル族らの少数民族を対象とした深刻な人権抑圧が存在すること、サイバー技術の普及で監視社会化が大幅に進んだこと自体は事実だ。その両者が複合し、被抑圧者にいっそう過酷な状況が生じたのも確かである。ただ、事態の実際の程度や規模がいかほどか。監視システムがどこまで堅牢で、外からのイメージほど先進的かつシステマティックなのかは、管見では慎重に検討するべき余地がまだ多く残ると思える(もちろん、私がこう考えるのは「中国への配慮」が理由ではなく、リスクの性質と規模はより正確に見積もられるべきだと思うからだ)。
 近年の中国の真の危うさとは、当事者側は必ずしも「民族絶滅」や徹底した国民監視体制の実現について確信犯的な意識を持っているとは限らず、むしろ体制維持のための国内世論向けのアピールや、個々の官僚が保身や出世のために取っているだけの行動が(新疆における強制収容所の設置にもそうした面がある)、自国の急速な強大化や中国共産党特有の秘密主義のせいで他国から本来の意図以上に深読みされ、疑惑と警戒を招いている点にこそありはしないか。そこに、往年のジャパン・バッシングの構図とも通じる、欧米ジャーナリズムの東アジアに対する文化的理解の弱さとオリエンタリズムが加われば、おどろおどろしい「サイバー監視国家」中国の姿は容易に立ち現れる。もちろん、そうした描き方も事実の一面を反映してはいるが、私はその一歩先を知りたい。
 本書は、近年の欧米社会における中国の描かれ方のステレオタイプなセオリーを踏まえた上で、新疆の人権弾圧問題とサイバー監視社会の恐怖を描く。普通の聡明な若い女性がAIによって「目をつけられる」。登場するメイセムら、ウイグルの人々へのインタビューは貴重だろう。
 コロナ禍で海外渡航が大幅に制限されるなか、中国大陸の最深部で繰り広げられる悲劇の実態をつかむことは容易ではない。その問題の度合について、またそもそもの理由について、先入観や情緒的な高ぶりを排して論じることがいかに大変か。本書は視点のひとつを提供する一冊だ。

(やすだ・みねとし ルポライター)

波 2022年2月号より
単行本刊行時掲載

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著者プロフィール

アメリカ人の調査報道ジャーナリスト/テックライター。アジアと中東地域を取材し、エコノミスト誌、タイム誌、ウォール・ストリート・ジャーナル紙など多数の雑誌・新聞に寄稿。2020年発表のデビュー作SAMSUNG RISING:The Inside Story of the South Korean Giant That Set Out to Beat Apple and Conquer Tech(『サムスンの台頭』[未訳])はフィナンシャル・タイムズ紙とマッキンゼー社が主催するビジネス本大賞候補に選ばれた。

X (外部リンク)

濱野大道

ハマノ・ヒロミチ

翻訳家。ロンドン大学・東洋アフリカ学院(SOAS)卒業、同大学院修了。訳書にレビッキー&ジブラット『民主主義の死に方』、ホールズ『異常殺人』、ロイド・パリー『黒い迷宮』『津波の霊たち』、グラッドウェル『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』などがある。

判型違い(単行本)

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