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谷崎潤一郎を知っていますか―愛と美の巨人を読む―

阿刀田高/著

1,980円(税込)

発売日:2020/11/26

書誌情報

読み仮名 タニザキジュンイチロウヲシッテイマスカアイトビノキョジンヲヨム
装幀 矢吹申彦/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 350ページ
ISBN 978-4-10-334331-8
C-CODE 0095
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2020/11/26

良識の枠を飛び越え、小説の可能性を押し広げた天才作家の全貌がこの一冊に!

悪の中に息づく美、常識外れの愛と葛藤、滅びゆく典雅への哀惜――。深い見識と大胆気ままな筆致をあわせ持ち、ユニークな文学世界を確立した文豪の主要作品を、名人技でわかりやすく解説。基本的な知識教養を授けると共にさらなる興味をも呼び起こす、大人気の古典入門シリーズ最新刊! 作品評価が一目でわかる六角グラフ付き。

目次
1 妖艶なデビュー 〈刺青〉〈お艶殺し〉
2 母性への憧れ 〈母を恋うる記〉〈少将滋幹の母〉〈夢の浮橋〉
3 女性は主張する 〈痴人の愛〉
4 モチーフはなんだろう 〈卍〉〈蓼喰う虫〉
5 悲しくも凛々しく 〈盲目物語〉
6 首肯されますか 〈春琴抄〉〈蘆刈〉
7 美女と鼻なし 〈武州公秘話〉
8 大正期の二本道 〈二人の稚児〉〈人面疽〉〈白昼鬼語〉
9 庶民の愛のコメディ 〈猫の庄造と二人のおんな〉
10 鶴は幸いにして雪に妙なり 〈細雪〉上・中巻
11 美はすでに滅びて 〈細雪〉中・下巻
12 文学と女性の関わり 生涯と作品を訪ねて
13 若い人には薦めないが…… 〈鍵〉〈瘋癲老人日記〉
あとがきに替えて

書評

足の行方

紗倉まな

「卍」と言ったら谷崎潤一郎とJK、どちらを先に思い浮かべるだろうか。因みに後者が使用する「卍」は、いろいろな意味を集約した便利な言葉で、エモい、やばい、うける、かわいい……と同等なものであることは言わずもがな。私も何度か「卍」を使ったけれど、もう古いよ、と先日吐き捨てられるように言われ、腑に落ちず、未だにもやもやしている。
「取り敢えず使うことに意味があるよね」的な言葉が増えた結果、陰に潜んだ言葉があることに違和感や寂寥感を抱く人々が思い浮かべるのは、やはり前者なのかもしれない。
 それは置いておいて、本家(と思っている)『』を、谷崎潤一郎の作品を、今の人はどれだけ読んでいるのだろうか。恥ずかしながら私は殆ど読んでいなかった。
 本書ではこれまでの谷崎潤一郎の代表的な作品を取り上げ、阿刀田さんの辛辣ながらも愛のある解説が要所に添えられている。前半で紹介されている作品(『刺青』『少将滋幹の母』『痴人の愛』辺り)では、行間からにじみ出てくる谷崎の女性観に対して乗り切れないところがあったけれど、中盤・後半(『蘆刈』『細雪』『』)に進むにつれて、題材や話の展開、構成や視点、彼自身の興味の対象の幅広さに、すごいなぁ、やっぱり後世に残る人は違うなぁ……という阿呆のようなつぶやきが増していった。
 私が本を読むときに気になるのは、書き手の目の動きだったりする。なじみ深いのは、顔から足元へと下っていく順序だけれど、谷崎はそこが異なっている。谷崎の目線を追っていくとその先にまずあるもの、綿密に、時に執拗に文中にちりばめられているもの……そう、足である。
 本書の谷崎作品に登場する女性の多くは、顔よりも脹脛ふくらはぎや足先のほうが印象に残る(もちろんすべてではない)。谷崎の場合「脚」ではなく「足」にその興味が惹かれているのがうかがい知れる。「お前の足にはおぼえがある」(『刺青』)「(継母の足を見て昔の生母の足を思い出し)あの足もこの足と同じであったように感じた」(『夢の浮橋』)のように、谷崎は人相のみならず足相があることも見出している。世の中には多様な性的嗜好があるし、足に惹きこまれること自体は全く不思議ではないけれど(かくいう私も哀愁漂う中年男性の背中に惹かれる)、フェティシズムを越して彼にとっての足は、安らぎであり、記憶中枢を刺激するものとして君臨する。そんな熱量のある足へのまなざしの不気味さと気持ち悪さが、なんというか、とても好ましかった。
 人の足は、近寄ったり遠ざかったりと往来するものである。向かう足、去る足への情緒と想念を強く抱き続け、不安や期待を込めながらも、足の行方を、まるで心の行方として谷崎は見つめていたのではないか。たしかに足というのも、時に制御不能の象徴に変わり、暴れたり崩れたり、強張ったり和らいだり、水面のように実に表情豊かなものであったことを発見させられる。自分の傍らに置くには贅沢すぎる、そんな高尚な者(女性)に魅了されて、結果、飽きられ、呆れられ、心を踏まれ、自身の存在をも足蹴にされるような……鬱屈した自身のコンプレックスが立ち上がるたび、足は魅力的に出現する。的外れな見解かもしれないが、不遜ながらそう思うこと、そう思える遊びを与えてもらえたようで、私は更に楽しく読めた。
武州公秘話』での、なかなか共感の得られにくい嗜虐性の高い性癖なども含めて、幼少期の谷崎にも何かしらの根源的な性の萌芽があったのかもしれない、と想像できたことも含めて。
 だからこそなのか、谷崎作品の中での“足早”な女性に惹かれる。生きることに地団駄を踏んでいて、他愛のないことでうっかりと逃げてしまいそうな、移ろいやすい情を抱きながらも芯の固さを併せ持つ女性は(それこそ『細雪』の妙子のような)、どの時代においても革命的で、まぶしい存在であり、その忙しない“足”がなんとも魅力的だった。
 登場人物らの放つ冗談や異常性を、遠すぎるかつての時代背景や流行り言葉、当時の常識や価値観に照らし、その感覚でもってぴったりと端を合わせたように読むことは不可能だ。理解し得ない余白がぽっかりと生まれる。一つ一つの作品をしんから堪能しきれたのか? 取りこぼしの不安もそれなりに残ったうえで、それでも、谷崎の作品の一つ一つに溢れる、女性に対しての隠しきれない慈しみと、隠そうともしない軽蔑は、不思議にも、常に私を心地よく揺らしてくれる。
 こうした思いへと導かれたのも、阿刀田さんの軽快な合いの手(解説)があってこそのものであり、傍に寄り添ってもらいながら未読の作品を辿っていくのは、親に読み聞かせをしてもらっていた嘗てのひと時にも似ていた。

(さくら・まな AV女優・作家)
波 2020年12月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

阿刀田高

アトウダ・タカシ

1935年、東京生れ。早稲田大学文学部卒。国立国会図書館に司書として勤務しながら執筆活動を続け、1978年『冷蔵庫より愛をこめて』でデビュー。1979年「来訪者」で日本推理作家協会賞、短編集『ナポレオン狂』で直木賞、1995年『新トロイア物語』で吉川英治文学賞を受賞した。短編小説、古典教養入門書、エッセイの名手として知られ、他の著書に『花あらし』『こころ残り』『闇彦』『ローマへ行こう』『地下水路の夜』『怪しくて妖しくて』『ギリシア神話を知っていますか』『漱石を知っていますか』『シェイクスピアを楽しむために』『小説工房12カ月』『知的創造の作法』『老いてこそユーモア』など多数。2003年に紫綬褒章、2009年に旭日中綬章を受章。2018年には文化功労者に選出。文化審議会会長や日本ペンクラブ会長を務め、妻で朗読家の阿刀田慶子と結成した「朗読21の会」の公演を通じて短編小説の魅力を伝える活動も行っている。

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