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21世紀の戦争と平和―徴兵制はなぜ再び必要とされているのか―

三浦瑠麗/著

1,870円(税込)

発売日:2019/01/25

  • 書籍
  • 電子書籍あり

「逆説の平和主義」を 注目の国際政治学者が読み解く。

日本の安保法制施行、フランスの兵役復活論、スウェーデンの徴兵制再開……これらの動きは、軍国主義への回帰ではない。ポピュリズムが台頭する中で、国民の間に負担共有の精神を甦らせ、戦争を抑止するための試みである。カントの『永遠平和のために』を下敷きに、徴兵制の存在意義を問い直し、平和主義の強化を提言する。

目次
はじめに――いかに平和を創出するか
第I部 共和国による平和
第一章 変動期世界の秩序構想
1 変動期に入った世界
ポスト「冷戦後」はカオスか
アメリカの内向化が与えたダメージ
民主的平和論はなぜ下火になったか
過去の安定に引きずられる危険
民主主義を前提とした同盟管理
「シビリアンの戦争」の時代
「徴兵制」復活は何のためか
2 変革期世界の秩序構想
平和を創るための五つの次元
国家の意思決定を拘束するもの
内戦を防ぐ次元の努力
望まれたグローバリゼーションの次元
現時点での平和への課題を確認する
3 カント再訪
「永遠平和のために」
平和と共和政という二つの目標
三つの確定条項
厳しい予備条項
カントの国民への懐疑
兵士を国民化する試みへの応答
郷土防衛軍とは何か
国家観と人民観の共存
十九世紀以降の展開
カント2・0
カント2・0のための予備条項
第二章 誰が「血のコスト」を負担するのか
1 歴史的な政軍民関係
見えにくい兵士
守護者としての政治家と軍人
羊と羊飼いと犬と狼と
都市共同体から帝国、軍の辺境化へ
王侯と私兵、傭兵の時代
守護者の時代の終わり
契約主体としての国家と兵士――雇われ兵士の実情
国民軍の登場と浸透
アメリカが欧州世界に加わったとき
2 第二次世界大戦後
復員と福祉の向上
一部の人に負担が集中していく
冷戦期の常備軍依存
冷戦期の軍依存が各国にもたらした変化
冷戦後――人びとは解き放たれ、軍はさらに抑圧される
現在のアメリカ兵士とは誰か
経済的徴兵制は本当か
経済階層ではなく軍階層に着目すべき
現代の対テロ戦争における戦地派遣
血のコスト負担の歴史
第三章 「国民国家」と「軍」を見直す
1 民主国家に求められる改革
民主国家における負担共有のあり方
血のコストをどう分担するか
市民的不服従と反戦
軍はどのように取り扱われるべきか
シビリアン・コントロールのあり方
なぜ軍は特別なのか
兵士の抗命権について
2 正しい戦争の定義を再考する
正しい戦争に関する正しい問いを定義する
戦争の犠牲は正当化しうるか
戦争に訴えることは不正に照らして妥当か
戦争の動機に悪意が潜んでいないか
戦争に国家が国民を送り出すことは正しいか
戦争を決断する人はその犠牲を払っているか
オバマのアフガニスタン戦争
アフガニスタン戦争は必要だったか
世論に基づいて戦争を決めることの危険
3 国民国家の復権
国民国家の復権をグローバル化の時代に行うには
グローバル化時代への適応と移民政策
税制の見直し
国民国家と負担共有の変遷を読み解く
第II部 負担共有の光と影
第四章 韓国の徴兵制――上からの徴兵制に訪れた変化
二〇一〇年の哨戒艇沈没事件
若者の反戦
延坪島砲撃事件を乗り越える
分配なき戦争状態
格差と公務員優遇
ベトナム戦争参戦の経験
民主化がもたらした影響
民主化後の軍隊派遣
太陽政策とその終わり
保守の揺り戻しと再びの融和
徴兵制度の概観
韓国の厳しい徴兵制度への不満
よりリベラルな社会へ
第五章 イスラエルの徴兵制――原理主義化の危機
貧しかったイスラエル
キブツと労働党という主流派
一九六七年の転機がもたらしたもの
入植者というトリップワイヤー
一九八二年的メンタリティ
「普通の国」論の登場と主流派の転回
テルアビブと都市文化
エルサレムの急進化
イスラエルの兵役のいま
超正統派ユダヤ教徒の入植地
軍人の一部の宗教化
第六章 ヨーロッパの徴兵制――スウェーデン・スイス・ノルウェー・フランス
1 スウェーデン
スウェーデンの徴兵制廃止
「国際貢献」したい政府
軍は移民二世で組織できるか
徴兵制復活
2 スイス
中立を可能にする条件
戦わない徴兵制
移民を統合しない国家
3 ノルウェー
ノルウェーにおけるリベラルな徴兵制
同盟重視という選択
移民コントロールの強化
4 フランス
徴兵制復活論
徴集兵のアルジェリア戦争
徴兵の形骸化と終了
テロと徴兵復活の声
二〇一七年の大統領選
5 各国の経験に何を学ぶか
戦う徴兵制の経験
象徴的な負担共有と理想
おわりに――国民国家を土台として
あとがき
引用・参照文献リスト

書誌情報

読み仮名 ニジュウイッセイキノセンソウトヘイワチョウヘイセイハナゼフタタビヒツヨウトサレテイルノカ
装幀 新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-352251-5
C-CODE 0031
ジャンル 政治
定価 1,870円
電子書籍 価格 1,870円
電子書籍 配信開始日 2019/02/08

書評

『永遠平和のために』と徴兵制

渡辺靖

 イラク戦争の頃、アメリカのリベラル派の一部から徴兵制の復活を提唱する声が聞こえてきた。同派には反戦平和主義者も少なくない。驚きを禁じ得なかったが「アメリカ人、とりわけ若い世代は戦争をテレビゲームのように軽く考えるようになっている。バーチャルではなくリアルな現場を体験させることで、事の重大さに気づくはずだ」というのがその理由だった。実現可能性が低い提案とはいえ、重要な点を突いており、ずっと気になっていた。戦場を知る者ほど力の行使には慎重という指摘もしばしばなされる。
 あるいは、今から30年ほど前。私はイスラエルのキブツでボランティアとして働いていたが、同年代の若者(徴兵)たちが銃を携えてバスに乗り込んできたことに度肝を抜かれた。平和な日本に生まれ育った幸運に感謝したが、同時に、平和を空気のごとく捉えがちだった自分の甘さに気付かされた瞬間でもあった。
 今回、気鋭の国際政治学者である三浦瑠麗氏がこの(民主国家における)徴兵制という問題について極めて多面的かつ重厚な考察を加えてくれた。「徴兵制はなぜ再び必要とされているのか」という副題が示すように切り口は挑発的だが、国民一般を対象にした徴兵制が導入されているイスラエルや韓国を含め、主要国の徴兵制について冷静かつ丁寧な分析が施されている。
 とはいえ、単なる技術的な徴兵制論ではない。グローバル化する現代世界にあって「国民国家」は復権に値する制度なのか。国家の防衛には自ずと「血のコスト」が伴うが、それを一部の人びとに負わせることは公正なのか。民主主義や文民統制さえ遵守されていれば攻撃的戦争は防ぐことができるのか。そもそも「正しい戦争」などあるのか……。私たちが直視してこなかった、いや、したくなかった根源的な問題群に著者は果敢かつ鮮やかに斬り込んでゆく。
 日本で徴兵制の意義を語るという行為は、たとえ学術目的であったとしても、瞬時に拒否反応を招き得る。しかし、スイスとノルウェーは第二次大戦後も徴兵制を維持しつづけ、スウェーデンは昨年、復活させた。フランスではマクロン大統領が徴兵制復活を公約に掲げ話題になった。こうしたヨーロッパの先進民主国家における動向は何を意味するのか。「軍国主義再来の危険な兆候」といったイメージがすぐに頭をよぎった方はまず本書を読んだほうがいい。誇り高き好戦論者の方はなおさら本書をよく読んだほうがいい。
 個人的にもっとも面白かったのは徴兵制の問題をカント晩年の名著『永遠平和のために』と結びつけて論じた箇所だろうか。巷ではカントは理想論者と誤解されがちだが、カントは徹底的な懐疑論者だった。例えば、カントは民主主義の拡大による世界平和を構想してはいたが、多数派の民意によって戦争が起きるリスクや、その煽りを常備兵が受ける不公正さにも気づいていた。それゆえ常備軍の廃止と郷土防衛軍(有事のみに編成される国民皆兵部隊)の創設を唱えた。いわばカントは「血のコスト」を国民に広く共有することによって戦争リスクを抑制しようとしたわけである。
 しかし、多くの国がこの「血のコスト」の共有に失敗してきた。著者はその顛末を古代ローマ帝国から近代ヨーロッパの主権国家、そしてアメリカにおける軍と社会の関係に着目しながら繙いてゆく。事例分析や思想面のみならず、歴史的な奥行きにも富む力作である。
 アメリカでは兵力不足からベトナム戦争時に徴兵制が拡大したが、皮肉にも、それは反戦運動に拍車をかける契機となり、志願兵制へと移行した。以後、軍と社会(民意)の乖離は決定的となった。冒頭で紹介したイラク戦争時のエピソードはまさに「血のコスト」への想像力の欠如とそれがもたらすリスクの甚大さを危惧するものだった。
 もっとも、徴兵制を導入すれば「血のコスト」を恐れるあまり敵対国・勢力に宥和的になりすぎるという懸念もあり得よう。サイバー技術やゲノム編集技術を用いた戦争が私たちの未来だとすれば「兵士」のイメージそのものも修正が必要かもしれない。こうした点も含め、本書はまさに「21世紀の戦争と平和」について考える最良の契機となろう。

(わたなべ・やすし 慶應義塾大学教授)
波 2019年2月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

三浦瑠麗

ミウラ・ルリ

1980(昭和55)年、神奈川県生れ。国際政治学者、山猫総合研究所代表。東京大学農学部卒業後、同公共政策大学院及び同大学院法学政治学研究科修了。博士(法学)。東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て現職。主著に『シビリアンの戦争』『21世紀の戦争と平和』『孤独の意味も、女であることの味わいも』などがある。2017(平成29)年、正論新風賞受賞。

ブログ:山猫日記 (外部リンク)

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