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正欲

朝井リョウ/著

1,870円(税込)

発売日:2021/03/26

  • 書籍

生き延びるために、手を組みませんか。いびつで孤独な魂が、奇跡のように巡り遭う――。

あってはならない感情なんて、この世にない。それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ――共感を呼ぶ傑作か? 目を背けたくなる問題作か? 絶望から始まる痛快。あなたの想像力の外側を行く、作家生活10周年記念、気迫の書下ろし長篇小説。

  • 受賞
    第3回 読者による文学賞
  • 受賞
    第34回 柴田錬三郎賞
  • 映画化
    正欲(2023年11月公開)

書誌情報

読み仮名 セイヨク
装幀 菱沼勇夫「Let Me Out」2015(C)Isao Hishinuma Courtesy of Zen Foto Gallery/カバー写真、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 384ページ
ISBN 978-4-10-333063-9
C-CODE 0093
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 1,870円

書評

それでもなお、この言葉を

西加奈子

 タイトルを見た時から、嫌な予感はしていた。「正」しさと「欲」望、相反する言葉のはずなのに、どこかで納得してしまった自分は、もうきっと、色々気づいているのだろうな、と思った。気づいているのに、見ないふりをしているのだろうと。
 嫌な予感は、物語が始まってたった数ページで的中する。「多様性、という言葉が生んだものの一つに、おめでたさ、があると感じています」。「想像を絶するほど理解しがたい、直視できないほど嫌悪感を抱き距離を置きたいと感じるものには、しっかり蓋をする。そんな人たちがよく使う言葉たちです」。この時点で私はもう、これ以上読みたくないと思う。でもこの小説は、安易な逃亡を許さない。
 寺井啓喜、桐生夏月、神戸八重子、という三人が、視点を変えて登場する。啓喜は登校拒否児童を子に持つ検事で、夏月は地元のモールにある寝具店で働き、八重子は学園祭の実行委員を務める大学生だ。彼らは一見何の関わりもない人物に見える。でも、啓喜の息子である泰希が、同じように登校拒否児童である友人とYouTubeで動画配信を始めるところから、細く、不穏な糸で繋がり始める。
 泰希たちの配信動画は、小学生らしく無邪気で、取るに足らない。だが、コメント欄を開放していたことで、様相が変わってくる。水中息止め対決を、罰ゲームに電気あんまを、などという、自身のフェティシズムを満たしたい大人たちからの「リクエスト」が連投されるようになるのだ。泰希たちも、彼の親である啓喜も、その真意には気づかない。「文面があまりにも欲望そのまま」なものもあるのに、それに気づくのはそれに気づく人間だけなのだ。夏月のように。彼女はある理由から、この動画を憑かれたように見ている。
 後半は、新たに視点が加わる。夏月のかつての同級生であり、夏月と何らかの秘密を共有している佐々木佳道。八重子が思いを寄せる、ダンスサークル所属の美しい大学生、諸橋大也。彼らは、物語冒頭で、ネットニュースの記事になっている。児童ポルノ摘発で逮捕された「小児性愛者」たちとして。だが、大也は黙秘を貫き、佳道は否定している。
 彼らの欲望は何なのか。そしてその欲望は、この世界で受け入れられる欲望なのか。作中、ある人物がこう言う。
「何でお前らは常に自分が誰かを受け入れる側っていう前提なんだよ。お前らの言う理解って結局、我々まとも側の文脈に入れ込める程度の異物か確かめさせてねってことだろ」

 私は、美しい言葉が好きだ。そのうちの一つが「多様性」だった。全ての多様性を肯定したいと思ったし、全ての多様性を肯定すべきだ、と考えていた。けれど、この小説に水を差された。
 誰かが「水を差された」と思う時、その人が守ろうとしていたものは何なのだろうか。
 例えば、「皆で五輪を盛り上げようとしているときに水を差すなよ」と言う人たちがいたとして、彼らは、何を奪われたと思うのだろう。
 それは、高揚なのではないだろうか。「多様性」という言葉を使う時、私はどこかで、気持ち良さを感じていたのではないのか。
 もちろん、法律的にも倫理的にも許されないことは、絶対に許してはならない。関係性が非対称である欲望も許してはならないと思う。でも、法律的に許されていて、誰も傷つけないものであるはずなのに、それでもなお理解できない、受け入れられない欲望が、私にはある。想像できないものも含め、きっといくつもある。そしてその欲望を持つ人たち全てが、望んでそれを手にしたわけではない。それを私は、分かっていたはずだった。つまり、その全てが多様であって、その全てで多様であることを。
 それでもなお、気持ち良さを感じていた私は、きっと色々なことから目を逸らしてきたのだ。その上で、自分は何故かいつも「受け入れる側」「肯定したいと思う側」で、しかも「異物」として社会で暮らす人たちがいつも「受け入れられたい」「肯定されたい」と願っているのだと信じていた。それは特権と呼ばれること以上の、おぞましいと言っていい何かなのではないか。
 私は今も、「多様性」という言葉が好きだ。でも、それを言葉にするときの気持ち良さは、永遠に去った。この小説に奪われた。それでもなお、多様性は大切だと思う。しつこく思う。これからは、痛みと苦しみ、そしておぞましさを伴うものとして、この言葉を大切にしてゆきたい。

(にし・かなこ 作家)
波 2021年4月号より
単行本刊行時掲載

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『正欲』って、何? 読んでみないとわからない衝撃を語る!

朝井リョウ、作家生活10周年記念作品の書下ろし長篇『正欲』。〈あらすじを簡単に書きたくない、作家が作った爆弾をそのまま、受け止めてほしい……〉そんな想いで送り出した作品に、書店員の皆様からさまざまな声が届きました。


蔦屋書店 嘉島
迫彩子さん

 正しさは暴力だ。自分に正直に生きることと、その正しさを他人に押しつけることは違う。作中の人物の言っていることは、全て理解できるし、理解したいと思った。“多様性”という言葉にして安心した気になっていると本当のことは見えてこない。もっと自分自身とも向き合わなければ自分のことも他人のことも見えてこない、そう考えさせられる作品でした。


未来屋書店 大日店
石坂華月さん

 多数派にいることでどこか安心している自分の腹黒さを晒された。突きつけられた問いに答えが出せないまま読了。一言一句漏らすことなく味わい尽くしたい。ネタバレしないで、まっさらな心で読んでもらいたい。そして一緒に自分の心の汚れについて話し合いたい!


本のがんこ堂 野洲店
原口結希子さん

 登場人物の絶叫にぶちのめされます。気楽な大声で感想をばらまきたがる私のような受けとり手とは真逆の、芯から自分のこととしてこの物語になぐさめを感じる人も、きっと沢山いると思います。その人たちに、この本を届けるためにできることをやりたいです。


ジュンク堂書店 吉祥寺店
田村知世さん

 なんて恐ろしくて凶暴な本。読む前の自分には、もう二度と戻れないのだと愕然とした。でも、読んで良かった。それだけは間違いない。


けやき書房
辻本東美さん

 この小説は、アダムとイヴの食べたリンゴだったのかもしれません。「どうして神様は、人間をみんな同じに作ってくれなかったの?」


紀伊國屋書店 新宿本店
久宗寛和さん

「みんな違って、みんないい」という謳い文句に、どれだけ思考停止させられていたかを思い知った。


高橋源一郎(作家)

みんなのヒミツ、暴かれた。朝井さん、やっちまったね。どうなっても知らないから。


バービー(フォーリンラブ)

行き場をなくしていた感情たちがパズルのようにハマって、私の明日も動き出した。


川谷絵音(ミュージシャン)

この作品は、人を生かしも殺しもする。これ以上は言葉にできない。


痛みを負いながら繋がり続ける意味を問い、哀しみのなかでも生きていようよ! と叫ぶ声が響く……あなたもぜひ、体感してください。

波 2021年4月号より
単行本刊行時掲載

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著者プロフィール

朝井リョウ

アサイ・リョウ

岐阜県生まれ。小説家。『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。『何者』で第148回直木賞、『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞、『正欲』で第34回柴田錬三郎賞を受賞。ほかの著書に『どうしても生きてる』『死にがいを求めて生きているの』『スター』などがある。

朝井リョウ (@asai__ryo) | Twitter (外部リンク)

判型違い(文庫)

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