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木内昇/著

1,980円(税込)

発売日:2020/01/20

書誌情報

読み仮名 ウラ
装幀 夜久かおり/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 271ページ
ISBN 978-4-10-350956-1
C-CODE 0093
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 1,980円

人が占いの果てに見つけるもの、それは自分自身かもしれない。

男の本心が知りたくて始めた占い師巡りを止められない翻訳家。恋愛相談に適当に答えるうち人気の「千里眼」になってしまったカフェーの会計係。優越感を味わうため近所の家庭事情を双六盤に仕立てる主婦。自分の姿すら見えない暗闇の中で、一筋の希望を求める女たちの姿を「占い」によって鮮やかに照らし出す七つの名短篇。

目次
時追町のトい家
山伏村の千里眼
頓田町の聞奇館
深山町の双六堂
宵町祠の喰い師
鷺行町の朝生屋
北聖町の読心術

書評

「なぜ女性は占い好き?」と訊かれたら

鏡リュウジ

「占い」を看板に掲げるようになってからずいぶん経つ。16歳で雑誌デビューしてから今にいたるのだから今年でもう35年か。生涯の仕事にするつもりなど毛頭なかったから、運命とは理解しがたく不思議なものだと“占い”が専門の僕が言うのも変だろうか。
 ともあれその35年の間、変わらず投げかけられ続けてきた言葉がある。それは「女性は占いが好きですよねえ」という一言だ。
 そのありきたりな、あるいは無邪気な一言の響きに、僕はこれまで戸惑ってきたし、もう少し正直に言えば少しばかり傷つきもしてきた。
「女性は占いが好きですよねえ」これは事実だ。
 僕はいわゆる個人鑑定はしたことがなく、雑誌やWEBなどのメディアでしか仕事をしていないが、だからこそより大きなデータを持っていると言える。その中で、少なくとも僕の読者の8割は女性だ。同じことは英国でも言えそうで、これは洋の東西を問わない。女性に人気の商売をしていて、おかげさまで長年、望む以上の女性ファンがいてくださってありがたいことこの上ない。
 けれど、「女性は占いが好きですよねえ」という素朴な言葉に潜む軽い侮蔑の響きを僕は聞き流すことができない。そして相当鍛えられ毛も生えたはずの心臓が、その言葉にチクリとした痛みを感じてしまうのである。
 なぜ女性は占いが好きなのか。素朴な答えとしては女性は生得的に感受性が強く、自然のサイクルに敏感で、もしかしたら霊的繊細さを兼ね備えているからだ、というものがある。いわゆる「女性原理」を前提とするものだ。しかしこうした考えそのものが「強い」男性が生み出した女性への抑圧的志向の産物にすぎないとは、多くのフェミニズム理論が批判してきたことである。
 もう少しお利口そうな回答は、こうだ。歴史的には占星術をはじめ占いは社会の基幹部分にあったが、近代化=合理化によって少なくともタテマエとしては社会を動かすのは合理的に自己決定できる人間であるはずだとされた。そして一昔前まではそれは「成人男子」だったわけで、占いのような「非合理」な営みは「オンナコドモ」だけに許容されるようになったのだ――。これはかなり説得力があるが、しかし、占いの現場に立つ身としてはこういう抽象的な理屈だけで人が動いているとは実感できない。
 ただ、こうした説明を聞いたとしても「女性ってやっぱり占いなんて非合理的なものに頼っているおバカでカワイイ存在なんですよねえ、あなたもそういう商売をなさって」という響きを僕が感じてしまうのはあながち被害妄想とは言えまい。
 僕自身、なぜ女性が占い好きなのか、答えはわからない。時代や地域によってもかわるだろうし、これは普通に思われているよりはるかにデリケートな問題である。
 だが、今回、僕は一つの「答え」を得た気がする。しかも、理論ではなく物語のかたちで。
 そう、それが木内昇の短編集『占』である。
 占いや霊感を一種のレンズとしてさまざまな生き方をする女性たちの心模様を鮮やかに描き出してゆくこの作品は、占いが引き起こす人生の変転のみならず、占いを前にした時の(時に占いをする側の)心の動きを見事に解析している。それは実に多様である。恋人の本心を知りたい翻訳家。家庭の平穏さを誇りたい主婦。従業員の扱いに悩む経営者――。それぞれの切実な葛藤や欲望が占いによって炙り出されていて、これを読むと「女性は占いが好き」などと女性を一括りにしてしまうのがいかに乱暴かがわかる。各短編の登場人物の人生は交差してゆくのだが、それぞれの女性から見た人生の風景のいかに個性豊かなことか。
 そして、少し生意気なことを言わせていただければ時代背景を大正末期から昭和への時代にされたことの見事さに舌を巻いた。この設定が登場人物たちのセリフに独特の品や味を加えることを可能にしていることももちろんある。しかし、それ以上に、女性たちが急速に「自由」を手にしていく一方で、従来の男尊女卑的な因習の重力を強く感じているこの時代は、見方によっては令和のこの時代そのものを映し出しているように見える。これは「時代小説」ではない。「今」の物語でもある。
 占い好きとして一言付け加えれば西洋占星術やタロットが輸入されはじめるのも実はこの大正期である。少し時代は先行するが英国ではヴィクトリア朝末期に「女性霊媒」たちが台頭した。続編があるとすればぜひこうした西洋の占いも入れていただきたいのだけれど……。
 ともあれ、これは本当に僕にはありがたい作品である。もし次回、「女性は占いが好きですよねえ」の一言に傷ついたら、この『占』を勧めてやればよいのだから。相手が何かを感じ取ってくれれば我が意を得たり。そしてもし鈍感にすぎてこちらの意図が伝わらなくても損はない。
 なぜならこれは小説として最高に面白いのだから、相手にも損はない。そう、占い師とはこれくらいしたたかなのである

(かがみ・りゅうじ 心理占星術研究家)
波 2020年2月号より
単行本刊行時掲載

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[刊行記念企画]『占』占い

担当編集者のひとこと

「占いなんか気にしない」と言う人でも「今日のラッキーカラーは青」「迷ったら直感が告げる道を選んで吉」などと聞けば、つい気にしてしまうもの。見知らぬ人の言葉が、時に身近な人の言葉よりも深く心に届くのは不思議……いえ、むしろ知らない人に言われるから素直に聞けるのですね。
 そんな占いの特性を利用して、女たちの悩みと欲求をあぶり出したのが短篇集『占』。理知的な女性が好きな男の本心を知りたいと思ったとき、経営者が問題社員に手を焼いたとき、主婦が我が家の平凡さを確認したい衝動に駆られたとき……それぞれに切実で誰にも言えない懊悩を抱えた女たちは、占いと向き合い、迷った果てに自分を見つけ出していきます。
 著者の木内さんは、大学で学んだ心理学の知見と実際に占いに通った経験を生かして、占い師側の心理までもリアルに描写(心理占星術研究家の鏡リュウジさんが読んで驚かれたほど!)。時代設定は大正終わり頃ですが、悩みの内容は現代とまったく変わらず、むしろその普遍性が際立ちます。
 これは私の話だ、私の姿だ、と感じさせる手並みは初対面の占い師にピタリと言い当てられたる如し。あなたの心の奥底にあやまたず届く一冊です。(出版部・Y)

2020/02/27

著者プロフィール

木内昇

キウチ・ノボリ

1967(昭和42)年、東京生れ。出版社勤務を経て独立し、インタビュー誌「Spotting」を創刊。2004(平成16)年『新選組幕末の青嵐』で小説家デビュー。2008年に刊行した『茗荷谷の猫』で話題となり、翌年、早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞を受賞。2011年に『漂砂のうたう』で直木賞を、2014年に『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞した。他の作品に『笑い三年、泣き三月。』『ある男』『よこまち余話』『光炎の人』『球道恋々』『火影に咲く』『化物蝋燭』『万波を翔る』『占(うら)』など。

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