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快挙

白石一文/著

1,430円(税込)

発売日:2013/04/26

  • 書籍

変質しない夫婦関係などない。罪と罰を抱き共に生きる。それこそが、結婚――。

あの日、月島の路地裏であなたを見つけた。これこそが私の人生の快挙。しかし、それほどの相手と結婚したのに五年が過ぎると、夫婦関係はすっかり変質してしまった。共に生きるためには、不実さえも許す。それこそが夫婦。そう思っていたが、すべては私の驕りにすぎなかった……。結婚の有り様をあなたに問う傑作夫婦小説。

書誌情報

読み仮名 カイキョ
雑誌から生まれた本 yom yomから生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 192ページ
ISBN 978-4-10-305653-9
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,430円

インタビュー/対談/エッセイ

波 2013年5月号より 【白石一文『快挙』刊行記念インタビュー】 夫婦であることが、夫婦

白石一文

結婚とは、夫婦とは何なのか。不実さえも許さなければならないのか。その関係に愛はあるのか――。結婚の有り様をあなたに問いかける、傑作夫婦小説、遂に誕生。

――白石さんは、これまでも様々な男女関係を小説で描いてきました。
男女関係って、永遠の謎ですよね。だから僕は恋愛を科学的に解明したくて、二人の男女が出会い、肉体関係を結ぶとはどういうことなのか、ずっと考えてきました。
それこそ恋愛小説も読みましたが、小説には、なぜその人を好きになったかは書かれていない。確かに実際、たとえば友だちに、「彼女のどこが好きになったの」と尋ねても、明確な答えを得られないことが多く、むしろ返ってくる時の方が、先行きに危ういものを感じたりします。つまり小説はこの現実に委ねて、その部分を割愛しているんですね。
そこで僕は、恋愛にはその背景に運命的な仕掛けがあると考えました。「出会うべくして出会った」とか、「自分が生きてきた年月では説明のつかない何かがある」とか、理由なんてないけれど、出会ってしまったら自動的に眠っていた機能が発動して互いに惹かれ合い、たとえ周りが引き離そうとしても離れることはできず、恋愛に墜ちてしまう。そういう相手が世界中に何人かいるのではないかと。それは何故だろうと突き詰めたら、前世からの縁ではないかと思い至り、そういうことを小説に書いてきました。けれども、今回の小説では全く違うことを書きました。
――『快挙』は白石さん初の夫婦小説です。
結婚は恋愛と地続きのように思われがちですが、まるで違う現象です。似ているけれど全く違う列車に乗っているようなもので、恋愛することと結婚を継続することは全く違います。
実は僕は、結婚に失敗しています。妻とは十三年くらい一緒にいたのですが、結婚生活を継続することができませんでした。一方で、たまたまなのかもしれませんが、四半世紀以上も結婚という共同生活を継続している人もいます。
出会った頃は恋愛感情があるかもしれませんが、数年経てばそれも消えますよね。それでも、子どもがいるからとか、社会的に便利だからとか、色々な理屈をつけて一緒にいる。そうまでして継続する結婚生活とは何なのか、そして、なぜ一緒にいられるのか、そこから生まれる繋がりとは何なのかを考えながら、この小説に取り組みました。
――本作では一組の夫婦を描いていますが、モデルとなる夫婦はいるのでしょうか。
僕の両親のことを一部書いています。ちなみに、小説の中で主人公の二人が出会う場面は、両親の出会いそのものです。当時、僕の母は小料理屋の女将をしていて、開店前にお店の二階の窓から顔を出した時、たまたま父がその前を通りかかって、七歳年上の母を見つけたそうです。その時、父は母を一目見てすごく疲れてるなと感じ、その晩すぐにお店を訪れ、その次は、自分の小説を持参して母に読んでくれと言ったらしいんですよ。
この話を、母は決して語りません。ですから、父からしか聞いていないのですが、当時の母は三人の弟の面倒を見終えたばかりで、そんな時に年下の男が現れたものだから、四人目の弟のように思ってしまったのかもしれませんね。また母は、本が好きだったので、持ってきた小説を面白く感じて、結婚してしまったのでしょう。
それから母は父が小説家として芽が出るまで、ずっと支えるわけですが、ようやく売れてきた矢先、父は突然出奔してしまいます。当然のごとく、僕と弟は離婚を進言しましたが、母は別れない。僕はすでに結婚していましたが、なぜ母が別れないのか分からなかった。しかし、今から考えれば、僕の意見は若気の至りだったんですね。
――なぜ、ご両親は別れなかったのでしょうか。
小説の中に、夫が新人賞に応募した原稿がゲラになった時、妻が神棚において拝む場面がありますが、あのような出来事をずっと積み重ねて両親は生きてきたわけです。若い頃から、良いことも悪いこともすべて共にしてきて、二人にしか分からない符丁ができて、そういう経験が共有されすぎて取れない。母しか知らない父がいて、それを忘れられない。つまり、昔の出来事ですが、母の中で終わったことではないんです。僕たちの身体は中身の細胞は入れ替わりかつての細胞を失っていますが、姿形は変わらず、それが自分ですよね。それと同じで、過去の思い出も自分で、今なんです。
夫婦って、食べるものも排泄する場所も同じで、病気をしたら看病もして、いつでも常に一緒にいます。そのようにして積み上げた一人だけではない歴史は夫婦にしか作れませんし、それはなくならない。夫婦であることの意味は、夫婦であることなのかなと、僕は思います。夫婦であり続けることこそが、夫婦なんです。
もちろん、ずっと恋愛状態を継続していけたらいいですが、それは夢のようなもので、現実はそうではありません。出がらしのお茶のような関係になって当然なんです。しかし、出がらしになっても毀損することのかなわない何かこそが結婚。ものすごく好きだということと全く違う価値観で、ずっとある一人の人と一緒にいつづけることが結婚なんです。僕も、五十歳を過ぎてわかるようになったわけですが、最近は夫婦関係というのは人間のただならない発明なんじゃないかと思いますね。
――結婚が発明とは斬新な考え方ですね!
人生は、限りなく退屈なんです。驚くほど退屈な時間を支えるための装置か流儀を人間が必死に考えた結果、少なくとも発狂せず、人様を傷つけないための安全弁として、結婚を発明したのではないかと、ね。結婚相手のことを空気のような存在とよく言いますが、実に言い得て妙で、なくてもいいような気もするけど、ないと困ってしまう。一緒にいることに最低限の価値があって、それが大事なことなんです。言葉で言えば平仮名、建物で言えば地面、そういう存在ですね。
――それでも離婚を選択する人もいます。なぜ、離婚するのでしょうか。
この結婚は長く続かないと見切りをつけて、離婚するわけですよ。気が付いていないだけで、皆、結婚とは、ずっと一緒にいることだと思っているから、一緒にいられなくなると思った時に、別れるんです。
でも、五~十年くらい結婚生活を送った人は「結婚なんて二度とごめんだ」とその時は言っていても、ほとんど再婚しています。やっぱり人間って、一人では生きられない動物で、誰かと一緒にいたいのでしょうね。とは言え、五十歳を過ぎて相手を探すのはとても大変。だから、若い時に手に入れた相手と一緒に生きていこうとするんです。子どもは長く逗留してくれるお客さんで、いつか必ず離れていきます。すると残るのは、役に立たない伴侶だけ。それでも一人でいるよりは、いいんじゃないんですかね。
僕は失敗しましたし、あまり僕らしくない意見なんですが、一度結婚したら、別れないほうがたぶん、いい。多少の不満があっても、我慢した方がいいんですよ。年を取ったから、わかるような気がするんです。俯瞰して物事を考えると、結婚は大事なんじゃないですかね。
――たとえ、裏切りがあったとしてもですか?
同じではない、うっすらと違う毎日を過ごすためには、結婚は本当によくできたシステムですが、揉め事、背信、そういうことが案外、結婚生活のガス抜きになっているのかもしれませんよ(笑)。
しかしですよ、たとえばもしペットが夫や妻の役割を果たしてくれるのなら、結婚しなくてもいいかもしれませんね……。僕は三十歳の時に猫と出会ったわけですが、もっと若い時にペットという存在と出会い、その子がもし奥さんと同じくらい長生きしてくれて、サイズも人間くらいだったら、結婚しなかったかもしれません。
――子どもはいなくてもいいんですか?
もちろん、生殖活動は別ですけどね。そもそも僕は、子どものいない男女関係が夢でした。子どもは可愛いけれども、産まれるとどうしても関係性は変わってしまいます。希にみかける子どものいない夫婦は楽しそうに見えますし、老後の頼りになると言っても、結局、親は子どもに自分の都合を押しつけることはできないでしょう。
そうすると、やはり一番大事にすべきは配偶者ですよね。そして、次は友だち。一人になってしまったら、同性の同世代の友だちと助け合って生きて行くしかない。それはそれですごくいいですよ。たまに一人になりたくなる時もありますが、やはり、人間は一人では生きていけないと思います。
――最後に、読者のみなさんにメッセージをお願いします。
夫婦関係は不思議です。仲の良い夫婦もそうでない夫婦も『快挙』を読んだら、改めて自分たちも夫婦に所属しているということを、感じていただけるのではないかと思います。夫婦関係は男性にとっても女性にとっても、日頃感じているよりも大事なものなんです。

(しらいし・かずふみ 作家)

著者プロフィール

白石一文

シライシ・カズフミ

1958(昭和33)年、福岡県生れ。早稲田大学政治経済学部卒業。文藝春秋勤務を経て、2000(平成12)年『一瞬の光』でデビュー。2009年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞、2010年『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。他に『不自由な心』『すぐそばの彼方』『僕のなかの壊れていない部分』『草にすわる』『どれくらいの愛情』『この世の全部を敵に回して』『翼』『火口のふたり』『記憶の渚にて』『光のない海』『一億円のさようなら』『プラスチックの祈り』『ファウンテンブルーの魔人たち』『我が産声を聞きに』『道』など著書多数。

判型違い(文庫)

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