
絞首台のある庭─私立探偵マニー・ムーン─
990円(税込)
発売日:2026/06/24
- 文庫
名家を揺るがす遺産相続問題、命を狙われる美女。探偵ムーンが難事件に挑む初の長篇!
探偵ムーンのもとに美しき依頼人グレースが訪ねてくる。富豪の父を事故で失くし莫大な遺産が彼女と兄に遺されるはずだが、兄は失踪し、グレースの身には不可解な事故が続いていた。ボディガードを依頼されたムーンは一族の屋敷に乗り込むが、そこには疑わしい人物が勢揃いしていた! 正統派ハードボイルドに本格謎解きの魅力を備えたムーンの活躍が存分に楽しめる、初の長篇ミステリー。
書誌情報
| 読み仮名 | コウシュダイノアルニワシリツタンテイマニームーン |
|---|---|
| シリーズ名 | 新潮文庫 |
| 装幀 | 柳智之/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
| 発行形態 | 文庫 |
| 判型 | 新潮文庫 |
| 頁数 | 448ページ |
| ISBN | 978-4-10-240882-7 |
| C-CODE | 0197 |
| 整理番号 | テ-27-2 |
| ジャンル | 文学・評論 |
| 定価 | 990円 |
書評
謎解き要素満載、待望の第一長篇登場
古いミステリの復刊を手がけていると、マニアの読者から、「埋もれた名作なんてものはないですよ」と言われることが、たまにある。それは一面ではその通りで、ほとんどの小説は、発表当時に雑誌や単行本で数千人の読者の目に触れている訳だから、本当に優れた作品は評価され、読み継がれ、やがて古典となっていく。
しかし、一定の評価を得た作家でも、ずっと売れ続けることは困難で、例えば横溝正史、山田風太郎、皆川博子らにも、主要作品が新刊書店で入手できない時期が、十年単位であったのだ。
つまり、どんな優れた作品でも「埋もれる」可能性は常にあるし、それを再び世に問おうと考える編集者の熱意がなければ、「埋もれた」ままになってしまうのである。
海外ものはさらに一段ハードルが高く、昭和の頃にはそれなりに訳されていた作家でも、翻訳の供給が止まってしまうと、そのまま「埋もれて」しまいがちだ。
二十一世紀に入ってから、ジェラルド・カーシュやデイヴィッド・イーリイの短篇集が新たに刊行され、再評価につながったのは記憶に新しいが、それも彼らがいったんは「埋もれて」しまっていたからである。
その意味で、新潮文庫で2022年から始まった《海外名作発掘HIDDEN MASTERPIECES》シリーズには注目していたし、その打率の高さに驚愕もしていた。
このシリーズで2025年7月に刊行されたのが、リチャード・デミングの連作中篇集『私立探偵マニー・ムーン』であった。デミング名義では1963年にハヤカワ・ポケット・ミステリから出た『クランシー・ロス無頼控』しか訳書がなく、名前を記憶しているマニアも、ハードボイルドの作家だと認識していたはずだ。
元プロボクサーの私立探偵マンヴィル(マニー)・ムーンは、戦争で片足を失い義足を着けている。カジノ〈エル・パティオ〉の凄腕ディーラーでマニーの元婚約者の美女ファウスタ・モレニ、元金庫破りのジャッキー・モーガン、殺人課のウォーレン・デイ警視といった面々とともに、マニーは持ち込まれた事件の解決に当たっていく。
経歴からして当然だが、マニーは腕っぷしも強く、ギャングとの荒事も平然とこなす。典型的なハードボイルド小説の設定だが、このシリーズが特異なのは、各エピソードが、あまりにもトリッキーだったことだ。
密室やアリバイといった不可能犯罪のオンパレードで、最後はマニーが関係者を集めて真犯人を名指しするのだから、私立探偵小説であると同時に名探偵ものでもある。
私が北上次郎、杉江松恋の両氏と創元推理文庫で編んだ《日本ハードボイルド全集》(全7巻)の解説でも、再三指摘しておいたが、本格ミステリとハードボイルドは、正反対のジャンルのように見えるが、決して対立概念ではなく、どちらの要素も兼ね備えた傑作は少なくない。
日本では都筑道夫の西連寺剛、仁木悦子の三影潤、原尞の沢崎、海外でもロス・マクドナルドのリュウ・アーチャーのように、名探偵としても活躍する私立探偵がいる。
デミングはエラリイ・クイーンの合作チームにも参加して、十作の長篇を担当。うち一冊は『摩天楼のクローズドサークル』として原書房から邦訳が出ている。本格ミステリのテクニックに長けているのも納得なのである。
『私立探偵マニー・ムーン』は昨年末の宝島社「このミステリーがすごい!」で海外編一位、原書房「本格ミステリ・ベスト10」で同三位にランクインという快挙を達成した。
今回、新潮文庫から刊行される『絞首台のある庭』は1952年の作品で、デミングの長篇第一作。『私立探偵マニー・ムーン』所収の中篇七本は、1948年から1951年に発表されたものなので、そのまま続篇として楽しめる。
マニーの事務所を訪ねてきた十九歳の大学生グレース・ローソンは、最近、何者かに命を狙われているという。馬の腹帯に切れ込みが入れられていたり、ミルクに毒が入っていたり、上から大きな植木鉢が落ちて来たり──。
彼女は二十一歳になったら、兄のドンとともに莫大な遺産を受け継ぐことになっているのだという。同居の家族はグレース、ドン、継母のアンの三人だけだが、ローソン家には多くの人間が出入りしており、犯人を特定できない。
グレースの婚約者アーノルド、叔父のダグラス医師、顧問弁護士のジョナサン、元運転手のヴァンス……。遺産相続を巡るクリスティばりの謎解きと、ギャングと戦うアクションが融合して、今回も圧倒的な面白さだ。
何とも魅力的な「私立探偵マニー・ムーン」シリーズ、1953年以降の作品も、ぜひ、続けて新潮文庫で刊行していただきたいと思う。
(くさか・さんぞう ミステリ研究家/アンソロジスト)
著者プロフィール
リチャード・デミング
Deming,Richard
(1915-1983)1940年代後半のパルプ雑誌から1980年代初頭まで犯罪小説を書き続けた職人作家。のちにノンフィクションも数冊執筆し、好評を得た。《マンハント》初期や《アルフレッド・ヒッチコックズ・ミステリマガジン》に数多く寄稿し、さらにはペイパーバック作家として「刑事スタスキー&ハッチ」などの人気TVドラマのノヴェライズを手掛けた。また、エラリー・クイーン・チームのオリジナル作品も執筆。
田口俊樹
タグチ・トシキ
1950(昭和25)年、奈良市生れ。早稲田大学卒業。ブロックの“マット・スカダー・シリーズ”をはじめ、ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』、チャンドラー『長い別れ』、デミング『私立探偵マニー・ムーン』、コーベン『エージェントは二度推理する』、ウィンズロウ『ファイナル・スコア』など訳書多数。


































