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経営者―日本経済生き残りをかけた闘い―

永野健二/著

1,870円(税込)

発売日:2018/05/25

  • 書籍

東芝、トヨタ、三菱、セブン&アイ。
会社を「滅ぼす」のは誰か。

なぜ今、日本を代表する企業で不祥事や内紛が相次ぐのか。戦前のカネボウから現在のソフトバンクまで、日本をリードしてきた企業の栄枯盛衰と、その企業の命運を決した経営者達の決断と葛藤を描き、日本企業と日本の資本主義のあるべき姿を問う。話題作『バブル』の著者が最前線で目撃してきた、経営トップ達の壮絶なるドラマ。

目次
序 日本を支えた「渋沢資本主義」
第I章 戦後日本経済のリーダーたち
1. 武藤山治とカネボウの「滅びの遺伝子」
2. 二度引退した“財界鞍馬天狗”中山素平
3. 永野重雄の決断――新日鉄誕生は是か非か
4. トヨタが日本一になった日――豊田英二の時代
第II章 高度消費社会の革命児たち
5. 中内功――流通革命と『わが安売り哲学』
6. 伊藤雅俊と鈴木敏文、今生の別れ
7. 藤田田、「青の時代」のトリックスター
8. “プラグマティスト”小倉昌男の企業家精神
第III章 グローバル時代の変革者たち
9. ジョブズになれなかった男、出井伸之
10. “最後の財界総理”奥田碩の栄光と挫折
11. 土光敏夫も変えられなかった「東芝の悲劇」
12. 伊夫伎一雄と「溶解する三菱グループ」
13. 日立の青い鳥、花房正義の物語
第IV章 新しい時代の挑戦者たち
14. 柳井正の永久革命
15. 豊田章男が背負う「トヨタの未来」
16. 孫正義が目指すのは企業かファンドか
17. 稲盛和夫が見つけた「資本主義の静脈」
あとがき
参考文献
本書に登場する主な経営者

書誌情報

読み仮名 ケイエイシャニホンケイザイイキノコリヲカケタタタカイ
装幀 新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 288ページ
ISBN 978-4-10-350522-8
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 1,870円

書評

「伝説の記者」が描いた日本の近代資本主義

成毛眞

 本稿を執筆中の5月9日、日本経済新聞は「三菱重工は逆風下で5兆円の連結売上高目標を掲げた」と報じた。いっぽうで同記事は「達成を不安視する声は少なくない」と警鐘を鳴らすことを忘れない。さらに、成長が停滞する三菱重工の時価総額は1兆3800億円であり、日立の4兆1400億円と比べても見劣りし、海外のライバル各社の10分の1でしかないことを付記した。
 実際、三菱重工は2017年度に1000億円のフリーキャッシュフローを見込んでいたが、ジェット旅客機を開発する子会社が1000億円の債務超過であることも露呈した。記者が懸念しているように売上高目標が達成できなかった場合、時価総額はさらに縮小する可能性がある。膨大な資金を必要とする重工業において資金調達を窮屈にさせる要因となろう。三菱重工はどこから来て、どこに向かっているのか。
 2011年8月4日、日本経済新聞は「日立・三菱重工 統合へ」と一面トップで報じていた。衝撃度において新日本製鉄誕生にも劣らない企業合併だったはずだ。この経営統合は結果的に失敗した。もしこれが実現していたら、日本の産業構造の転換が進み、政府の原子力政策も変わっていただろうと、本書の著者である永野健二は嘆く。
 そして、この統合失敗の原因は「もはや取締役でもない経営者OBが、長老として絶大な拒否権をもっている三菱重工の非常識で不健全なガバナンスにあった」と断じ、この事件こそ日本の近代資本主義の転機だったと結論付けるのだ。
 この明治以来続く日本の近代資本主義を、「渋沢資本主義」と名付け、それを体現していた経営者たちを描き出すことで、新しい未来へとつなごうと著者は試みる。本書は専門記者の目で見た経営現場のファクトと現代史を縦横に紡ぐことで、個別経営論から経済思想史に昇華した稀有な一冊だ。
 目次に沿ってふたつの章を覗いてみよう。
 第1節で取り上げる会社は1887年創業のカネボウである。1930年代から戦前のある時期まで日本一の企業だったが、粉飾決算を繰り返し2007年に消滅した。
 タイトルは「武藤山治とカネボウの『滅びの遺伝子』」である。「滅びの遺伝子」とは、日経証券部時代から日経ビジネス編集長時代まで著者の上司だった鈴木隆へのオマージュだろう。鈴木隆は日銀特融の時代から山一證券を見つづけ、『滅びの遺伝子 山一證券興亡百年史』を上梓している。
 この項ではカネボウの経営だけでなく帝人事件についても触れている。日本が戦時体制へとひた走るきっかけとなった疑獄事件である。武藤は現在価値に換算して100億円もの退職金を受け取ってカネボウを退社、時事新報に入社して帝人事件という虚構を生み出した。これが引き金となって大衆の政治経済に対する不満が蓄積し、翼賛体制時代が到来するのだ。「滅びの遺伝子」は経営にだけではなく、社会にも受け継がれているかもしれない。本書がたんなる経営のケーススタディではないことの証である。
 本書では多くの章で批判的に経営者を取り上げているのだが、第8節の小倉昌男について著者は好意を隠さない。たしかに宅急便という仕組みをこしらえた小倉昌男なかりせば、いまの日本の高度な消費社会はなかったであろう。しかし、著者はそれ以上に小倉のすべてを受け入れている。彼の著作『経営学』について「一流の経営者というのは、一流の哲学者であり、ライターでもあることがわかる名著」だと感心し、亡くなった時には「風のように逝ったな」と感慨を記す。
 この項では三越の岡田茂も登場する。小倉は岡田の倫理観の欠如を理由に、50年以上も続いた三越との取引を中止した。小倉は相手の品性を見て、付き合う人を決めた。それは資本主義における経営と公益との関係にもつながってくる。著者が本書を通じて考えるもう一つのテーマでもある。本書がたんなる経営者列伝でもないことの証である。
 それでは、経営学者が作成するケーススタディでも、ノンフィクション作家が書く経営者列伝でもない本とはなんなのだろうか。それは記者にしか書けない今を語るニュースであり、未来を見つめる論説記事なのだ。
「伝説の記者」と呼ばれていた著者は四半世紀にわたり永野塾という早朝勉強会を主宰していた。参加者の多くは若い記者や編集者たちだった。のちに高名なジャーナリスト、敏腕の編集長、大学教授などを輩出することになるその勉強会では、もっぱら主宰者である著者が現場のファクトと資本主義を結びつける作業をつづけていた。本書はそれゆえに「伝説の記者」の思い出話ではなく、永年に築かれた思索の結実である。

(なるけ・まこと HONZ代表)
波 2018年6月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

永野健二

ナガノ・ケンジ

1949(昭和24)年生れ。京都大学経済学部卒業後、日本経済新聞社入社。証券部記者、兜クラブキャップ、編集委員としてバブル期の様々な経済事件を取材する。その後、日経ビジネス編集長、編集局産業部長、日経MJ編集長として会社と経営者の取材を続け、名古屋支社代表、大阪本社代表、BSジャパン社長などを歴任。単著に『バブル 日本迷走の原点』『経営者 日本経済生き残りをかけた闘い』、共著に『会社は誰のものか』『株は死んだか』『宴の悪魔 証券スキャンダルの深層』『官僚 軋む巨大権力』などがある。

判型違い(文庫)

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