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九つの物語(ナイン・ストーリーズ)で呼び覚まされる、あの日の記憶――。

あなたがいる場所

沢木耕太郎/著

1,430円(税込)

本の仕様

発売日:2011/03/31

読み仮名 アナタガイルバショ
雑誌から生まれた本 yom yomから生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 254ページ
ISBN 978-4-10-327514-5
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,430円

理不尽なイジメにあう少年に前を向かせたのは、赤く染まった白い鳩。事故で娘を亡くした父親の苦しみを断ち切らせたのは、片腕のない男。バスを降りたその町で、人々は傷つき憂えながら、静かに痛みを超える――。多くのノンフィクションで、孤独の深さと出会いの輝きを紡いできた著者だから描けた、初の短編小説集。

著者プロフィール

沢木耕太郎 サワキ・コウタロウ

1947年東京生れ。横浜国立大学経済学部卒業。ほどなくルポライターとして出発し、鮮烈な感性と斬新な文体で注目を集める。1979年『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、1982年に『一瞬の夏』で新田次郎文学賞。その後も『深夜特急』や『檀』など今も読み継がれる名作を次々に発表し、2006年『凍』で講談社ノンフィクション賞を、2014年に『キャパの十字架』で司馬遼太郎賞を受賞している。近年は長編小説『波の音が消えるまで』『春に散る』を刊行。その他にも『旅する力』『あなたがいる場所』『流星ひとつ』「沢木耕太郎ノンフィクション」シリーズ(全9巻)などがあり、2018年9月には、25年分のエッセイを収録した『銀河を渡る 全エッセイ』を刊行した。

書評

波 2011年4月号より 「私」になるための決意

角田光代

沢木耕太郎さんの著作に短編小説集はあったろうか、と考えてみる。ないのではないか。とすると、これははじめての短編集ということになる。
おさめられた小説は、九つ。女子校に通う高校生は、両親の不仲や、ぱっとしない自分自身にもやもやとしている。離婚した母親と暮らす小学生は、ある日幼い迷子と出会う。経済官庁に勤める男性は、前の座席に座る若い女性の髪に見とれる。ピアノを弾くのが好きな小学生は、両親の都合で引っ越しをせざるを得なくなり、平凡な夫婦は、幼い娘の怪我を保育園から知らされる。
九つの小説に描かれているのは、さまざまな年齢の男女で、共通しているのは、みな、ごくふつうの暮らしを送っている、読み手の私によく似た部分を持つだれか、ということである。たとえそれが、妻子ある男性を強引に離婚させ、結婚し、今その夫の介護をしている六十代の元教師だとしても、家庭教師をしていた教え子の父親と恋愛をし、別れさせてほしいと神社で祈る若い女性であっても、みな、私に似た部分を持つだれかに思える。それは彼らの生きている時間と場所が、私とよく似た、「とくべつなことのない今とここ」ということにもよるが、それよりもさらに、静かに丹念に書きこまれた心理描写によるところが、大きいと思う。語り手が男であっても女であっても、小学生であっても老齢であっても、私たち読み手は気づかないうちに彼らに寄り添い、彼らの味わう気分を、生々しく味わっている。
これらの短編に共通するのは、ごくふつうの暮らしが書かれているということばかりではない。どの小説にも、ある決意の瞬間が描かれている。作家は、仰々しくその決意を描写したり説明したり、しない。もしかして物語の語り手たちも、自分が何か決めたことに気づいていないかもしれない。でも九人の老若男女は、くり返される日々のなかでささやかな決意をしている。
なんの決意であるか。それは、「向こう側にはいかない」ということだ。
向こう側。それは言ってみれば、生きていくのに、よりかんたんな側である。
何かつらいことがあったとき、そのことの原因かもしれない何かを、だれかを、恨み、憎むことはたやすい。恨みと憎しみはその人を救いすらする。そして、多くの人がおなじことをやっているとき、何も考えず自分もそれに倣うことはたやすい。異なることをやるのは単純に、こわい。自分の気持ちのままに行動することは、たやすい。もしかしてだれかが傷つくかもしれないという仮定だけで、その気持ちを無にすることは困難だ。
語り手のだれもが、生きていくのに、かんたんではないほうを選び取る。その決意を、あまりにも静かにしている。だれかを憎むのでなくかなしみを受け入れることを。その他大勢に混じるのではなくそれを拒絶することを。いや、語り手だけではない。彼らとすれ違うように生きる登場人物たち、警備員や、宅配の配達人や、バスに乗り合わせたちいさな男の子ですら、ささやかな決意を私たちに見せる。
そうして、思う。そっちにいくか、こっちにいくか。その二つの選択肢、分岐点は、私たちの人生にどれほど存在するのか。ものごころついたときから私たちは選ばねばならないのだ。「迷子」に登場するちいさな女の子ですら、本当の名を告げることを最後には全身で選んでいる。
自分を生きる、ということは、その連続なのだと読み終えて思った。どちらに立つか。私はたぶん死ぬまで選び続けなければならない。決意し続けなければならない。その先に、私というものがあらわれる。いや、逆だ。私というものをあらわすために、私は今日も、決意しなければならないのかもしれない。
この作家にしか醸し出せない独自の清潔感が、この短編集にもきらめいている。選ぶこと、決めることの重さを描きながら、その重量を決して読み手に預けないこの短編集を、私は是非、若い人たち、幼い人たちに勧めたい。何かを選ぶことにまだ慣れず、たった今、揺れ、戸惑っているような年代の人たちに。

(かくた・みつよ 作家)

目次

銃を撃つ
迷子
虹の髪
ピアノのある場所
天使のおやつ
音符
白い鳩
自分の神様
クリスマス・プレゼント
後記

判型違い(文庫)

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