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だけどぼくらはくじけない―井上ひさし歌詞集―

井上ひさし/著 、町田康/編

2,200円(税込)

発売日:2023/03/29

  • 書籍

泣くのはいやだ、笑っちゃおう! 懐かしい心のうたがよみがえる。

「ひょっこりひょうたん島」「ひみつのアッコちゃん」「ムーミン」などのアニメソングから2000年代の劇中歌まで、井上ひさしが書き続けた600を超える歌から63曲を厳選。江戸期、明治、大正、昭和、平成と泣き笑いしながら逞しく生きた日本人の声を甦らせる、初の歌詞集。編者・町田康の出色のエッセイ6本を付す。

目次
ひょっこりひょうたん島
テーマソング
思っただけでは、罪じゃない
オレ台所が大好きさ
一つの山に雨がふる
魔女の一週間
わたしたちのふるさと
幸せはレインコート
小さな公園――都市計画の歌
ドコンジョ婆さんのテーマ
ひとりじゃない
エッセイ1 生き延びていく意志 町田康
きみの住む谷間
おそ松くんかぞえ歌
忍者ハットリくん
ひみつのアッコちゃん
すきすきソング
長靴をはいた猫
ムーミンのテーマ
さよならムーミン
蝶々のワルツ
何からできているんだろう
ぞうたちのうた
ひかりやさしき あさのひろば
エッセイ2 昔住んでいた場所 町田康
決して死んではならぬのだ
浅草の道草
十人のコメディアン
ゲバゲバおじさんの歌
平賀源内一代記
てがき あがき もがき
両国は地獄
ズムズムリズム
ぜんぜんブルース
なのだソング
ふゆよこい どんとこい
もうおわるんだ
都会はいいぜ
エッセイ3 生のエネルギー 町田康
ことば・ことば・ことば
なぜおれたちだけが選ばれたのか
骨さらせソング
流れ山越え節
藪原検校のテーマ
黒白餅合戦 囲炉裏ヶ浦の戦い
ことば・ことば・ことば
べたりべたべた
雨が降るたび ある出稼ぎ農民の歌える……
サイザンスソング
盗みましょうよ
紅花べにはな口説くどき
エッセイ4 言葉に惑わされ 町田康
吉里吉里人
坊主坊主 名ばかぢ坊主
ダス トモネ
共同結合一人娘
吉里吉里甚句
ねんねんころりよ おころりよ
わたしゃ十六 綿吹き娘
わたしは午後に死にたくない
吉里吉里国歌
エッセイ5 訛で書かれた歴史 町田康
わたしたちのこころ
一人旅してお空を見れば
探偵うどん
世が世であればソング
わたしたちのこころは あなのあいたいれもの
文字よ 飛べ飛べ
新橋ワルツ
三代目ソング
まかふしぎなパジャマ
なぜか……
豊多摩の低い月
蟇口ソング
エッセイ6 祈り続ける人間 町田康
編者あとがき
収録作一覧

書誌情報

読み仮名 ダケドボクラハクジケナイイノウエヒサシカシシュウ
装幀 南伸坊/装幀
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-302335-7
C-CODE 0092
ジャンル 文芸作品
定価 2,200円

書評

作詞の愉快

池澤夏樹

 井上ひさしは言葉の泉である。
 はじめちょろちょろ、中ぱっぱ、あげくの果ては大洪水。「魔法使いの弟子」状態に至る。
 言葉から言葉への八艘跳びで、その跳躍の筋力のもとは音の響き(つまり韻)であり、意味の連想であり、類語連鎖であり、パロディー力だ。留まるところを知らない。
 駄洒落、地口、秀句、縁語、みな日本の文芸に古代から伝わる技法だ。六歌仙から戯作者まで、文芸職人たちはいわば言葉のジャグラーである。いつでも手の上で言葉のお手玉をしている。
 百人一首、小式部内侍の「大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立」は三十一字のうちの十五字が地名、そこに「行く」と「文」の掛詞。超絶技巧と言える。
 この歌には背後にエピソードがある。若い歌人の母は和泉式部、歌の名手として世に聞こえていた。さる歌合に出た娘は母の代作を出すのではないかと疑われる。母は遠い天の橋立にいる。「お母さんから手紙は来ましたか」という邪推を即興で打ち返した機知。相手は返歌もせずに逃げたと。
 言葉は制度に先行する。だから言葉は自由だ。
 伝永井荷風の短篇「四畳半襖の下張」をめぐるワイセツ云々の裁判でひさしさんは丸谷才一さんに選ばれて証人席に立った。そこで自分はテレビの時報で「精工舎の時計が十二時を……」と言うのを聞いてすぐ「性交者」という言葉を連想する者であると言った。一事が万事。だから本書にあるとおり「思っただけでは、罪じゃない」のだ。官憲に脳内の妄想を取り締まる権限はない。
 うまい言葉は人の頭に住み着く。節がついていると耳に住み着く。英語では耳の虫イヤワームと言う。だから「すきすきソング」の歌詞を見たとたんにアッコちゃんがぼくの耳に襲来して、たぶんこれから数日は離れないだろう。まこと迷惑である。
 ひさしさんは、笑いのめす、洒落のめす、茶化す、茶にする。ひさしさんは思い詰めない。悩まない。すなわち「泣くのはいやだ笑っちゃおう」の精神(「ひょっこりひょうたん島」のテーマソング)である。笑いの連鎖反応を使って世間を活性化する。これが世間であって社会ではないところが大事。人間くさいのだ。
 真面目になっても「吉里吉里国歌」まで。これは凜々しい。そして東北方言を堂々と用いるところは宮沢賢治の流れを汲むもので、その一方、『國語元年』の主人公南郷清之輔の努力をひっくり返すものだ。
 で、その国歌――

づんまんなごはァすんずがで
はんなすづこんごろはァ真っぐで
おとげえこんごろざすはァかんだくて
くんづびるれんはァ厚えんだちゃ

吉里吉里人は眼はァ澄んで
ぺたとゆんめはァふぐれでで
のんぞみはァおっきくて
女性器べちょこりょはァ練れでえんだちゃ

 ふふふ、国歌に「だんべ」と「べちょこ」が出てくるところがひさしさんの本領。

 パロディーではひさしさんには敵わない。それを承知で自作を披露しておこう――

わたしがおねむに なったとき
やさしくねんねん こもりうた
うたってねかせて くださった
ほんとにやさしい おかあさま

おまえがぐずぐず おきてると
わたしといとしい おとうさま
たのしいことが できません
さっさとねなさい バカむすめ

(いけざわ・なつき 作家)
波 2023年4月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

井上ひさし

イノウエ・ヒサシ

(1934-2010)山形県生れ。上智大学文学部卒業。浅草フランス座で文芸部進行係を務めた後、「ひょっこりひょうたん島」の台本を共同執筆する。以後『道元の冒険』(岸田戯曲賞、芸術選奨新人賞)、『手鎖心中』(直木賞)、『吉里吉里人』(読売文学賞、日本SF大賞)、『腹鼓記』、『不忠臣蔵』(吉川英治文学賞)、『シャンハイムーン』(谷崎潤一郎賞)、『東京セブンローズ』(菊池寛賞)、『太鼓たたいて笛ふいて』(毎日芸術賞、鶴屋南北戯曲賞)など戯曲、小説、エッセイ等に幅広く活躍した。2004(平成16)年に文化功労者、2009年には日本藝術院賞恩賜賞を受賞した。1984(昭和59)年に劇団「こまつ座」を結成し、座付き作者として自作の上演活動を行った。

町田康

マチダ・コウ

1962(昭和37)年大阪府生れ。町田町蔵の名で歌手活動を始め、1981年パンクバンド「INU」の『メシ喰うな!』でレコードデビュー。俳優としても活躍する。1996(平成8)年、初の小説「くっすん大黒」を発表、同作は翌1997年Bunkamuraドゥマゴ文学賞・野間文芸新人賞を受賞した。以降、2000年「きれぎれ」で芥川賞、2001年詩集『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、2002年「権現の踊り子」で川端康成文学賞、2005年『告白』で谷崎潤一郎賞、2008年『宿屋めぐり』で野間文芸賞を受賞。他の著書に『夫婦茶碗』『猫にかまけて』『ゴランノスポン』『湖畔の愛』『しらふで生きる 大酒飲みの決断』「スピンク」シリーズなど多数。

OfficialMachidaKouWebsite (外部リンク)

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